熟年の、元女優でいらっしゃった美女からのお便り二通。



1)

 私は、新幹線に乗って西へ向かう旅が大好きです。車窓から見る富士は、あるときは赤茶けた魁偉な姿、またあるときは全身銀無垢の高貴な姿で、私の目を楽しませてくれます。両親の眠る生駒の山に詣り、京都の祭に参加して、時には足を延ばし、九州博多を訪れます。

 私が十五の歳まで過ごした故郷です。
 おぼろな記憶を辿りながら昔住んでいた町や通っていた学校のあたりをうろつくのは無上の楽しみです。
 沿線、未だ葉っぱの緑色は見えませんが、満開の桜が雨に濡れる様をずっと見ながら走っていま す。

 ――――急スピードで電車の進行方向とは逆向きに移動していく桜を僕はありありと今想像しているよ。

 印象的だったのは木曽川沿いに植えられた桜並木です。雨に濡れて、見る人もなく。

 ――――さぞやたくさんの桜が続いていたことだろうね。見る人もなく。まあ、なんてもったいない。遠くからの、ガラス窓越しの君しか見ていなかったかもしれないね。
木曽川の川下りのことを、ある作品の中で書いたことがある。実は、木曽川では川下りをしたことがない。
夏に行ってみようかなあ。

……行く?




一年後


2)

 子供の頃は意識できませんでしたが、博多は、古くからの文化都市であり、外交の要所であり、歴史的に価値ある遺跡には事欠かない興味尽きない町です。私は、子供の頃にこういうところに育ったことに感謝しています。なぜなら、私の中に、過去、祖先、歴史を尊重して止まない心性が培われたと推察できるからです。皆さん長い歴史を背負っていらっしゃるのだ。かけがえのない方たちなのだ。だから、大切に真摯にお付き合いしなければと、子供心にも無意識ではあるにしろ感得したのでは、と思うのです。

 さて、東京での私は大忙しの毎日を送っています。孫たちが慕ってまとわりついてきます。ただ相手をするだけでなく、しつけと教育を、二回目の子育てのつもりでやっています。シルバー人材センターからの宛名書き等のお仕事、市の施設や、NHK学園での講師役もこなします。社会とのつながりをそのような形で保っていこうと思っているからです。おまけに、もう何年もクラッシックバレーをやっています。楽しいし健康的だし。

こんな日常は、私に嬉しい御返しをしてくれます。身内だけでなく、お付き合いをしてくれている方々から感謝の言葉や態度をいただけるのです。私の、いわば思い込みで動いてきた事が、人様に感謝されるなんて、なんと幸福なことでしょう。

 私は、子供のころに過ごした博多での生活がこの幸福の遠因だと確信しています。

 子供心にも感得した真実は、今、私の日常生活のなかに生きているのです。子供の私が、今の私と同居しています。
 私は、人の一生が誕生と死で区切られているとは思いません。大勢の御先祖が私の中に同居し、私もまた子孫の中に同居していきます。