私はかつて、一夏を、メルヴィルの研究者と供に過ごしたことがあった。

同じホテルに泊まっていた。

互いに、機微を論じ、飽きることはなかった。

私がガキの頃観た映画白鯨(グレゴリー・ペック主演)も肴にした。

映画を観たすぐ後に、原作を読んだ。

あまり厚くなかったので、部分訳だった可能性がある。

彼が言うには、あれは、詩だ、叙事詩だ、近代小説ではない、チャタレイ夫人と同じカテゴリーだ、とのことだった。

私にとって、白鯨のイメージは強烈だ。

例えば、昔書いた作品の中に、次のような一節がある:

芽衣子はクロール、ブレスト、バックと泳法を変えて力泳する。最後はバタフライで大波をかいくぐって泳ぐ。芽衣子は海の中でさらにどんどん大きくなっていく、ドルフィンキックが海面を叩き、白い背中と尻が藍色の海の中を魔物のようにすり抜けていく。私は眠りかけながら、ああ、白鯨は雌だったのか、と思う。

今連載中のネヴァーランドでも、十三夜の谷には、見えない空白の鯨が横たわっていると書いた。

振り返ると、本棚に、モヴィー・ディックが、いた。