小学生の頃、夏休みに、田舎から東京に遊びに来た。生まれは東京だが、地方に移転した。四歳の幼稚園児の時以来の東京だ。東京タワーが建設中だった。夏休み始めは、四本の脚が、まだそれぞれに独立していた。
日々見るごとに、巨人がおもむろに立ち上がるように工事は進み、休暇の終わり、もっと居たいと涙流しながら列車に乗った頃には、半分以上は出来上がっていた。
時は去り、二千十一年の冬、スカイツリーが、建設中だった。私は幾度も高速道路から、悪夢のような巨大建造物を眺めたものだ。
巨大建造物に恐怖を感じる心理(メガロフォビア)がいつから私にとりついたのかわからない。
夢に出てくる地平線上の大工場、複雑に延びて空を席巻するゴミ処理場、山のような集合住宅、満艦飾の巨大UFO、皆私をおびえさせ、夜中に目覚めさせる怪物だ。日常でも、巨大煙突や、逆さ渓谷のような雲の固まりに、心悸亢進する。
スカイツリーの、私に与える恐怖は、まさに死なんとする母のいる病院に通う現実の恐怖を、拡大し、増長させ、きりがなかった。
私は、高速の向こうに傲然と立ち上がりつつある悪夢に、必死で耐えていたのだ。
母の死が現実となった。
三月には、悪夢が海から襲ってきた。


夢の中で電話が鳴る。携帯の着信音が聞こえる。現実より音量がはるかに大きい。子供の頃から音響夢、あるいは音楽夢を見てきた(聴いてきた)ので、いまさら取り上げる事柄ではないかもしれない。しかし、やや心配である。聞こえたときに本当に眠っていたか、自信がなくなってきたのだ。目が覚めていたのではないのか、少なくとも寝惚けた状態にあったのではないか? とすると、聞こえたのは幻聴だ。脳に異変が生じているかもしれない。アルコール依存症のせいなのか?
そもそも依存症だろうか? アルコールならなんでもいいのが依存症患者だろう。私は、ビールか発泡酒しか飲まない。他のアルコール飲料を飲めないわけではないし、美味いとも思うが、自ら好んで飲むことはない。
父親が遺言として私に残した言葉は、息子よ、酒を飲みたくなったら、ビールを飲め、だ。小学生の私は情けなかった。もっと立派な、他人に誇れるような遺言を残せよ。
だが、その呪縛は強烈だった。私は父の遺言を守って今まで生きてきた。
だから、依存症ではない。ん? 飛躍があるなあ。
途中経過がどうであれ、アルコールは体内に入ってきたのだ。今までに屋内プール満杯ほどビールを飲んでいる。アルコールが、夢の中で発していた音響を、境界を越えて、覚醒界に連れ出したのか。いや、すでにアルコールのせいで覚醒界が存在しなくなったので、夢の中に閉じ込められていた音響が、容易に越境し始めたのか。
どっちなのか、ビールを飲みながら書いているから、判断しない方がよかろう。

安部首相がバラクと何度も口に出しているのに、オバマがファーストネイムで答えなかったのは、失礼だ、あるいは、怒っている証拠だ、との批評があった。
さあね。
オバマが、安部の名前が晋三であることを思い出せなかったか、もしかしたら、大いにありうることだが、知らなかっただけではないか。
〝S・Abe。エイブではないと注意されてきたが、このSは、なんだったっけ?〟  

甘利が壮士的態度を見せているね。一方で、甘利が、土俵際でこらえる相撲取りに見えてこないか? どっちにしろ、甘利、がんばれ、と応援する国民は結構たくさんいるはずだ。さて、甘利は本当は何を狙っているか?

駐車場にカラスがいた。ポリの皿に煎餅が入っていた。カラスはパリポリ音を立てて煎餅を食っていた。私が声をかけると、皿をくわえてむこう向きになり、尻を向けた。
口笛を吹くと、振り返り、右横にどいた。あごをしゃくっている。私に食べろと言っている。私が腹をすかしていると思い、哀れんだのだろう。

雪に覆われた西穂高をテレビで観ている。昔、河童橋の近くの大学のテントで激論痛飲し、二日酔い状態で登った。西穂山荘であえなくダウン。仲間達は山頂を目指した。仲間の一人がKだ。後年 哲学者になったが、死んでしまった。

踏み切りで電車に手を振るおやじが近所に住んでいる。近頃私にも手を振るようになった。私が電車に見えるのだろう。

雁が渡る時。
小さな木のもとに眠っていた夫婦の雁が、慌てふためき、枝にぶつかりつつ、天空に駆け上った。
小学生の私が仰ぎ見た見たものは、昼の天の河のような雁の群れ。
長々と延びて西に向かう。耳を澄ませば、鳴き声が聞こえる。さっさと来ないと、置いて行くぞ、と言っているのが分かった。

中国の科挙で敗れた者たちの自虐、怨念、諦観の詩を多く読んだ。近代の日本での試験制度で敗れた者らは詩を読まず、飲み屋で愚痴り、家庭で怒鳴った。
中国でも近代日本でも、受験失敗者の心情は共通している。その数は、同世代のほとんどなので、受験結果の不甲斐なさが国民の心理的歪曲の最大原因をなした。科挙を取り入れなかった明治以前の日本が、たとえ貧困であっても、みんな仲良く、天真爛漫、笑みを絶やさない人たちの国だったことが惜しまれる。
  

もう何時かな でも二度寝を自分に許そうか
ぬくぬく毛布 ぬくぬく布団 それくらいあるさ 
枕に耳を押し付けていても、電車の音が伝わってくる
カーテンの隙間から 奥多摩の雪景色が見える
ここは 世間から隠れるのに格好の地
シルバー人材センターで働けるのもありがたい
大病はなし 悩みもなし としておこう 
ここが故郷だ 終の棲家だ
都心で働いていたなんて夢のようだ

北風ひゅうひゅう 雨だか雪だか
今が危機だ 急げ友よ
襲い掛かってくる 赤いキツネ 緑のタヌキ 白いカラス
車のキー出せ 脱出だ 

連休なので ピクニック
雨が降ってきた ちぇっ
駐車してるタクシーの運ちゃんに訊いてみた
いまごろ 開いてる飲み屋 知らない?
造花のアンズを飾ってる店 ほらあそこ 歩いていけるよ

銘酒にミントは邪道じゃないか?
おや おいしいな このモヒートは
あともうしばらく いてもいいかな

ドアが開いて 霧 入り込み
花の香りを 嗅いだようだが
酔っ払ってて ようおぼえんな
いつ帰ったの? 何したっけ?

宵闇迫り 悩みは果てなし
どこで弾くのか ギターの爪弾き
あれは 故郷で 作ったメロディー
友と一緒に歌ったものだ
早くも酔った私には そうに聞こえてしかたない
はて 押入れに 放っておいた 故郷で買った私のギター みずから奏でているのかな

安ワイン 紙コップに注ぎ 飲もうとしたら
黒人の運転する車 大音量でラップ流して 走りすぎた
酔っ払って 公園の砂場で 寝っころがっている 
笑ってもいいぞ
このまま 死んで しまいたい

こんなにたくさん山が連なるのに 鳥は飛べない
あんなにたくさん道があったのに 誰も通れない
大雪だから
ただ川だけは 凍らずに ゆるゆる流れ 
蓑つけ笠つけ 爺さんひとり
ボートを浮かべ 釣り三昧

カーテンの端から曇り空がのぞく 朝が来たんだ
電車の音だわ 多分六時十二分
蝿 飛んでるなあ 今年初めてだ どこから入ってきたのかしら
ずっとこうしていたい でも あと三十分で行ってよね
平日にしちゃったんだもん お勤めに出なきゃ

多摩の川原から東を眺めると
東京が宙空に浮いている
桜は散って人は来ないはずなのに
土手から私の名を呼ぶのは誰か

どうしてこんな下宿にいるんだ
言われ慣れてる 照れて笑う
隣の庭には 桃 柚子 橘
借りて愛でれば 心 悠然

旅先で誕生日を迎えるとは思わなかった
ホテルは静かなのに 明かりを消しても眠れない
別れた妻や子供達は 私の誕生日など 憶えていまい
もう歳だな こめかみは 明日染めよう

私の心は鏡じゃない 何でも映せるわけではない
兄弟親戚いるけれど 頼り頼られ 好きじゃない
愚痴を言ったらきりないが 喧嘩するのは避けたいね

私の心は石じゃない 転がすことなどできはしない
私の心はシートじゃない 巻いて畳んで仕舞えはしない
思うところに居直って その他の道を断ち切った

悩みは深く 思い果てない
他人は誹り 嘲笑する
眠りが浅く 何度も目覚める
日も月も 私にあきれ 翳って消える おおかた よそを照らすのだろう
憂欝友に 過ごす身に 飛び立つ翼が あるはずない

売れ残り うちら七人 でも掘り出し物 ぼんやりしないで
売れ残り うちら三人 今よ今 さっさと動いて
負け犬は 私一人 せめて言ってよ ごくろうさん

この世は大掛かりな夢であると 何で気づいてくれないの 物質が夢を見ているだけなのに
何しても無意味だって 何でわかってくれないの 意味なんて我儘にすぎないのに
まあいい 私は 日がな 酔っ払ってる
ふくふくとした退廃だ 寝っころがって しあわせだ
戯れに 今はいつ ここはどこ 私はだれ ときいてみた
ずっと今 どこでもない だれでもない とカラスが答えた
思ったとおりで ため息ついた
缶ビールをまた開けて 喉うるおして 一人カラオケ
月が出るまで持ち歌保たず ああもう 早くも夢の中

月の光で 一挙に露わ
果てから果てまで 見渡す黄河 
天の川の半分を 背後に沈めた万里の長城
船頭舟歌 終わらぬうちに
西風一掃 葦ざわめいて 雨滴が川面を打ち始めた 

馬がひずめで川面を歪め、映った空を掻き乱す
酔っ払いは大あくび 脇の下に風をいれる
花びら散って 頬に貼りつく
どうして向こうに子供がいるんだ なんでにこにこ笑っているんだ
馬と私が 合図を出したか?

桜は川面へ全身傾け 右から左から 枝千本 二千本
欄干に 肘つく私の右も左も 花盛りまた花盛り
橋をこぐって船がいく
ああ 君恋し 君恋し
私の思いも船に乗り 君を求めて 東に下る

町外れとはいえ 人の声も車の音も 結構うるさい
だが気にはならない 
世間は私に関心がないし、私も世間に関心がない
垣根の脇にはタンポポが咲き
一本摘まんで立ち上がれば
川向こうに連なるは 多摩の山々
取り巻く霞は夕日に染まり
鳥達の黒い影が突っ切っていく
見とれる私はいつの間にか消え ただただ現象あるばかり