たまたま傍らに落ちていた本を読むと、高橋義孝の文章だった。

私の母は、インタヴューした縁で、時々会っていたようだ。

母から聞いた話だが、彼は、自分のあそこを朱肉に押し付け、判子の替わりにしていたという。世間をなめていた男だ。

高橋の文章は、ただただ内田百閒のことばかりだ。

百閒のこだわりは、田舎者だからだ、という辛らつな発言もある。

百閒はずいぶんと読んだ。

近くに見つかったので、第三阿房列車をまた読んでしまう。

私は近々旅に出る気なので、早まった旅愁にとりつかれ、興奮した。

百閒の短い随筆に、亀鳴くや、というのがある。

昔、現代国語の教材として使ったことがある。

探すとコピーがあった。

その文章は、芥川龍之介のことばかりだ。

――芥川は、こちらから何を話しても、聞いてはいるらしいが、向こうの云ふ事はべろべろで、舌が動かないのか、縺れているのか、云うことが中中解らない。

芥川は、ヤク中(睡眠薬中毒。ベロナールとジェノアル。拒否反応が起きないように体を徐々に慣らしていたという説もある。死に際は苦悶した。)だった。

――失敬すると云って、起ち上がりかけて気がついたのだが、帰りの電車賃の小銭がない。

百閒の貧乏は、新しき村の時期の武者小路実篤が美的百姓であったように、美的貧乏であって、いくらアピールしても、本格的なものではない。

芥川は、両手にいっぱい小銭を盛り上がる程載せて持ってくる。

百閒は十銭玉をひとつ摘み上げる。

芥川は、山盛りの小銭を机の上にばら撒いてしまい、机から落ちたのはそこいらを転がる。

一日か二日のちに、百閒は、電話で、芥川が自殺したことを知る。