父の話だと母から聞いた。父の友人の空手使いは、飛び上がって天上に張り付いたそうだ。
母親がテレビ局のディレクターだったので、聞いた話。
昔は、レコードがテープだったので、編集の際には、カットアンドペイストをする。五センチ、二センチ分を、切るか切らないか思案し、決断する。これくらいいいでしょと言われても、妥協しなかったそうだ。
奏那に、谷川俊太郎の、みみをすます、を渡して、声を出して読むように、と言ったら、私は、心で読む、と答えた。
今日が酒を飲んだ最後の日になる。記念すべき日だ。日記に書いておこう。
などと、思った時が、今日いまをふくめて、数え切れない。
またかっ!
意識があるとすれば、生に参加できた喜びの受容体としての意義しかないだろう。実はないので、これは、冗談だ。
一ヶ月で、二キロの豚ヒレ軟骨と、八パックの本マグロの刺身を摂る。
野菜は、JAで、週に二回ほど買う。いつもスープに海苔を混ぜる。
炭水化物を摂らないといっても、それが入っていない食品はまことに少ない。どうしても摂ってしまう。
ヴィタミンC四十五年、DHEA二十年、メラトニン十年、炭水化物カット二十五年。書きたくないが、カートランド十年。
高密度で大量に。
高密度には自信がある。密度が低いのには生理的に我慢ができないから。どこで止めるかに苦労する。
大量制作するためには長生きしなくてはならない。年取ってからスタートしたからだ。こちらは自信がない。
かつて韓国に行ったとき、ある白髪の老爺と飲み屋で話をした。日本語は日本人以上の巧みさだった。
恨みに思いますか?
そりゃあもう、当たり前ですよ。日本人のせいで……
声が震えていた。
幼児の私は、ちぇ、またか、と舌打ちした。私がこれから担うべき生に、舌打ちした。これは比喩ではない。たしか、かつて過ごした経験だ。先もわかる。このデジャヴュは圧倒的だ。
後に、友人が、私に語りかけてきた。前にやったって感じがするよ、と。
私は偶々今になってもそれを覚えている。多くの人も、幼児期にそう感じたのではなかったか? またか、と思わなかったか?