最前列にいた僕は、後ろのデモ隊に押しに押されて、ジュラルミンの盾を前面に立てて横に並んだ機動隊と、額を突きあわせるほどに接近した。僕の真正面には、両側から巨漢に挟まれた、痩せっぽっちで色白の隊員が、ぼーっと立っていた。沈黙のうちに中休みじみた膠着状態が続いた。隊員たちは、防護面をヘルメットまで上げ、顎帯を喉まで下ろしていた。僕は、退屈のあまり、好奇心も手伝って、目の前の、その機動隊員に話しかけた。
「どこから来たんだよ」
近県から、大量に動員されたことは知っていた。
「埼玉」
彼は一瞬僕と目を合わせたがすぐ目を左にそらせた。
「いつから?」
「おととい」
また一瞬目を合わせたがすぐ右にそらせた。
「いくつだ?」
「十九」
僕より二歳下だ。
彼の横顔を見つめていると、嫌がっているのか、苦しそうに上を見た。真冬の青空が広がっているのは、僕は見ないでも知っている。
彼の突き出した顎には、1センチ近くに伸びた無精ひげが疎らに生えていた。彼はかすかにうなって、後ろを向き、盾を抱えたまま装甲車の方に行ってしまった。僕は、不愉快な思いをさせたかなと反省した。彼は、装甲車の横で立ち止まり、装甲車の腹に盾を立てかけると、ちょいと踵を挙げて、車輪に向かって放尿し始めた。特に咎める者はいない。横から腕が伸びてきて、もっと車体に近づけというように肩を小突いたが。やや意外だったが、彼は僕の前に戻ってきた。
僕は彼の横顔を眺めながら問いかけた。
「ほかに道はなかったのか」
言ってしまって、ああっ、と思って、すぐ続けた。
「立小便のことじゃない。機動隊以外に道はなかったのかっていう意味だよ」
彼は、キッと顔を正面に向け、僕を凝視した。だから僕は、彼がキレて怒りの言葉を憤然と言い放つと思った。だが、彼はすぐにうつむいて、つぶやいただけだった。
「ない」
いつの間にか、装甲車の屋根の上ににある、金網に囲まれた指揮台に、隊長が登っていた。彼は、拡声器のメガフォンを掴んで、放送を始めた。中休みの前、冷静を装った説得調の威嚇演説は、デモ隊から野次の総攻撃を受けた。ボキャブラリー貧困!、言ってることが矛盾してるぞ、バカヤロー!等々。ついに隊長は堪忍袋の緒が切れて、こちらから見ても分かるほどに頬を赤くして、支離滅裂に喚き散らした。デモ隊は、手を叩いて大笑いしたものだ。
装甲車の後方からこちらに向けて一斉に催涙弾が発射された。同時に、機動隊員たちは、ゴリラのドラミングよろしく盾を警棒でたたきながら、鬨の声を大声で上げて押し寄せてきた。隊長は、即時逮捕、即時逮捕と連呼する。僕らは目と鼻を押さえながら大急ぎで逃げ始めた。僕は、途中で振り返って、指の間から後ろを覗った。彼は出遅れたのか、機動隊員の群れの中に埋もれて、もう見えなくなっていた。
さらば 友よ