5/1/2006

父親が学生のとき、軍事教練で、銃剣を抱えて突撃をさせられた。隣を見ると、友の胸に銃剣が刺さっていた。刺るどころかつき抜けていた。剣が刺さっているぞ、と注意してやると、自らの胸を見て即座に失神したそうだ。

5/6/2006

欲望を否定できない。欲望は肯定するしかない。社会主義が滅びた理由はこのことの無理解にあった。欲望をほしいままにさせながらしかもこちら(権力)の欲望に見合うように方向付けて助長することが資本主義の精神だ。社会主義社会で出来なかった欲望のコントロールを実行している点では同じだ。巧妙になっただけだ。

5/7/2006

雨戸をひいて、障子を開け放ち、繕いものをしながら、湯に浸かるように、嫋々たる雨を愛でる女。


5/11/2006

エネルギーがあるところ、揺らぎがある。揺らぎに方向性を与えることは出来ない。確率の世界。進化が可能な世界だ。

5/18/2006

憎みきったらあとは愛するしかない。

宇宙の膨張が加速度的であることは、私のモデルを支援する。

ボヴァリー夫人の胸のボタンがはじけ跳ぶ時、夫人の手袋をしていない手が馬車の窓から出て、紙を捨てる時、どちらも身体からものが離れる時だ。分離がなぜ感動を生むか。結合はどうか。分離は結合を連想させる。分離は性的だ。

5/25/2006

マルクスに狂気の気配を感じない人を信用するな。彼の狂気を信用するものとしてあえて言う。狂気を信用するとはなにか。いわく言いがたいが何ものかが存在することを体感してその存在証明のためになりふりかまわない言辞を弄する者を、その者だけを信用するということだ。なぜ信用するかというと、信用するに値するものが、言辞でしかないと、彼、彼女が、諦め半分ではあっても信用していることを、私が信用するだけの、逼迫感があるからだ。その感があちらにもこちらにもどちらにもある。

5/31/2006

ニーチェの人間的あまりに人間的な、は、全共闘精神で書かれた。ははっ、まさかね。

6/4/2006

イギリスが19世紀に形式的なしかし大衆的な小説の典型を創りあげた。いくら昔、シェイクスピアがフランス人に野蛮だと嘲られようとも、社会そのものがマシーンと化したイギリスの、フル回転するマシーン言語は大衆を魅了した。市民社会の成熟と同調している。ぶれのない安定した表現は、女性的だ。オースチン以後の女流作家たちの活躍。ブロンデやウルフでさえ、近代社会の完成に支えられている。
貨幣が、労働価値説のくびきを絶って跳び回れる様に、言語も歴史的重層と多義のくびきを絶って飛び回る。ジョイスが出現する。ウルフがジョイスの生徒、あるいは、同僚であることは、安定した近代とポストモダンとが表裏一体であることのあらわれだった。

6/17/2006

今までわれわれは説明されないままに死んできた。
死ぬ前に説明しようという企みが科学だ。
この意志は圧倒的に強い。科学はほとんど生の化身だ。

7/3/2006

さっき、八時過ぎに、目覚めて考えついた。

素数のログを底とする無限次元線形空間の変換を表す行列が、複素球面にアクトする。その時の不動点がリーマンのζの零点だ。不動点は、固有値が1の場合だから、固有値予想と関連する。問題の行列は、球面から球面への対称変換に関するもの。

7/7/2006

人という漢字が支えあう姿を形象しているという噂ははたして本当か。とても臭く、近代的である。
人という字は、二足歩行を現している。世界共通だ。漢字以外の象形文字を調べてみよ。

7/15/2006

谷崎の鍵を小五のときに隠れて読んでいた。何度か祖母に見つかってそのたびにたんすと壁の間に隠した。愚かにも読む時間帯が毎日同じであることに気づかず、祖母の定期的な査察を許してしまった。なに読んでるの、と何回目かに聞かれ、やり方を変えた。
中村雁治郎と京マチ子の演じた同名の映画が封切られた。成人指定だったから本編は見られなかったが、予告編は見られた。それを見て生まれて初めて射精した。単に一痙攣分が出ただけで、連射には至らなかった。しかし、輸精管から尿管を通って、せりあがって出てきたものが確かにあった。予告編でいかされたとは、小学生どころか赤児の手をひねられたようなものだった。

7/16/2006

還元を信頼していない自然科学者がいるか?
彼らの人格は単純でほとんどクエーカー教徒だ。
物質が見る夢がわれわれの一生だ。
夢もまた還元される。
しかたがない。
しかし、なぜ物質が夢を見る羽目になったのか。ちょうどそれに見合う、時間の浪費をするような生物、つまり人間が、なぜ生まれたか。夢を見るように、物質を進化させねばならなかった、物質側の特殊事情はなんだったのか。繊細を追求する物質の趨勢の逞しさは激烈な生存競争の果てに生まれた性向か? 夢を見ているとたちまち滅びるはずだが。

7/16/2006

異境での憤懣と優越感は、別の異郷での閉塞感と劣等感の裏返しである場合がある。松山とロンドンがそれぞれの土地だ。
特異な体験のネタはたちまちなくなる。猫で、あんなものならいくらでもかける、といった類のネタを際立たせるために、動物の視点をエゲレス小説から借りて使った。エゲレス文学を学習した成果として。勝小吉を坊ちゃんで使ったので、江戸風から、英国風に変わっている。ただし、時間的には逆である。実際はどうかわからん。
反動として、居直って地を出して書いた。
内容である高等遊民のモデルはエゲレス人ではなく、ついこのあいだまで遊び暮していた自分の正当化であるが、あとは、英国の心理小説のまねである。英文を学生にわかるように翻訳するように、日本語を書いた。それが日本語の手本となった。
志賀直哉がなぜ言葉をひねくるくせをつけたか。
キリスト教の教会、まあ、個人(内村鑑三)の家に過ぎないが、そこに通って、英文の添削を、十代の後半から二十代の半ばまで、例によってかんしゃくを起こして内村と決裂するまで、受けていたからだ。ただ不快を言いつのるだけの、無思想無内容無教養、わがまま千万の男、甘やかされて育った馬鹿女のような男がなぜ今でもはやるのか。
彼には放蕩体質を反省する倫理観がある。キリスト教の感化のおかげだ。
翻訳小説に頭を下げっぱなしのところがある。言語を他者と見ることを、教会(内村のところ)に通っていたときに身につけたときから、書き方は、たとえば、フローベールに学ぶべし、と素朴に信じるようになった。先生に添削された外国語を明日までに書き直しておかなくちゃ。志賀はその気持ちで小説を書いていた。
フローベールが絶対的なモデルだったのは容易にわかる。英国人作家のモデルは誰だったのか。いないようである。

7/19/2006

文章の速度についてのある論者に対して。三年経った、がスピードが速いとすれば、(加速と言っているが意味不明。前文に比べて一瞬加速するという意味か) 千分の三秒経ったはスピードが遅いのか? 減速とはこれいかに。前者の方が悠長で、後者の方が緊迫している。彼は、スピードとスピード感は別ものだと反論するに違いないが。雑駁な議論の展開が大手を振るのは外国人の受け売りからそれが発したからだ。

8/1/2006

昭和三十四年の夏は暑かったわねえ。ん? お生まれになってなかった? 
おばあさんは美しく着飾っているが、その必要がないほどに美人だ。
一九六八年の夏は暑かったな、と黒人のおやじがいう。
私も同意見だが意味が違う。
一年あとはいやに寒かった。嘘の夏だった。同じところにいたのにな。
異議なし。


 

無我とは、自分のいない境地に思いを致すこと。
ところが、自分のいない境地とは、この日常である。