今は昔、或るカレーライス屋の、まだ二十代の雇われ女主人が、あまりに美しいので、口説いていたところ、彼女が小声で、ウチノヒトが来た、とささやいた。後ろを振り向くと、ボクシングの世界チャンピオン○○○だった。限りなく厳しい顔をして寄ってきたので、蹴るしかないな、と思ったものだ。


生命が機械だとすると、その精密度には仰天する。しかし、所謂設計、プログラミングとは、決定的に違う生命の構成原理がある。それは、上積み方式であるという点だ。時間に拘束されている。絶対に後戻りできない。退化はあるが、使用頻度が低まっただけで痕跡は明らかである。そこに、この方式に、不合理の入り込む隙がある。例えば、ある血管は、直截なショートカットを採用せず、伝統的な入り組んだ長々とした経路を辿る。
現時点での合理的判断に反する事態が生命には無数に内在している。進化という後戻り不可能の上積み方式の否応のない結果である。
さて、これが、非合理的判断、ひょっとして感情一般の、原因ではなかろうか?


賭場の胴元と客たちの関係は、政治制度と経済活動の関係、国家と資本の関係と相似的だった。ショバ代、テラ銭が、税に相当する。この相似が近年崩れてしまった。政治制度の経済活動に対する優勢が、逆転したのだ。経済活動が政治制度を騙し、無視し、代行し、無用のものとするに至った。


事実と事実についての知識とは、区別がつかない、ということが前世紀では、スマートな常識であった。人間至上主義を批判した結果と言いながら、批判した者たちが人間至上主義者だった。区別をつけると、素朴実在論者として哂われた。事実についての(間違った)知識も含めて、ただ事実しかないのに。
事実についての知識の代表として言語と物理学を挙げよう。前者の場合、例えば文学者や哲学者においては、人間は、言葉によって「事物」を作るのであり、言葉がなければ思考も感情生活も性生活すらも不可能であると考える者が多いので、事実が隠蔽されがちだ。あえて事実そのものを問題にしてもそこにはカオスがあるばかりだと考えるのだ。後者の場合、物理学者は、困難や矛盾が頻繁に起き、そのたびに使っている機器や数学がおかしいのではないかと反省せざるを得ないので、知識の仮説性を自覚している。しかし、まったくの無知ではないとの自信もある。前者の、恣意を担保にした尊大に比べれば、浜辺でややましな石粒か貝殻ひとつを何重にも歪んだ視覚で認識できているかどうかほどの自信だが。
前世紀の迷妄から覚醒するのはいつのことか。
恣意を一皮めくると、それとは一見正反対の兄弟、まさかと思われる双子、すなわち、不合理ゆえに我信ず(Credo quia absurdum)という倒錯が古来から待機している。事実が事実についての知識をいかに裏切っても、周知の知識がその知識をいかに裏切っても、その知識は信じることによって生き延びうるという繰り返された経緯を考えると、覚醒はいかに困難であるだろうことか!


ソシュールは、切り取る主体を意識としか言っていない。井筒は、トポスと実存を持ち出して、膨れ上がった必然性が文節線を実現すると言っている。つまり、ソシュールの恣意性は、恣意ではないことになる。井筒のように曖昧な言い方ではなく、はっきりさせなければならない。恣意性が幻想であり、ソシュール理論が、観念論であったことを暴露せねばならない。言語論を着地させなければならない。前世紀の、言語論すべて、言語論をモデルにした社会、経済、文化の分野における恣意性モデルのすべてが、近代主義的観念論であったことを告発するために。

長生き競争には、根本的なパラドックスがある。競争ではあるが、速くてはいけない、遅くなければならないのだ。子供の頃にやった、自転車おそ乗り競争と同じだ。倒れてはならないが、最も遅い者が勝者となる。調査結果を見ると、やはり、代謝の遅い者、低体温者、いわば、植物的な、ひたひたと生きていく人間が長生きすることがわかる。


わかりやすいように、抽象的に言ってくれ、とは、吉田耕作の名言だ。具体のやりきれなさを知って、悩んで、それから逃げられないと居直って、それを対象に据えるまで、僕には時間がかかった。どうしてだったのだろう。子供の時の躾の選択に関して、親の偏見があったのだろう。べつに、親を恨むでもない。そのような、特殊な親の子として生まれて、むしろ面白かった。


小学生の頃、授業中、笑いが周りと合わないので、たいしてではないものの、当惑していた。私だけが笑うのだ。不思議に思っていた。みんな、何故おかしくなのだろう。中学に入って、一人か二人、笑いについてくる者が出た。私は、その人たちを見逃さなかった。なにせ、そのうちの一人とは、結婚しかかった位だったからね。

明治維新の際のヒーローたちは、新政府発足後も、民衆には人気が高く、タレント風に、当時の最新の泰西写真術のおかげもあって、後のブロマイドに相当する写真が、浮世絵さながら出回った。中でも大人気だったのは、西郷隆盛。日本全国、一家に一枚の勢いだった。
ところが、西南戦争で、反政府の謀反人、国家転覆をたくらむ反逆者、朝敵となり、何たることか、あれほど全国に普及した彼の写真が、全国指名手配のための人相書きの役割を果たすこととなった。
自分たちの持っているブロマイドが人相書きになる!
そのとき、日本人は、一斉に、西郷隆盛の写真を、焼き、埋め、びりびりに引き裂き、いわば、シュレッダーにかけて、各人が、西郷をかくまった。
命令なしの、自主的な、例外なしの、じつに、おどろくべき集団行動であった。日本人とは何であるか、が、わかる。西郷の写真が現在極めて稀少であるのはこのせいである。

わずかに残っている写真で、西郷であると確認するための手立てが、ただひとつだけ、ある。
耳たぶがない。
斜めの異様な切れ方なので、恐らく、若い時に島流しにあった時の、処刑の痕跡だろう。糖尿病でやせ衰えた晩年(ふぐりの病もあって、馬に乗れなかったのに、内戦突入!)の写真と、佐賀藩士らと撮った集合写真と、比べてみると、耳たぶのない点で、共通である。99パーセント同一人物だという学者の判定もある。
佐賀での写真には、手書きで、西郷隆盛と書いてある。
金太郎のような、縦も横も大きな、堂々たる若者である(当時の現役大関と相撲をとって勝ったという記録がある。そのときの素描画が残っている)。濃い顔の、やたらの、イケメンだしね。

私は、かつて、或る会合で、西郷隆盛は、東洋の歴史において典型的な、民衆が賛美する豪傑の系譜に属し、その点に限っては、毛沢東によく似ている、と言ったことがある。


ネヴァーランドで、白っ子1が言う、「我々が進めば、国境は退却する。終に、国境にはたどり着けない。国境は実質的にはない。従って、国のアイデンティティーがなく、我々が相対化されない。ちょうど死に到達できないので、私がないのと同じだ」
本当にここまで言ったっけ?

ネヴァーランド市民には、個はなく労働もない(男にとっての戦争、女にとっての子育てを、労働とは言わない)。

戦国時代から、急転直下(!)二百五十年間の無戦争時代が続いた歴史上の奇跡を、反芻し教訓とすべし。徳川というハイバーな権力が生まれたからだ。とすると、割拠する国民国家に対してハイパーな位置にある権力を生み出せば、戦争はなくなるだろう。士農工商に対応する階層構造と引き換えに。世界政府が先か、資本のグローバル化の完成(全資本の統合)が先か。現時点では後者に分がある。しかし、後者には、戦争を抑える力がない。むしろ後者は、延々、分裂、内ゲバ、を、繰り返すだろう。
おお、グローバルな内ゲバ。理念ではなく資本が駆動力である内ゲバ。地球内という意味での内。そこでのゲヴァルティッヒな恣意横暴。
何たる事態か。
考えろ、考えろ、どうしたらいいのか、よく考えろ、そして……