2007/09/18

 

天才には悩みはない。天才が発言するとき、これが悩みの初めとなる。

 

2007/10/31

 

航空母艦に生化学検査班を置き、アフガンでもイラクでも病人やけが人が出たら、その血液等をそこでチェックする。また、外科手術室を設ける。

従事する者は兵隊服を着てはいけない。白衣は、現地では日常的に着ているから目立たないので、グリーンあたりか。背中と腹に大きな赤十字。

 

2007/11/02

 

人間が付与したものを剥ぎ取っていくと存在そのものが見えてくる、という期待はロマンティックな誤解ではないか?

剥ぎ取っていくとカオスが見えてくる、とは、フィクションであり、事物は人間が付与した限りのものでしかない、という可能性を忘れてはならない。事物がなんら堅固なものではなく、人の意のままでありうる何者か、いや、意のままそのものであるのではないか?

 

やがて迷いがなくなる。なぜなら、意識がなくなるからだ。科学と技術だけの世界、すべてがそこに還元される世界が来て、迷妄的な問いが消滅する。そのような問いを発しながら迷っていたのが人間的であったのなら、もう人間はいなくなる。

 

純粋な拡散過程は地球上では生じない。最大のシフト要因は、自転だ。これによる渦が偏差を生み、生命を生み、進化を促した。

 

2007/11/05

 

戦争は政治の延長であるという、クラウゼヴィッツのたてた公理を疑え。戦争論の時代は、まだ外交は脅迫に脅迫を衝突させる、力の衝突とせめぎあいの場だった。国内政治からして強力の支配から脱していなかった。だから戦争が最終的に出現しても政治との連続性は保たれていた。政治が内外を問わず潜在的戦争であったのだから。

 

2007/12/01

 

実験的なことを、言語で試みる場合、忘れてならないのはユーモアだ。最先端にこそユーモアは似合う。

 

規範を知らずに書かれた文章は、不快だ。知っていて正反対、あるいは、別方向、は歓迎だ、私の望むところでもある。規範知らず、は無知の一部であり、無知は無教養の一部だ。

ミームを切ることは、彼らの力不足で出来ないが、無視は簡単に出来る。無知、無知ゆえの無視と天衣無縫を混同してはならない。

 

ファシズム前夜だ。

 

2008/02/03

 

意識が発生してから数百年しか経っていない。それが、個別に淫したことが間違いだった。その発生が類の尊重に向かえばこんな近代の悲劇はなかった。意識は、発生してまだわずかな時間しか経っていない、いわば幼児期にあるので、こんな迷妄のうちにある。これまで、意識の実際は自意識だったが、それが、新たな類意識に転化するのは、どんなきっかけからだろうか。

 

2008/02/28

 

江戸時代初期の鎖国の選択がなければ、日本は植民地になっていた。幕末の開国の選択がなければ、日本はやはりそうなっていた。正反対の選択がどちらも正しかった。

 

理念を放棄せよ。ここで、問題。

戦争放棄は理念か?

理念は、いまだ実現されていない事柄を掲げる。戦争放棄はすでに実現された事柄を総括している。

 

2008/03/05

 

理念を放棄せよ。

欲望を肯定せよ。

だが、これだけでは犬畜生の世界が来る。

批判力だけが未来を拓く。だが、多勢に無勢。何せ、欲望には遺伝子の根拠付けが簡単明瞭であるが、批判力を支える遺伝子は、いまだ知るところではない。

 

2008/03/07

 

ありありてありあまるところ、が、サルトルの言う実存である。あるところにあらず、あらぬところにある存在だ。

ここで問題は、ありありてあり足らぬところは何であるこということだ。欠如としての存在か? それは存在ではない。あくまで欠如だ。欠如(無)と実存が結合して存在が存在化した、という興味深い物語がありうる。

 

2008/06/25

 

すべての非等加速度運動は、等加速度運動の射影である。

 

2008/06/25

 

大正教養主義を否定する論は読み飽きた。三島がいらいらしながら大正を嫌がるのは、それだけそれに影響を受けた記憶を恥ずかしがっているからだ。読み飽きたほどに私は影響を受けた。これは正直に告白しておかねばならない。角川の昭和文学全集が取っ掛かりだった。それでおしまいの作家たちも多々いた。あれこれいたが、総じて私は嫌がらなかった。私の隠し、愛でてきた保守性の出自のひとつだ。あまり喧嘩はしたくない。しかし、いったい、だれと?

 

2008/06/30

 

あなたではない、彼でも彼女でもない、唯一の私、が、幻想であることは、私と、他の誰かとを交換してみればわかる。交換された双方とも交換に気がつかない。自らが変化しているのに気づかないのは地動説の時代からの人間の宿阿だ。私の、加速度爆発論=等価原理の自然な展開、も地動説の役割を持つ。

 

2008/08/03

 

相手の文脈が見えないままだったとのこと。それはいけませんでしたね。また、異質な価値観をもった他者との対話が閉ざされることは、避けられるべき事態ですよね、ともおっしゃっている。そこで、あなたと私のやりとりに注釈をつけてみました。

 

 

ru 2008/02/27 13:26 sさんは誠実にポストモダンやってますね。 

 

s 2008/02/27 23:31どうもありがとうございます。権威や体制を批判したけれど、「主体」だけは疑わなかった、というのが全共闘運動の面白さだと思っています。それは主体が仕えるべき超越的価値という形で、別種の権威を呼び込むことではなかったか、とも思ってしまいます。 

 

a 2008/07/31 07:41自己否定は社会が規定する主体を疑い否定することでした。そう駆り立てるのは実存主義的な主体でした。それがスタート。さらに、主体そのもの、アイ、、ミー、をも疑い否定するようになります。超越的価値を呼び込むことはしなかった。権威に対する批判精神は、徹底していたと思います。理念なしに、論理の行き着くところに従ったのです。 

 

a 2008/07/31 08:01自らが育った戦後民主主義を批判しました。それは受益者である自分たちを批判することでもありました。それが自己否定です。だから、個人的なアイデンティティーをもとに近代主義を批判したのではありません。 

 

sコメントありがとうございます。

「自己否定は社会が規定する主体を疑い否定すること」というのは、そうなのだろうと思います。しかしそれを駆り立てる「実存主義的な主体」というのは、超越的価値に立脚することなしには成立しません。その超越的価値自体がある種の権威主義に自己展開したこと(あるいはその可能性)は否定できないでしょうし、そうである以上、原理的なレベルで「権威に対する批判主義」が徹底していたとは言い難い面があると思います。

 

a超越的価値に依拠し、それの自動展開に身をまかす、というのは、解釈や批評の際の常套手段です。安直にこの論法にそれこそ依拠してはなりません。

超越的な価値に立脚しないように、いかに我々は気を配ったか。隠れた超越的な価値の支配を暴くためにこそ戦ったのですからね。

立脚はあったでしょう。有限の、限定された存在は、必要悪として遠近法や省略法を持たざるを得ません。歴史的社会的地政学的遺伝的に規定された立場を持たざるを得ません。しかしそれを超越的価値とは言いません。決定的なのは、それらの規定そのものが主体であって、それらとは別の、それらに囲まれながらそれらにコミットし改変してゆく何者かの存在を、我々は仮定しなかった、する必要を持たないようになったことです。運動を、あるいは歴史を人体とすれば、我々は、せいぜい神経系の結節点であるに過ぎません。

どの事実を指して権威主義に自己展開したというのでしょうか。あなたの、対象を見ずに、常套句で判定を下す態度はいただけません。

その可能性は否定できない。そうである以上、言い難い面がある、と綴っていらっしゃる。可能性が否定できない、は、憶測、あるいは仮定の域にあるということです。そうである以上、とは、事実の断定ではなく、仮定憶測を認めた場合ということです。だが、ここの部分、前者であるかのようにごまかしていらっしゃる。その結果、原理的レベルでは言い難い面がある、となっていますが、仮定が間違っているので、言い難い面があるほどのことも言い難いのですよ。主張とは、このようなごまかしまじりの、譲歩を重ねた、頼りない線では行えないはずなのに、あえて詭弁を弄するのは、何のためですか。常套句に依拠した結論を原理的レベルと称するのはお笑い種です.

 

sまた「受益者である自分たちを批判する」という自己否定は、まさに「受益者」であることを自明視した地点で成り立つ行為ですが、それが「受益者であることにとどまらず戦後民主主義社会の批判的構築」へと向かわなかった限りにおいて、アイデンティティー問題に思考を限局させていた、というほかないと思います。 

 

a自己否定は、まさに「受益者」であることを自明視した地点で成り立つ行為である、に、あなたは証明を与えていない。一般には、自己否定とは、受益者であり続けることに疑問を抱いた地点で成り立つ行為です。(そして一回きりの行為ではなく、以後永続的に繰り返されます。)自明視した地点とは何でしょうか。それが自己否定の成立する条件であるからには、その説明は必須でしょうに。

 

a2008/08/01 00:24私は、実存的主体がスタートではあったが、その主体をも批判するようになったと書きました。その価値自体の権威主義的自己展開とは誰の、あるいは何のことかと思います。また、受益者であることの自明視、も不可解です。受益者であり加担者であることは、批判と論理の結果発見したことです。自己批判は自明視した地点で成り立つ行為と断ずる根拠が不明です。私が戦後民主主義、近代主義の批判をしたと書いているのに、戦後民主主義の批判的構築に向かわなかった、とおっしゃる意味もわかりません。 

 

sなるほど。誤解があったようです。社会的に規定された主体を批判したうえで、実存主義的主体をも批判したのですね。しかし結局、「近代的主体への批判」が全共闘運動のテーマであったということであれば、それはやはり「アイデンティティーをめぐる問題」だったということになると思います。

 

a結局、「近代的主体への批判」が全共闘運動のテーマであったということであれば……、.そんなことは言っていません。テーマとは妙な言葉をお使いですね。水泳選手が練習を続けていると、手の指の間にヒレが出来てくることがあります。だからといってその選手の「テーマ」がヒレでしょうか?

運動の進行につれてそのような観点が開けてきたということなのです。

アイデンティティーをめぐる問題と、あなたが主張してきた「主体性を超越的価値と見てそれに依拠する」こととは大きな隔たりが生じましたね。そこをもっと反省せず、しかし結局、と保身にまわるのは潔くないでしょう。

 

sちなみに「理念なしに、論理に行き着くところに従った」と書いておられますが、分析的水準においては、この当事者のロジックは無視した方が良いと思います。「論理」に「超越的価値」を付与するようなロジックは、近代実証主義に過剰に依拠するのでない限り、到底理解しがたいものです。

 

a再び、事実を見ずに同じ常套句を繰り返していますね。これについては後述。

 

s>また、受益者であることの自明視、も不可解です。受益者であり加担者であることは、批判と論理の結果発見したことです。

 

これはあまり重要なポイントだとは思われないので、コメントを省略します。

 

a前述のように、これは重要なポイントと思われます。省略は逃げと受け取られますよ.

 

私が戦後民主主義、近代主義の批判をしたと書いているのに、戦後民主主義の批判的構築に向かわなかった、とおっしゃる意味もわかりません。

 

s aさんが「戦後民主主義、近代主義の批判をした」と書かれたからといって、私が「戦後民主主義の批判的構築に向かわなかった」と書いていけない理由はないと思います。

 

a書いていいかどうかの問題ではありません。事実があるのにそうでないという理由は何かを明らかにすべきでしょう。この居直りぶりはなにごとでしょうか。

さらに、批判的構築という発言に、あなたの批判性のぬるさが露わとなっています。戦後民主主義の批判と戦後民主主義の批判的構築とは似て非なるもの、姿勢として180度異なるものです。戦後民主主義を批判した結果、出てくるものは、もはや戦後民主主義ではない可能性が高い。そのときは、それに素直に従い、新たなフレイムにシフトすべきです。戦後民主主義の(批判的)構築とは、すでに批判する前に、戦後民主主義の枠を、自らに課してしまっています。批判の方向を限定し、偏らせています。これこそ、理念によって、論理が曇らされる典型的な実例となっています。

ちなみに、(作業)仮説と理念は異なるし、理念型(イディアルティップス)と理念も別物です。理念は実体化します。その犯罪性は戦前の日本を見ればよくわかるでしょう)

 

sこれは私の規範的立場の表明であり、「全共闘運動がアイデンティティー問題に思考を限局させていた」と評価する際のメタな視点です。

 

aだから、事実に反するのに、規範的立場が成立するのか、メタな視点がありうるのか、を問うているのです。ちなみに、規範的立場、メタな視点、等のはやり文句を安易に使ってはいけませんね。それらにまさか超越的価値など付与していないでしょうね。規範とは、どのレベルでの、どのような他の規範との相対性をふまえての話ですか? メタというなら、その支配する視点群の領域は何ですか? この手の口吻で発言を権威化しようとしても無駄、というより蓮っ葉に見えるだけですよ.

 

a 2008/08/01 07:42私たちは、どうしても侵入してしまう超越的価値(これが必ずしも悪いわけではないですが)に神経質なくらい警戒していたので、使う論理そのものもあいまいさや夾雑物のないようにと心がけたものです。その論理に超越的価値を付与した、とは思いません。近代実証主義こそ批判対象であったのに、それに過剰に依拠していると言われても困ります。

投稿はこれで打ち切ります。あなたは、その規範的立場、メタな視点を、当事者の発言にもかかわらず見直そうとしないからです。 

 

s2008/08/01 13:35 >近代実証主義こそ批判対象であったのに、それに過剰に依拠していると言われても困ります。

 

上のコメントでは、やや挑発的な書き方をしました。しかしここは非常に重要なポイントだと思います。

 

a重要なポイント? 意味不明です。ゲリラ戦で、持たざる者が持てる者と戦うときの要諦のひとつは、敵の武器を奪って戦うことです。中国、ベトナム、中南米、どこでもそうしてきました。この場合、戦う者たちはその武器に超越的価値を付与し、近代兵器に過剰に依拠している、といえるのですか? 武器がなければ、棒でも石ころでもいいのです。我々も、棒や石は使ったけれど、知識社会を攻撃するには、敵の武器である論理と言語を奪って武器として利用するのが有効でした。この方法は、近代実証主義に過剰に依拠しているなどという、はなはだしい思い違い、あるいは言い掛かりとは異なり、相手の論理の矛盾を一つ一つ突いていき、ついに(意識的なものであれ無意識的なものであれ)その欺瞞性と犯罪性をあらわにするという、ソクラテス以来使われてきた伝統的な問答法でした。)

 

s>投稿はこれで打ち切ります。あなたは、その規範的立場、メタな視点を、当事者の発言にもかかわらず見直そうとしないからです。

 

言葉に生々しい迫力がこもっていたので、もしかして、とは思いましたが、当事者の方だったのですね。ただし当事者の方であっても、すでに40年ほどの時間が経過しているわけですから、当事者なりにメタな視点、別の規範的立場に立って、当時の世界観を批判的に検討する、ということはありえると思います。

aあなたが、当時のことをよく知ろうとしないでありきたりな断定を下しているので、私は実態の一部を伝え、あなたの反省を促したかったのです。当時の世界観を検討しろと勧めるとは見当違いもはなはだしいですね。

 

s少なくとも、当事者の論理を絶対化するあまり、

 

a絶対化などしていません。当時はこうであったと伝えているのです。

 

s異質な価値観をもった他者との対話が閉ざされることは、避けられるべき事態ですよね。

 

a失礼ながら、自分の偏見にしがみついている、議論の雑駁な人間と対話が可能でしょうか? このようなまやかし人間こそを我々は粉砕してきました。お望みならそうしてさしあげましょうか? 私にとっては時間の浪費ですが。

 

sもちろん「当事者の言葉」はつねに貴重です。aさんのコメントのおかげで、色んなことが考えられて良かったと思います。ありがとうございました。

 

a私も、色んなことがわかって良かったと思っています。ありがとうございました。これで本当の、おしまい、です.

 

 

 

 

2008/08/02

以下、ウィキペデアの一節。

(しかし、もとよりノンセクトには明確な理論や強固な組織があるわけではなく、中にはお祭り騒ぎ的に参加した者さえも存在する為、全共闘の背景にあるものは一枚岩ではなかった。

学生運動が下火になるにつれて、セクト間の対立が激化すると、既存のセクトに吸収されたり、党派活動家に転化したりする場合もあったが、多くは運動そのものから離れ、ノンセクトの運動は全共闘運動以降、縮小の一途を辿っているといえる。)

 

ノンセクトには明確な理論や強固な組織があるわけではなく、は、マイナス価値ではない。どんな高邁な理論であっても徒手空拳で我々は対決した。理論を持たないことがひそかな矜持だった。組織に入れば組織の規定と組織内の消耗が待っている。組織をまず疑った。一枚岩! それが百害をもたらす。

その後、セクトの独断専行とセクト間の抗争が始まる。縮小の一途とは、個人的な作業に課題は移された、ということ。