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柴犬カン、福の飼い主のブログ

柴犬カンと福の犬生、筆者の出来事、想い、政治、経済、文学、旅行、メンタルヘルス、映画、歴史、スポーツ、等について写真を載せながら日記を綴っていきます。柴犬カンは2018年12月に永眠しました。柴犬福が2020年4月7日夕方にわが家にやってきました。

 日本の歴史は、旧石器時代から始まるのだろうが、まあ日本史の教科書などを見ると、縄文時代からが日本独特の、固有の歴史のスタートということになるだろう。私が強く言いたいのは、日本の歴史は、日本固有に、独自に動いてきたものではないということ。常にどの時代においても、他国、他民族との交流や文化の伝播などによって変化していったというのが日本の歴史である。

 

 日本は大陸から離れているが、それほど遠く離れてはいない。交流可能な距離感である。そういうこともあり、外国文化が伝播してくることもあれば、または人そのものが移り住んできたこともある。ただ、一つだけ特徴的なのは、海が自然の防波堤となって、外国勢力に侵略されたことはなかった。20世紀を除けば。


 外国の影響で強く日本が変わらざるを得なくなったのはいつか、ということになると、幕末であるということが言える。もちろん 戦国時代、その前の白村江の戦いの頃、またモンゴル帝国の来襲などもあったが、日本が本格的に外国に攻撃され、植民地にされる可能性が最も強かったのは、幕末から明治にかけてである。

 

 では今、日本が独立国家といえるのかどうかと言うと残念ながらそうとも言い切れない。中国の影響を言う人もある。背乗り日本人の存在も言う人もいる。そういった政治家がいるともいう。韓国人と中国人とは、日本人はなかなか区別がつかないからね。しかし、米軍の基地が日本国内に多々あり、アメリカからの強い政治的、経済的要求が未だに強く押し付けられてきているのは事実である。公にはならない日米合同委員会の存在。アメリカからの年次改革要望書。日本はそれに従わざるを得ない状況になっている。現状は、アメリカの植民地とまでは言い切れないが、アメリカの言いなりになっているということは事実である。アメリカを強く批判できてるのは共産党ぐらいしかないんではないか?そしてロシアや中国の影響も当然ながら受けているが、アメリカに逆らうとどうなるかは安倍首相、中川元財務相などを見ればわかるだろう。


 幕府滅亡は必然性があって、これは徳川家が自然に崩壊したのではなく、外圧によって崩壊したのである。そして彼らの望む政権が誕生したのである。

 

 斉藤県知事、結構窮地に追い込まれたように感じる。今まで百条委員会の結果発表については、知事は、一つの見解として受け止める、といったコメントを残している。斎藤氏は今日出された第三者委員会の発表の方が、県が委託したこともあり、重視していると受け取られるような発言があったので、本人も今どう発言するのか、どう身を処するのかを考えているのだろう。

 

 パワハラがあったという報告がなされたが、あの程度でパワハラと見做されて辞職しなければならないのなら、日本の部下を持つ立場の人の結構な数が辞めなければならないだろう。報告書を説明した弁護士によれば、パワハラにもいろんな段階があり、斉藤知事の場合は法に違反する、処分に該当する、というレベルのパワハラはなかったようだ。

 

 問題は公益通報として文書を取り扱わなかったのは違法だ、というところ。しかしこれも弁護士によって、法律家によって依拠するところが違う。テレビにもよく出てくる中央大学の野村弁護士を筆頭に、北村弁護士、徳永弁護士、福永弁護士らは公益通報と扱わず、怪文書として扱うのが相当との意見。このレベルの文書がすべて公益通報と見做されていたら社会がうまく回るのだろうかという疑念も生ずる。今回の報告書を書いた人たちも、結局政治的裁量の中で、世間の顔を伺いつつ結論を導き出している。

 

 結局大喜びしているのはマスコミだ。パワハラがあった。公益通報としなかったのは違法だ、ということではやくもMBSやその他メディアが鬼の首を取ったようにはしゃいでいる。結局、あの兵庫県知事選挙、旧体制派とマスコミ連合軍が、圧倒的な勝利を収めるはずだったにもかかわらず、トリックスターの立花氏などのネットの力で結果がひっくり返ってしまったこと。これが許せない、認められないのだ。

 

 兵庫県民は騙された。馬鹿だ。などと言いたいのだろうが、今後、このような大手マスコミ(マスゴミ)の意に反する選挙結果が、ぽつぽつと出てくるだろう。東京都議選挙、参議院選挙はそのとば口に過ぎない。

 TBSの報道特集の偏向ぶり、編集長が在日朝鮮人の曺琴袖(ちょうくんす)という女性だったり、名前から判断したら良くないかもしれないが、かつて関わっていた金平茂紀氏も、もしかして・・・・?左派リベラルの在日という典型例のように感じてしまうのは私だけだろうか?

 

 決してヘイトでも何でもない。なぜなら、最近ときおり見る在日韓国人のSNSでは、主張は保守系で、韓国大統領の実情もそのSNSから知った。また別のネット情報から、在日=左派リベラル、という決めつけはやめてほしいという声が在日韓国人から出ている。でもまあ北朝鮮籍の人は反日、左派だとは思うが…。

 

 TBSは、アナウンサーの安住さんによれば、韓国語ができなければ出世できない、と言われるほど上層部に朝鮮系の人たちが多いのだろう。日本政府によって定められ、免許が与えられた電波を、外国勢力が支配してしまうのはいかがなものかと思う。もしこれが事実ならば。

 

 それでも今は日本に在住する外国人は中国人が最も多く、ますます増加している。彼らが日本の重要な土地を買いあさるのも問題だ。来日してすぐ生活保護を受給する外国人も問題だ。ただ、最も問題なのは日本の政治・経済があの人たち、アメリカ人を中心とした人たちに支配されているのが残念ながら最大の問題だろう。立憲民主党の原口議員が日銀の株式の保有者のうち、財務省の55%以外の構成を教えろという質問に対して、日銀は答えなかった。

 

 最後に、噂の域を出ないが、日本の国会議員は帰化した人が一般の国民の比率に比べて明らかに高いという。アメリカは何代か前までの血筋を公表する義務があるが日本にはない。蓮舫氏、福山哲郎氏、岡本三成氏、だけでなくカタカナの名前の人が、国民民主党でも増えてきている。大丈夫なのだろうか?

 

 アメリカも、イーロン・マスク氏のように、南アフリカやカナダの国籍も保有しており、アメリカに帰化して間もない人が政治・経済を仕切っているが。

 

 1989年厚生省入省予定者の中で辞退した人がいて、中島俊明君だ。昨日はがきを発見したが、ずいぶん乱雑な字で書かれていた。私は彼とはよく話をしたのを覚えているし、頭も良く、やり手で、入省すれば次官候補だなあと思っていた。彼は北海道、小樽出身で、京大。そして北海道庁に就職した。

 

 なぜ辞退したかというと、家族に障害がある人がいて、自分がいないといけないから、と話していたのを思い出す。年賀状には、「北海道でいなかのおっさんやるから」と書かれていたが、少し未練があったのでは?しかしその後彼は天上りをして、中央官庁で数年働いていた。また、例の六本木のカラオケバーでの入省内内定者飲み会で、「小樽の人よ」を披露。おいおい、大江さん並みにうますぎるよ。めちゃうまかった。

 

 ということで早速ネットで検索してみると、さっそく出てきた。

 

 やっぱり。田舎のおっさんじゃないでしょ。出世してるでしょ。副知事候補だって。でも現北海道知事の鈴木さんがエリートが嫌いで副知事にしてもらえないとか?

 

 ちょっと記事を引用。「人事には運、不運による泣き笑いはつきものだ。道庁で〝スーパーエリート〟と呼ばれる教育長の倉本博史氏と前経済部長の中島俊明氏。同僚からの評価は高いのになぜか副知事になれない。庁内にうがった見方まで出ている。 倉本氏は東京の麻生高校、東京大学経済学部卒という経歴。民間企業を経て、道庁に転職した。才気煥発な人で、出世街道を歩んだ。経済部長、総合政策部長を務め、…」

 

 東大卒の人も副知事になれないようだ。いずれにせよ彼はスーパーエリート扱い。今は道庁の教育長をしている。彼なら、日本一強いと言われる北海道の日教組ともうまくやるだろう。

 

 兵庫県も片山元副知事はよく副知事になれたものだ。くだんの県民局長は京大。スーパーエリートでしょう。でも勤務時間中に私的な文書を…。片山さんは中央。兵庫あたりでも上層部は権力闘争が激しいみたいだから、北海道庁にもいろいろあるんだろうと思う。でも基本彼は田舎のおっさんでいて欲しいね。

 私がなぜ学生の頃の昔の話や、当時の友人、知人などを思い出して調べたりしているのかというと、この正月に大学の友人から年賀状が来て、かれは早稲田の理工から日産自動車に入ったのだが、「今年でいよいよ60歳。定年だよ。」と書かれていて、ああ、もうみんな上がりの時期に来ているんだなと感じて、様々な人の職業人生を振り返ってみているといった感じだ。

 

 厚生省関連はネットで調べやすい。押入れの奥に1989年ごろの書類を今日見つけて、まだあったのかと驚くとともに、懐かしく見返した。大江さんからのはがきが見つかり、あああ懐かしくも胸キュン。そしてもう一人よく会話した中島俊明君からのはがきも見つかった。この二人は良く会話したので記録に残っているのだろう。

 

 厚生省に内定した1989年入省組も大半は省を離れている。何しろ押入れに入省予定者の名簿を発見。思いのほか東大が少なくて、14人のうち京大が3人、早稲田が2人、東大の教育と教養が1人ずつ。東大法学部5人。東大の経済が2人。やはりバブル期で民間に行く東大生も多かったんだろう。まさかこのあと就職氷河期が訪れるとは予想もしなかった。団塊ジュニア世代の公務員試験は非常に厳しかったと思う。

 

 女性は二人。当時、1985に成立した男女雇用機会均等法が施行され、厚生省としてもできるだけ多くとりたかったと思う。ちなみに警察庁に、田中さん?(ちょっと話したことがあった)という女性が入庁した。大江さんともう一人は児玉知己さん(現、日原知己さん)。美人だったが話しづらかった。現、社会・援護局長。ちょっとアファーマティブ・アクション的なところもあるように思うがいかに・・・。女性の高級官僚をストックしておかないと玉切れになるから。

 

 ネットを検索すると、話をした記憶がある榎本健太郎さん。医政局長まで行ったが大臣と馬が合わず左遷されたとの記事。穏やかで話しやすく、年賀状の交換を3年くらいした記憶がある。小野太一氏。彼は次官レース先頭と当時思って、2つくらい上で早稲田出身の鎌田光明さんに話した記憶がある。鎌田さんも局長で終わり。小野君は現在政策大学院教授。はああ、こっちの道を選んだんだという感じ。一時期東大教授だった。

 

 末岡さんは令和3年に省を離れ弁護士になったんだ。彼とも少し会話した。すでに司法試験に受かっていたんだ。学生のとき。

 

 あとは覚えのない人ばかり。依田さん(京大法)は令和3年に審議官から退職。城さんは現医薬・生活衛生局長。そのほかの人は検索しても引っかからない。まだ省内に残っているのは女性二人(大江さんは内閣府)と城さんだけ。出世レース的には1989年組に次官の目はない感じの、業界紙の書き方。ちなみに労働省と合併してここ5.6人次官は厚生省から選ばれているらしい。

 みんな終わっていくんだなあ、感慨深い。