我々の脳がかなり単純だったとしたら、我々は単純すぎてそのこと自体を知りえなかっただろう(プリゴジン)。知っているのだから複雑だと言っている。それだけでなく、単純ながら、自己言及の一例を示している。
人間は自己言及する唯一の(近頃、私はこの唯一性に疑問を感じている)動物だ。自己言及は必ず矛盾を生じる。回避するためには、特殊カテゴリーを設けて、判断不可能の命題をそこに押し込めなくてはならない。
人間の場合、そのカテゴリーに入る最大(何がおおきいのか?)の、もしかしたら唯一の命題がある。それは、自分の死の判定だ。外からは、人の死は、九十九パーセントは明晰判明に判断できる。しかし、内なる自分は出来ない。自らが自己言及しているというループ内に閉じ込められているので、判定不可能だ。
だが、この判定不可能性こそが、自己完結性の証拠である。
太陽の満々たるエネルギー。この恵みで世界は目覚めた。数々の神話の冒頭部分は、部族や民族の太陽に関する感想集とみなしうる。
それに比べて、月の虚脱。その無能力。そのマイナス被害。
しかし、詩歌の素材として、これほどのものは他にあるだろうか。
この人生で、自らがリアルであると、どこで察するか。
男にとっては、射精だ。女にとっては、二つの場面で。初潮と出産だ。
重積されてきた遺伝子が、通時的に最善の戦略として、今まで有効であったソレを、粛々と遂行している。
有性生殖を保持するための快樂と苦痛の原則。
万人が、性を持つ生き物すべてが、共有するこの根本原則。
理性的なリアルが、このリアルと、どう手を結ぶかは、個人の問題でもあり、類としての我々の問題でもある。ちょっと手のつけようがない生き物としての自分を外から見ている理性が、その発生の元であるこのリアルをいかに総括するかは、個にとっては生涯にわたる課題であり、類にとっては恐らく決定不可能の問題だろう。なぜなら類にとっては、このリアルを類全体で共有するという個を突破した状況をまずつくらねばならないからだ。
結婚してから更年期になるまで、乳牛のように、腹が空になることなく七人も八人も子供を生んだ昔の女。
私の祖母。曾祖母。
祖母の梅子さんは、高名な歌人ではなかったが、祖父が死んだ後、晩年は、和歌の添削指導をしていた。お弟子さんたちは、同世代の男たちで、女性は一人もいなかった。大学生だった私は、その数人と親しくなった。ある男と、黒岩涙香を話題にしていると、梅子さんが、隣の部屋との境になる柱によっかかりながら、顔をしかめて、右耳の横に右の人差し指を近づけてくるくると反時計回りに回してみせた。その男、左巻きだという合図だ。そうかねえ、朴訥な、文学青年の成れの果てだとしか思わなかったが。
彼となにかあったのか?
学生時代、橋本君と一緒に旅行中、会津の猪苗代湖の湖畔でガソリンスタンドの女に拾われ、三人で川の字になって寝た。女、眠れないわ、などと言いつつ腹ばいになって寝タバコ。
秋田、青森を回って入った岩手県が広かった。突き抜けるのに四日かかった。郡山で旅のループを閉じた。
……あそこもあそこも、あんなことになってしまった。
人間は自己言及する唯一の(近頃、私はこの唯一性に疑問を感じている)動物だ。自己言及は必ず矛盾を生じる。回避するためには、特殊カテゴリーを設けて、判断不可能の命題をそこに押し込めなくてはならない。
人間の場合、そのカテゴリーに入る最大(何がおおきいのか?)の、もしかしたら唯一の命題がある。それは、自分の死の判定だ。外からは、人の死は、九十九パーセントは明晰判明に判断できる。しかし、内なる自分は出来ない。自らが自己言及しているというループ内に閉じ込められているので、判定不可能だ。
だが、この判定不可能性こそが、自己完結性の証拠である。
太陽の満々たるエネルギー。この恵みで世界は目覚めた。数々の神話の冒頭部分は、部族や民族の太陽に関する感想集とみなしうる。
それに比べて、月の虚脱。その無能力。そのマイナス被害。
しかし、詩歌の素材として、これほどのものは他にあるだろうか。
この人生で、自らがリアルであると、どこで察するか。
男にとっては、射精だ。女にとっては、二つの場面で。初潮と出産だ。
重積されてきた遺伝子が、通時的に最善の戦略として、今まで有効であったソレを、粛々と遂行している。
有性生殖を保持するための快樂と苦痛の原則。
万人が、性を持つ生き物すべてが、共有するこの根本原則。
理性的なリアルが、このリアルと、どう手を結ぶかは、個人の問題でもあり、類としての我々の問題でもある。ちょっと手のつけようがない生き物としての自分を外から見ている理性が、その発生の元であるこのリアルをいかに総括するかは、個にとっては生涯にわたる課題であり、類にとっては恐らく決定不可能の問題だろう。なぜなら類にとっては、このリアルを類全体で共有するという個を突破した状況をまずつくらねばならないからだ。
結婚してから更年期になるまで、乳牛のように、腹が空になることなく七人も八人も子供を生んだ昔の女。
私の祖母。曾祖母。
祖母の梅子さんは、高名な歌人ではなかったが、祖父が死んだ後、晩年は、和歌の添削指導をしていた。お弟子さんたちは、同世代の男たちで、女性は一人もいなかった。大学生だった私は、その数人と親しくなった。ある男と、黒岩涙香を話題にしていると、梅子さんが、隣の部屋との境になる柱によっかかりながら、顔をしかめて、右耳の横に右の人差し指を近づけてくるくると反時計回りに回してみせた。その男、左巻きだという合図だ。そうかねえ、朴訥な、文学青年の成れの果てだとしか思わなかったが。
彼となにかあったのか?
学生時代、橋本君と一緒に旅行中、会津の猪苗代湖の湖畔でガソリンスタンドの女に拾われ、三人で川の字になって寝た。女、眠れないわ、などと言いつつ腹ばいになって寝タバコ。
秋田、青森を回って入った岩手県が広かった。突き抜けるのに四日かかった。郡山で旅のループを閉じた。
……あそこもあそこも、あんなことになってしまった。