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柴犬カン、福の飼い主のブログ

柴犬カンと福の犬生、筆者の出来事、想い、政治、経済、文学、旅行、メンタルヘルス、映画、歴史、スポーツ、等について写真を載せながら日記を綴っていきます。柴犬カンは2018年12月に永眠しました。柴犬福が2020年4月7日夕方にわが家にやってきました。

 徳川家斉の日本が、最後に平和で繁栄した時代だ。しかし家斉の死の1841年の翌年には、イギリスは清から香港を割譲させ、不平等条約を清に対して結んでいた。幕府は当然そのことはよく知っており、アヘン戦争で中国がやられるのを聞き、天保の薪水給与令を出している。

 

 この頃幕府では、天保の改革、水野忠邦による緊縮財政が行われていた。もし外国勢力が日本に接近してこなければ、江戸幕府はさらに100年続いた可能性がある。あくまで仮説だ。外国が来なくても幕府は滅んだというのは、現代から過去を振り返った目線であると言える。薩長が倒幕の兵をあげるのは、外国の圧力なくしてはありえないからである。打ち払え、といっていたものを、薪や水を与えろ、という真逆な命令に変えたのである。

 

 当然欧米列強のハイエナたちの状況をあまりよくわかっていない下級武士は、尊王攘夷を唱えた。薩長は結局実際に兵を交えてようやく欧米ハイエナの力を実感し、政策を一転させ開国に向かう。

 

 今の日本政府の、アメリカや中国に対する姿勢によく似た幕府の態度である。日本政府の、対米中従属にいちゃもん付けている野党も、天下を取ればアメリカや中国にひれ伏すだろう。これは民主党政権で証明されている。れいわ新撰組、共産党が政権をとっても結局対米中従属せざるを得ないだろう。国民民主は言わずもがなである。

 

 

 

 

 ミャンマーでマグニチュード7.7の巨大地震が起きた。さらにタイなどの隣国にも被害が及んでいるという。この地震が人工地震ではないかという説がおそらくネット上に出てくると思われるので、ちょこっと省察してみる。

 

 東日本大震災や阪神淡路大震災の地震は人工地震だったのでは?という陰謀論がネット上で散見される。人工地震が存在するのは事実で、核爆発やそのほかの爆発物を利用して地震を起こすらしい。戦前の日本の新聞には

 こんな感じで朝日新聞にも記事にされている。北朝鮮の地下核実験に伴う地震も観測されている。アメリカ、ロシア、中国も当然研究、実用化しているだろう。ただ、日本の二つの地震が人工地震だったかと言われれば、私は否定的だ。熊本地震の震源地が自衛隊の基地の下で、人工地震だという人もいるが、これも否定的にみている。ただ、全否定はできない。

 

 まあ、この手の陰謀論に与するかもしれないが、ミャンマーの地震はもしかしたら・・・。震源は10kmと浅い。さらにミャンマーは地理学でいう安定陸塊であり、地震はめったに起きない。ミャンマーは軍事政権が続いており、欧米のディープステートの支配下に入らない。ただ、中国の影響下にあるだろうが。ミャンマーに鉄槌をというインテリジェンスがあっても不思議ではない。先日には巨大詐欺グループが摘発された。

 

 まあ、真相は絶対に明らかにならないから、余計に陰謀論の跋扈するところが多くなるのは、ケネディ大統領の暗殺事件や、9.11と同様だろう。

 

 

 未だに残る歴史観の一つに、江戸時代の農民は搾り取られてひどい目にあっていたというものがある。特に、徳川家康が「年貢は百姓が死なぬよう生きぬように取れ」といったと伝えられていて、この言葉からも江戸時代の農民の暮らしはひどかった、大変だった、幕府や大名に抑圧されていたという、おそらくマルクス主義史観から来てるものだろうが、この考え方は、今では大方否定されている傾向にある。ただ、義務教育の教科書や、高校の予備校のテキストなどには、そういったニュアンスの言い回しが多く、若い人に誤解を与えかねない。わかりやすい構図にしたいのだろうが。

 

 江戸時代の農民の全てがハッピーだったわけではもちろんない。様々な事象があって、貧富の格差や、農村内の身分格差などがあり、特に意外かもしれないが、江戸後期の方が地主と小作人(水呑百姓)の格差が広がった。そのため後期の方が百姓一揆も多かった。もちろん前期にも百姓一揆はあり、義民、佐倉惣五郎の伝説や、信濃松本藩の嘉助騒動などが起こっている。

 

 幕府支配下の農村は四公六民であり、幕府が取る税は40%だった。生産力の低い地域でも五公五民だった。もちろん農村内で徴収されるものもあったと考えられるので、 一概に現在と比較はできない。しかしこれ今、日本では、いろんな計算方法があるが、国民負担はざっくりと五公五民と言われている。江戸時代の農民よりもひどい搾取にあっていると言えなくもない。税金や社会保険料だけでなく、電気代、ガス代、上下水道代、鉄道料金、バス料金、タクシー、ガソリン代、自動車の維持に関する税金やその他の経費、そういう削ることのできない費用を考えると五公五民を超えているのではないかとすら思う。

 

 だから一揆、革命、が起きるかもしれないのだ。現代では暴力革命は否定されている。選挙による一揆である。

 

 ただ、気を付けないといけないのは、こういう閉塞状況にある社会では、社会主義、共産主義がよみがえってくる可能性が高い。これはあと100年200年たってもマルクス主義の亡霊は顔を出してくるだろう。

 

 

 参議院選挙が7月下旬に行われる。まだ4か月あるが早く投票日が来てほしい。大きく勢力図が変わる可能性がある。

 

 なぜ待ち遠しいかというと、基本的に私の個人的な閉塞感からきている。簡単に言えば金銭の問題である。予想をしていたのだが子供全員が大学生になると相当なお金がかかることは承知していたが、予想を上回る負担だ。授業料だけでなくそれ以外にも付帯する経費が掛かる。

 

 働く世代とまだ私も言えるが、もうまもなくそれも終わろうとしている。あと5~10年。それでも現役世代を助けてほしいのだ。

 

 フジ産経合同世論調査。これは年代別の参議院選挙の比例投票先の年代別を公表してくれるからありがたい。

 

 ちょっと引用させてもらう。

 

 「産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が3月22、23両日に実施した合同世論調査で、今夏の参院選の比例代表でどの党に投票するかを尋ねたところ、最多は自民党の19・3%だった。次点は国民民主党の12・0%で、立憲民主党が8・5%、れいわ新選組が5・3%で続いた。

 

 →やはり高齢者の返答率が高いようである。


5位以下は、日本維新の会3・2%、公明党2・6%、共産党2・6%、参政党1・0%、日本保守党0・9%、社民党0・4%だった。ほかに投票先未定など「分からない・言えない」が36・6%、「支持政党はない」が7・6%だった。

年代別にみると、国民民主は若年層を中心に、高齢層まで幅広く人気を集めた。18~29歳、30代、40代の3区分で自民を抑えてトップに立ち、50代でも2位、60代でも3位に入った。れいわも3つの区分で3位に付けた

立民は50代以下では4位以下に甘んじ、60代、70歳以上では2位に入った。維新はすべての区分で4位以下だった。

年代別の上位3位は以下の通り。

18~29歳=国民民主19・5%、自民13・1%、れいわ8・2%

30代=国民民主23・8%、自民14・8%、共産4・9%

40代=国民民主14・8%、自民12・5%、れいわ11・5%

50代=自民13・4%、国民民主9・0%、れいわ7・0%

60代=自民25・8%、立民11・1%、国民民主8・9%

70歳以上=自民28・5%、立民16・6%、共産5・6%

 

自民は制度疲労。耐用年数オーバー。55年体制から70年。社会党は滅亡。自民もそろそろね。

立憲は出てくる人が生理的にダメ。辻本氏、小西氏、小川氏、福山氏、杉尾氏、野田氏。見ているだけで不愉快で、テレビに映っているとチャンネルを変えてしまう。

 

 いずれにせよ反減税勢力、反積極財政勢力は衰退してもらいたい。

 ヨーロッパではナポレオン戦争が起こり、その際にイギリスのロスチャイルド家が大儲けし、現在の、大富豪に至る大きな飛躍を遂げたことは周知の事実である。その後フランスでは小さい革命が何度か起こり、1848年には2月革命が起こり、これはヨーロッパに広がった。やがて日本と同時期に近代国家として成立するイタリアとドイツが、イギリス、フランス、アメリカに、追いつけ追い越せと、無理な戦争や植民地支配を続けることによって、第1次大戦、第2次大戦につながっていったのは当然のことだった。

 

 18世紀後半、イギリスで産業革命が起こり、近代化が進んだ。ただ産業革命初期のイギリスの状態はひどいもので、環境破壊や労働者の扱い、また公衆衛生もひどく、とても日本が真似したくなるような状態の国ではなかった。それでもイギリス政府は、世界中に植民地を広げるがために、7つの海を支配する海軍を派遣していた。

 

 さて日本ではどういう状況だったかと言うと、エカチェリーナ2世当時のロシアや、独立直後であってもアメリカの船なども日本近海に姿を現した。フルトンが発明したと言われる蒸気船が日本近海をうろつくようになって、当初、幕府は異国船打ち払い令を出して、攘夷の姿勢を示した。

 

 日本が鎖国をしていたということが特殊なことであると、一部の歴史観で唱えられているところであるが、これは大きな間違いであって、当時の東アジアでは、中国を筆頭に海禁政策という、ヨーロッパの帝国主義、重商業義に巻き込まれないがために、貿易を禁止するという方法をとっていたのであって、秀吉や家康もそれにならったと言って過言ではない。もちろん奴隷化や植民地化を防ぐ目的もあった。

 

 結果的に、それによって日本の文化は守られた。日本がヨーロッパの科学技術に追い抜かれたのは18世紀後半の産業革命以降である。それまでの日本は、いやその後も、人口100万人を超えた江戸は、世界で最も人口が多く、衛生的な大都市だったと言えるだろうし、戦争もなく、殺人などの犯罪も極めて少ない、安定した国家であった。