山田賢二という友人の家を探した。
ヤマケンとは、小学二年の時の夏休みから、バスに乗って油山のふもとの堤というところに、昆虫採集に通った。六年生になるまで毎年の夏、ほぼ毎日だった。バス代は、五円だった。しばらくして十円になったかな?
昆虫への興味は尽きず、昆虫図鑑を小遣いであれこれ買って、ついに保育社の原色日本昆虫図鑑を親にねだって買ってもらった。小三の時、カメラを父に買ってもらって、最初に写したのはカブトムシだった。小四の時、半畳ほどの大きさの標本箱を職人さんに作ってもらった。ガラスがたわむので彼は苦労していた。その標本は賞を取った。小五の時、東京に遊びに行く際には、虫かごにいっぱいカブトムシを入れて携えた。
家は見つからない。崖下に切り開いた土地に、木造の、教室の広さほどもあるワンルームの、異様な建物に、姉二人と父親と一緒に住んでいた。母親はいなかった。すぐそばにお寺があった。ある日の夜に半鐘が鳴って、寺が美しくも全焼した。私は最初ヤマケンの家が燃えているのかと思った。
まさか昔の家が残っているとは思わないが、あの敷地くらいの家はいくつかあった。ほとんどが空き家だった。何人かに尋ねてみたが知らないと言う。どこかに行ってしまったのだろう。