さかさの時計に 終止符を
燃料の代わりの タバコをふと吹き
壊れたオルゴールを左手に
右手にはパグパイプ
「何が足りない?」
猫になりたかったネズミに聞いた
わかってる 返事は気にした方が負け
フリダシ 戻って 一回休み
走るよ 走るよ
君が 笑ってくれるなら
どうか 明日よ 追ってこないで
たてまえのだけのカラスは笑う
「お前は 何を見ているの?」
嘘だけに埋もれて 生きていたから
いつか嘘が本当になればいいのにと願う僕
壊れた僕を 左手に
君は僕を なおしてくれた
「君はどうして君なの?」
人間になりたかった 僕が聞いた
わかってた 君はただ笑うだけだって
フリダシ どころか 何も始まらない
待って 待って
僕の 自己満足だとしても
どうか 今日よ 待っていて
投げ捨てられたネジは問う
「お前は 本当の夢は?」
君においついた
そう思った時には 君は壊れていた
なおしかたを しらない僕
なみだを しらない僕
ああ そうか
僕の夢は コレじゃなかったんだ
埃をかぶった 古時計が叫んだ
「正解だ、少年」
ねえ お願いだから 待っていて
僕も 螺旋階段をおりていくから
待っていて
君に伝えたいことがあるんだ
今なら いえる気がする
僕の 夢を 聞いて欲しいんだ
ねえ いま いくから
まっていて
んー。中学生のころの自分てなに考えてたか覚えてます? 私はあんまり覚えてないですw まあそこそこ楽しんでたとは思います^^ でもこの前、友人と話をしてたら、一番人間関係に悩む時期だったんじゃないかっていう話になりました^^笑
やっぱり、中学生ってグループとかあるじゃないですか、特に女の子とか。
グループでトイレいったり(笑)遊びに行ったり、その「グループ」ていうのが全てだったなって笑 基本的に自分は内向的な性格ではなかったので、いろんな子と話をしてましたが、やっぱり自分のグループを一番に考えないとめんどくさいことになるんですよね^^あれってwww
でもやっぱり、クラスでなんとな~く嫌われてて、どのグループにも入れずに浮いてる子っていたりして。ああ、かわいそうだなって思ったり。
でも、かわいそうって思うだけで、なにもしないんですよね。自分は。ただ、傍観するだけ。
で、自分て嫌な奴だな、でもまあ勇気もないし、ごたごたに巻き込まれたくないし仕方ないって思うんですよね。
そういう中で助けてあげる子がいるじゃないですか。一緒にご飯食べてあげたりとか。で、あとでその理由をさりげなく聞いたら「だって、かわいそうじゃない」っていう子が多くて。「おお~立派な精神!!」って思ったり。
そして中学のいつだったかは忘れたけど、同じようにクラスに馴染めない子がいて、その子と仲良くなった女の子がいたんです。でもその子が仲良くした理由は「ただ単に、仲良くなっただけよ?なんで?」っていうだけでした。
それを聞いた時、自分が嫌になりましたねー笑 『友達』がなんなのか、よくわからなくなっていたんだなって。 だって、私がその浮いた子と仲良くなった子に対して、「かわいそう」って感情をもつって言うことは、浮いていた子に対して、すごく失礼なことで、そういう感情を持つこと自体がおかしい。もしかしたら好きで一人でいるかもしれないのに、勝手に悲劇のヒロインにして『自分より劣ってる』『自分は安全な立場にいる』って思いたかっただけなんだっておもいました。 「かわいそう」っていう気持ちから友達なんかになれるはずがないって、そんなの当たり前のことなのに忘れていた自分が恥ずかしかったです。中学生っていうときの友人との距離のとりかたを、迷っていたのかもしれないです。
それを感じてからは、もっと友人と仲良くなれた気がする。っていう話を友人としてました笑
今でもそのことだけはしっかり覚えています。青春、あまじょっぺー!
寒い日が続きますね。みなさんいかがおすごしでしょうか?
最近「視」についてぼんやり考えてしまいます。
たまに、他人と会話しているときに、相手が言葉の裏に隠している何かが見えるとき、それに気付かないふりをして、相手に合わしてしまう自分がいたりしませんか?たとえば、ばれてないって思っている相手側のいいわけとか。
そういうときって私の場合はなんですけど、
なんだか相手より優位になった気分になったりしてしまうんですね
(とても嫌な奴で申し訳ない…汗)
『あぁ、相手はきっと、うまくやっているつもりなんだろうな~。ばれてないつもりなんだろうな~。』
ってぼんやり考えてしまいます。でも口にだして言いません。自分の中で、ちょっと試してやろうかなんて考えて、でもとりあえず昇華して会話を続けます。
そういうことを考えている時の自分ってなんていうか、
「私、人生において上手くやってるな~」って思ったりして…。
きっと、達観しているって感じるのが楽しいんですよ。
相手よりも見えてるって思うのが。
でも、いつからか、そういうときの自分ってオセロみたいだなって思うようになりました。オセロって、途中勝った気分になっていても、最後らへんで気付いたら自分の色がほぼなくなってたりして。「あれ??!勝ってたはずなのに…」ってなったことないですか?たぶんその最後のしっぺ返しをくらう、直前の状態に近いかなって。
足元をすくわれるっていう感じなんですかね。
きっと自分も、その見透かされる立場になったりしていることがあるってことに気付いたんですね。自分自身ていう存在はちっぽけで、今会話しているその人の言葉の裏が見えたからって、出来た人間ってわけじゃない。その人の裏の気持ちがわかるのは、その人と同じ「立場」にいるからで、その人の感情が理解できるからっていう、それだけなんだって。だから、自分をしっかり戒めないとだめですよね。冷めた人間ぶってても、しょせんぶってるだけですよね笑
うーん、なにがいいたいのかわからなくなってきました!
いい人になりたいなって、そう思います(雑な締め方笑)