僕は立て続けに何曲も音楽を聴いているのだが、映像を持っていない。状況を知るためには、映像を持たないと、と思って、眼を開けたつもりでも、やはり映像を持てない。本当は開かなかったようだ。何たる不可解、という思いは、しかし、長く続かない。まだ眠っているのであって、音楽夢の中に揺蕩っているのだとすぐに気づく。
最後のプログラムである、あの懐かしい子守歌の、そのまた最後の一句を、脳の中にいるだれかが精一杯声を張り上げて歌い上げた。

朝の光と―、母の乳房が―、目覚める―、あなたを―、迎える―、までは――っ。

その後は、声も音も聞こえない。コンサートは終わった。目覚めのときがやってきたのだ。
裏から見る瞼の向こうがぼんやり赤い。外の世界の明かりが滲んでいる。僕は思い出す、眼を開くや否や、フラッシュが焚かれて、真っ白な光の中に引き出されたあの時のことを。久しぶりにまた生まれるような気分だ。いや、現に急激に膨張しつつあるおののきと期待を加味すれば、生まれて初めて生まれるような気分!
刻一刻、時の経過につれて、眠りという麻酔が切れてきて、昨夜の寝しなの妄想や昔の体験等がざわざわと目を覚ました。それらは、押し合いへし合いしながら、脳のどこかの部屋をたちまち充填し、居場所のなくなった僕は、覚醒へと追い立てられた。
久しぶりに体験した音楽夢だった。幼児のころから、目覚まし時計の代わりに、音楽を聴かされてきたことが、音楽夢となんらかの関係を持つのかもしれないが、目覚まし時計を利用してきた者が、その音の夢を見る、あるいは聞く、かどうかを知らないので、なんとも言えない。
毎回、脳内の音楽の音量が、僕の目を覚まさせる寸前まで、大きくなったものだった。それが、外からの音楽と同一の場合もあったが、これは厳密には夢とはいえまい。大抵は、異なっていた。つまり、夢の中の音楽が大音響となり、耐えられそうになくなったときに、妙なる調べが外から聞こえてきて、それにいわば跳び移ることによって目を覚ます、という筋書きが普通だった。施設ニッポンを出てからは、たまにしか体験しなくなった。
さて、今や僕は、ほぼ覚醒したと思われる。姿勢は眠り込んだときと同じくうつ伏せだ。顎を引き、首を右に捻って左耳を床に着け、ゆっくりと眼をあけた。岩壁には、ちりばめられた珪酸塩鉱物が、その大小形状向きに従って多様多彩に輝いていた。時々瞬くのは、伝い下りてくる水滴のせいだ。じっと眺めているだけだと星座を思い描きながらまた寝入りそうなので、輝きの上辺を見上げてからそれを目で追って行く。石室の奥へ進むにつれて、その高さが減り、上部に残る闇が下に伸びてくる。輝きと闇の境界は右下がりの直線をなし、僕のつま先の辺りで床と交わる。床とでつくる角度が分かった。僕は全身が太陽光を浴びて既に充分に温まっていることに気づき、たじろぐ。
頭を再び入り口側に戻し、ふい、と見上げると、夥しい光のせいでハレイションを起こしている風景の頭上、仰角四十度の高みから放射されるすさまじいオレンジ色が、視野に飛びこんできた。慌てて目を閉じて俯いた。圧倒的な威厳をもって眼下を睥睨する太陽に、僕も含めてその他全体がひれ伏していた。眼球の底がうめき声を上げたくなるほど痛い。大失敗。逃すかとばかりに緑色の残像が瞼の裏まで追ってきた。赤地に緑の円。帝国の国旗に使えそうだな。暗闇へ跳躍したあの日以来、河を遡行しながら何度朝日を拝んできただろう。だが、帝国での生活が始まると、夜行性の生活に逆戻りしてしまった。殊に、終戦以来、僕は昼間の外界に出たことがない。その結果、毛様筋が劣化してしまい、瞳孔がすぐには狭まらず、大光量が通過し、油断して柔になっていた網膜を直撃したのだ。
眼の痛みが徐々に退いて行くのに安堵しながら、ひれ伏したまま、太陽と山脈の位置関係を思い返す。そしてある発見をした。連続的に見てきていたら気づかなかっただろう。
かつて見上げた時と較べて日の出の位置がじわり不気味に北進していた。
光の横溢だけでさえ僕を怯ませるに充分なのに、さらにそれに天文学的不気味さが伴ったので、外の世界にこれから飛び出すという行為が、暗闇への跳躍に匹敵しそうなほどの、とてつもない冒険に思えてきた。
この不気味さが生じる所以は、僕の無知だ。日の出の位置のずれ具合から、惑星上の自分の位置を割り出すという、さほど難しそうには思えない推定が僕には出来ない。そのための知識が欠落している。不思議だ。だが、このような知識のアンバランス、無知の穴ぼこと今まで幾度も遭遇してきた。これらの、陰、を寄せ集めて、陽、であるゲシュタルト、内容としての僕、アイデンティティー、を思い浮かべることすらできそうだ。あまり見たくはないが。だって、父の意図しか見えなかったらどうするんだ? 
えい、もう、ぐずぐずしてはいられない。今朝は約束がある。まずは、眼を慣らそう。
川を隔てた山腹の、広葉樹林帯と草原の境目あたりに見当をつけて、腹ばいの姿勢をとったままで、極めて薄く眼を開けてみた。震える上下の瞼の間に、始めのうちは白くまぶしい遮蔽幕が垂れていたが、おもむろにそれが後ろの風景に張り付き、吸われ、融けていき、混雑を極める暗緑色の木々と黄緑に近い草原が浮き出てきた。風がないのに揺らめいているのは陽炎のせいだ。聴覚が視覚に同調して蘇り、明瞭な聞き取りを開始した。蝉が姦しく鳴いていた。谷を挟んで向こう側の東側陣営とこちら側の西側陣営が、戦争前夜に言語以前の口喧嘩をしているかのようだ.
視線を左右ジグザグに揺らしながら下げるにつれて、上下の瞼の幅を広げていく。岩舞台のあたり一面に、大樽から赤ワインをぶちまけたようなスミレ畑が広がっている。僕とヘレンが最終的に坐っていた場所が特定できた。何を言い何をしたかを特定する暇は自らに与えなかった。暗かったのでこのあたりからは見えなかったはずだと自分に言い聞かせたものの、心拍数は上がった。さらに、ヘレンを背負ってよろめきながら下りてくる僕の幻影をたどって、濃くなっていく白煙の中、視線を下ろしてきて、向こう岸に連なる、扇を平行にいくつも並べたような岩石群に行き着いた。渡河した地点は、やや上流に位置する。
僕の右足を大きくして、その傷跡を斜め上から押し付けたように、草原が尽きた後の灰白色の山腹に溝が走っている。昨日はそれを道だと思っていた。実は、干上がった細流で、最後は小さな滝となって、見えない岩清水を、湯の川に注いでいる。そういえば、十三夜の谷そのものも、大きな傷と見做しうる。空白の鯨の腹を、帝王切開さながら縦に切り裂いてみるといい。鯨が雌だとしての話だが。切開の跡は塞がっておらず、浸潤液の代わりに湯が流れている。まさか鯨は痒がってはいないだろうな。
岩室から四つん這いで這い出ると、昨夜手をつけなかった食事が目の前にあった。しゃがんで、木の実とタロイモを同時に頬張った。木の実は堅く苦く、半腐りしたタロイモは粘っていて甘かった。唾液が勢いよく噴出し両耳の下が痛くなった。スポンジを摘み上げると、載せてあった竹の皮がついてきた。上のほうは乾いていた。裏返しにし、液が滴り落ちないように左手で下から包み、右手で皮を剥いだ。噛み締めた。甘く酸っぱい果実酒は、マンゴスチンを発酵させたものだった。
皮をたたんで、立ち上がりながら足元に置いた。だが、あることを思いついて、再び手にとった。突っ立ったまま、作業を行う。左手で竹皮の端を掴み、葉脈に平行に右手の親指の爪をそのそばに立て、皮の後ろに回した人差し指とで皮を挟み、横に引く。両端に手の幅ほどの余白を残して、永い切れ目が出来た。ずらしながらこれを繰返し、平行をなすたくさんの切れ目を引いてから、一番目と二番目の切れ目をつなぐ垂直な切れ目を左端につけ、そこをほじくって切片をつまみ出し、右側へと剥がしていき、右端で切り取った。二番目と三番目、三番目と四番目、と、下辺に至るまで繰り返した。遮光器が完成した。眼に当てると、突然の日食に見舞われたように薄暗い、しかし、輪郭の明瞭な世界が見えた。破かないように注意しながら後頭部で縛った。その両手を頭に沿って右側頭部前部まで移動させ、そこを撫でてみる。瘤は退いていた。押してもほとんど痛くない。皮膚は変色しているだろう。飛び込んできた瞼の裏の残像が、弱みだと見抜き、チューブをなして脳を通過し、抜け出た跡だとしたら、もしかして緑色に? 
湯の川に沿って下流に向けて歩く。川は、昨日と同様、軽快に循環コードを奏でて流れつつあった。
地熱と湯のせいで温まった川原には、大きな石、あるいは岩が累々と続き、その隙間を角が充分摩滅していない小石が埋め尽くす。川床だけでなくその川原の半ばまでも、大量のペンキを流した跡のように、硫黄がへばりついている。だから、まっ黄色だ。源泉は深かったので湯の色はコバルトブルーだが、湯の川は渡河できるほどに浅いので、青と黄色が混合し、見とれるほど美しいエメラルドグリーンに色づき、朝日を反射して、クロールするヘビのように輝いている。川原の山際近くは、さすがに黄色が褪せ、酸化鉄によって代赭色に染まっている。川原が尽きたところからは、でこぼこの岩肌が急な傾斜を保って駆け上がっており、柔らかな草原が降下するのを拒否している。
はるかな湖から吹いてくる谷風とコバルトブルーの源泉から流れてくる湯の川の流れとは向きが反対だ。だから、川面には、こちらから見て、常に反時計回りの霧と湯煙との混合したいくつもの渦が巻いている。それらがほどけ、遠くあるいは近くで音を立てて噴出する蒸気とともに、白煙となって空へ舞い上がる。
気温がすでに高いので、白煙は昨夜ほどは高く上らず、量も多くはない。しかし、姿が見えない硫化水素の匂いは相変わらず強烈で、どれほどの高さにまで毒気が大気を浸潤しているか知れない。
僕は、遮光器をつけているとはいえ、太陽を見ないように気をつけながら、白煙を追い、きらめく草原と森林を透かし見た。世界の豊饒が確かに垣間見えた。眼をつぶり、顎を引いてから、眼を開けた。わずか0.5カウント後、眼前には、生き物の全くいない荒涼たる世界が広がっていた。今ここでは、見上げない限り、視野の中に、生き物はいないのだ。もし見上げたらば、まるで、落ちた枯れ井戸の底から、地上の草木が縁から中心に向かって伸びているのをうかがう気分になるはずだ。死に瀕した者が、かつて自らが存在した世界を仰ぎ見る時のように。彼の場合は、さらに、井戸の底が沈んで行くのだが。そういえば、白っ子1が湯の中に沈んでいく時も、僕を仰ぎ見ていたなあ……
ところが、生き物どころか仲間が、前方の湯煙の中に見つかった。痩せた猫背の男だ。落ち込んだ眼窩の影は濃く、横顔には何の表情も浮かんでいない。浅瀬で立ったり坐ったりして沐浴している。僕の眼は、彼の左腕に釘付けになる。付け根から指先まで壊疽で真っ黒く変色しており、幾筋かの黄色い脂肪がこびりついている。よく見ると、災いは腕に限定されていないのが分かる。首筋から左顎にかけても紫野を髣髴とさせる色素沈着が見られ、壊疽の勢いはとどまることを知らないようだ。むざんやな。腕は、いつ肩から脱落してもおかしくはない。男もそれは承知しているらしく、座り込む際、流れに奪い取られるのに抗い、残り少ない所有権行使の期間を少しでも延ばそうとするかのように、右手で壊疽のまんまんなか、肘のあたりを、ちぎれない程度に握り締める。
男の全身から発する憂愁には物凄いものがあるが、僕は怯まず、自らの無力をわざわざ暴きたい気にさえなり、近づいて行った。硫黄のせいか壊疽のせいか、しわがれた声で、朝日に向かって何ごとかを唱えているのがわかった。ご詠歌らしきものだ。さらに近づくと、硫化水素よりきつい腐敗臭が嗅ぎ取れ、歌の内容も聞き取れるまでになった。

ああ、火の神にぞ願ひたてまつる、祈りたてまつる。逝きし父母、いと尊し。成仏せさせなむ。別れし妹児ら、いとゆかし。去にし友がら、いとくるし。すくやかにあらせなむ、すくやかにあらせなむ。
ああ、火の神にぞ願ひたてまつる、祈りたてまつる。風をして吹かしめたまへ。種飛ばせ、鳥飛ばせたまへ。雨をして降らしめたまへ。花咲かせ、果実らせたまへ。
ああ、火の神にぞ願ひたてまつる、祈りたてまつる。我があだことをゆるせかし、我がひがことをゆるせぞかし。まかる身の、とが、らうぜきの、いふかひなきを。われかのけしきを。

僕は立ち止まざるをえなくなった。その歌の、予想外の内容に動揺し、心痛み、ある箇所では身につまされさえし、歩行機能がおろそかになったせいもあるが、視野の左隅に異様な何かが侵入してきたので、警戒したからでもあった。腰をやや落として身構え、胸騒ぎに脅かされながら、川面にゆっくりと目を移した。
上流から、竹皮に包まれ、竹の筏に結わえ付けられた、或るもの、が流れてきた。