AIが、人の生活圏を広めつつ、生活権を狭めつつあるかのように見える。

どちらにしろ、二つの過程において、AIの本性が露わになってきた。

簡単に言ってしまえば、AIは、意味が分かっていないということだ。

昔私は、数学としての言語学の授業を受けた。

記号列がなす矛盾の有無はその記号列集団では判定できないとかなんとか。ヴェクトル空間だけではなく、環ができて、群が作用している模型。ゲーデルその他。

AIは、生成(弁証法と自己言及)を欠くので、自分(あるとして)が何をしているのかわからない。

将棋や囲碁でAIが人に勝ち始めたことにより、私達は、自らの、AI的部分はどれほどだろうかと不安にさいなまれ始めた。過去現在を顧みざるを得ない。

勉強がよくできる人に対する違和感を思い出してみよう。過去の事例をよく覚えていて、問題が出たら最も適切な回答を出す。この反応はAIの反応によく似ている(ディープラーニングについては別個に論じる)。その人に、どうしてそうなるの、と、しつこく聞くと、答えられない。当たり前でしょ、そうなってるから、何言ってんの。バーカ。

他人事ではない。君の、反応全てのうち、AI的部分は、相当に大きな部分を占めるのではないか。AI的部分を活用して、何とかのしてきたり、いい学校に入り、社会的に有力者になったりしてきたのではないか。君が、本当に、人間なのかどうか、意味が分かって、言ったり、したり、沈黙したりしてきたのか、よく考えよう。AIは、考えているふりをしてちっとも考えてないからねえ。そんなこと嫌だという君はもしかして……。