先日のアウディーフカ陥落以降、陣地を守りきれずに毎日じりじりと後退しているウクライナ軍ですが、NATOがウクライナと隣接したモルドバに第2戦線を開こうとする可能性が出てきました。

 

というのは モルドバにはロシア人が人口の34%を占めていて親ロシア地域である自称独立国のトランスニステリア(沿ドニエストル共和国)があります。

 

(上の地図のウクライナとモルドバの境界にあるピンク色で囲まれた部分が親露独立地域の沿ドニエストル共和国)

 

このトランスニステリアは「ウクライナから分離独立を宣言したドンバス地域のように、モルドバから分離独立を宣言した地区」だと思われている方も多いかもしれませんが、それは間違いです。

なぜなら、ソ連崩壊直後に独立を宣言したこの地域を モルドバ政府は過去に一度も支配したことがありません。 ですから、「ドンバスに似ている」というよりも、グルジア(ジョージア内にある)グルジア政府の支配が及んだことのない親露の自称独立国、南オセチア共和国、アブハジア共和国と似ています。

 

(上の地図:ジョージア内にあるがジョージア政府の支配権がない、親露の独立国のアブハジア共和国、南オセチア共和国)

 

 

沿ドニエストル共和国はソ連崩壊後の1991年8月に独立、その後この地域の領有権を巡って1992年5月、同じソ連崩壊の時期に独立したモルドバとの戦争が勃発し、沿ドニエストル共和国軍側が勝利しています。

 

トランスニステリア戦争当時のロシアはお金がなく、経済がボロボロの状態のエリツィン政権でしたので、この陸の孤島となっているトランスニステリアを事実上放置状態で、軍事的にはほとんど助けることができませんでした。しかし、それにも関わらず、ここにいるロシア人、親露住民はモルドバ相手、そして当時はまだNATO加盟前だったものの米CIAからの支援を受けて刑務所等から兵士を送り込んだルーマニア(モルドバを支援)相手に勇敢に戦い勝利し、1992年7月、紛争は凍結されるという形で和平が結ばれ、それ以降、事実上の独立状態が維持されています。

 

なお、「トランスニステリア戦争」もソ連とロシアを不安定化するために米のランド研究所が計画したものだったことが明らかになっており、下の記事でご紹介しています。

 

 

そしてこの地域では ウクライナ軍が沿ドニエストル共和国に対し軍事挑発を行って「第二戦線」を開く可能性が以前から取り沙汰されており、それは下の記事でご紹介しました。

 

 

地図をよく見ていただければ分かる通り、モルドバとトランスニステリアはいずれも内陸国で、川には面していますが、海に面した部分はウクライナ領土となっています。ロシア軍の現在の進軍はヘルソン地域のドニエプル川の東岸までであって、トランスニステリアに達するには ロシア軍がさらにニコラエフ→オデッサと取る必要が出てきます。

 

 

しかし、今の段階で親NATO,親EUの立場を取っているモルドバ政府が この事実上の独立地域である沿ドニエストル共和国と、もう1つ、ガガウジアという親ロシア地域へと政治的、経済的圧力をかけ始めたことが明らかになっています。

下はガガウジアの位置です。モルドバの南東部に位置していて、トランスニステリアとも接していない場所です。

 

 

 

ガガウジアはトランスニステリア(沿ドニエストル共和国)とは違って、いわゆる自称独立国ではありません。モルドバの自治区であって、住民もトルコ系であるガガウズ族が83.8%と大半を占めていて、ロシア人も3.2%しかいません。しかし面白いのは住民の多数を占めるガガウズ族の人たちは民族の系統としてはトルコ系であるものの、宗教はロシア人と同じキリスト教正教会で、言葉もロシア語を話しているいうところです。(ちなみに、モルドバは1918~1940年にルーマニアの領土だった時期もあるのでルーマニア人が多く、言葉もルーマニア語が話されています。)

 

このガガウジア自治区の大統領がロシアに対して支援を求めている というニュースが報道されていますので、まずはそのニュースをご紹介します。西側大手メディアのロイター通信からの3/2付記事です。

 

Moldovan regional leader in Moscow as president fears destabilisation

 

(和訳開始)

 

モルドバ地域の代表が不安定化を恐れ、大統領としてモスクワに

 

(上の写真:ガガウジア自治区への侵入を運転者に知らせる指示標識)

 

[キシナウ 2月29日 ロイター] - 親欧州派のモルドバ大統領が「ロシアが自国を不安定化させる新たな取り組みを強化している」と発言したことを受け、親クレムリン派のモルドバ・ガガウジア地域首長は金曜日、ロシアに対し支援と緊密な関係維持を要請した。
 

ガガウジア県知事のエフゲニア・グトゥル氏はモスクワでロシア議会上院議長と会談し、キシナウ(モルドバの首都)の中央政府がモルドバ南部の同地域で人々の権利を「抑圧」していると非難した。
 

ロシアのRIA通信が公開したビデオの中で、彼女はロシアの最上級議員ワレンティーナ・マトヴィエンコに対し、「我々は…引き続きロシア連邦から支援を受けたい」と語り、モスクワへの直行便の開設を要請した。
 

グトゥル氏は昨年、主にトルコ系住民が住むガガウズ地域の首長に選出された。この投票は、キシナウ(モルドバ政府)が不正行為だとして現在調査していると述べたことによって台無しになった。
 

政府は、モルドバで詐欺罪で有罪判決を受け亡命した親ロシア人実業家イラン・ショール氏の同盟者であるグトゥル氏を敬遠している。ショール氏は現在禁止されている政党を設立し、ロシアの工作員として米国から制裁を受けている。
 

水曜日には、ソ連時代の終わりにモルドバによる支配から逃れた東部の大部分がロシア語を話す地域である沿ドニエストルの当局者も、キシナウが自国の経済を窒息させていると非難し、モスクワに支援を訴えた。
 

(和訳終了)

 

そして、下の記事はトランスニステリア(沿ドニエストル共和国)がモルドバと結んでいた二国間協定をモルドバ政府側に破棄されて「経済封鎖」を受けている とロシアに対して助けを求めている記事です。フランスの独立メディアVoltaire.netから3/2に出ている記事です。

 

Transnistria pide ayuda a la Federación Rusa

 

沿ドニエストル共和国、ロシア連邦に支援を要請

991 年のソ連の解体により、ソ連の地域分裂から生まれたいくつかの国家が誕生した。第二次世界大戦後、ソ連政府がモルドバと結びつけていた沿ドニエストル共和国は、モルドバの5日後に独立を宣言した。

モルドバ人はアメリカのモデルを夢見ていたが、沿ドニエストルの住民はミハイル・ゴルバチョフのモデル、つまり民主主義と共産主義を同時に建設するモデルを選択した。翌1992年、アメリカはNATO特別補佐官ハワード・J・T・ステアーズ大佐の命令のもと、小さな沿ドニエストルに対してルーマニア傭兵軍を発進させ、小さな沿ドニエストルを破壊しようとした。ロシアのボリス・エリツィン大統領の政府は沿ドニエストルの住民を放棄したが、彼らは自らを守り、侵略者を破り、自由を勝ち取った。

現在、モルドバ政府は沿ドニエストル共和国(正式にはドニエストル・モルドバ共和国)の独立を認めず、同国の公務員に社会保障や給与を一切支払っていないが、沿ドニエストル共和国の人口はモルドバ人であると(モルドバ政府は)主張している。

モルドバと沿ドニエストル住民が宣言した未承認共和国は、モルドバ領土を通じて欧州連合市場と世界市場全般にアクセスできる協定を締結していたにもかかわらず、モルドバ政府は 沿ドニエストル企業がモルドバ国内で製品を輸送できるようにモルドバで登録することを義務付ける新しい規則を今年採択した。

 

しかし、モルドバの銀行がその可能性を拒否しているため、沿ドニエストル企業はモルドバで登記することができない。同時に、戦争により沿ドニエストルからの製品がウクライナを通過することができなくなった。

1月を通して、沿ドニエストル共和国の首都ティラスポリは、上述の経済封鎖の形態に反対する民衆のデモの場となった。沿ドニエストルの人口の大多数は三重国籍を持っており、モルドバ人、沿ドニエストル人、そしてロシア人でもある。沿ドニエストルの領土には、1,500人から2,000人のロシア兵による恒久的なロシア平和維持任務が存在する。

2月21日、沿ドニエストル共和国のワディム・クラスノセルスキー大統領は、18年ぶりに議会に集まる全議員の招集を発表した。2023年9月に沿ドニエストル大統領の暗殺を試みたウクライナは、状況が自国に不利にならないよう直ちに大使を派遣した。2月27日、米国国務省はビクトリア・ヌーランド国務副長官の代理クリストファー・W・スミスを派遣した。

2月28日、沿ドニエストルの議員らは18年ぶりに議会に集まり、ロシア連邦に援助を要請したが、沿ドニエストルが連邦に加盟することは要求されなかったが、2006年にはすでに沿ドニエストルの人口の97%が発言していた。国民投票でロシア連邦への編入を支持し、2014年にクリミアが再びロシアの一部となった際、政府も正式にそうした。

2019年、アメリカ軍産複合体の「シンクタンク」であるランド研究所は、ウクライナ、そして沿ドニエストル共和国への軍事介入を強制することでアメリカの敵対するロシアを弱体化させることを提案する計画を起草した。この計画は2019年9月5日に米国議会下院に提出された。

2022年1月、ジョゼップ・ボレル欧州連合外務・安全保障政策上級代表は、モルドバ・ウクライナ国境における欧州連合支援ミッション(欧州連合国境)と会談し、モルドバとウクライナへの援助ミッション、EUBAM)のため、自らウクライナと沿ドニエストルの国境にいた。ジョセップ・ボレルの旅の目的は現在の危機に備えることであった 。

 

(和訳終了)

 

上の記事を読んでいただくと分かる通り、1992年の和平交渉以来の停戦状況を不安定化させようとしているのは 明らかに沿ドニエストル共和国の政治家や住民側ではなく、アメリカのネオコンのシンクタンクである「ランド研究所」とそのネオコンの「ロシア弱体化」のポリシーに従っている米国政府であり、その支配下にあるNATO,EUであることが分かります。

 

今後、ロシアは沿ドニエストル共和国とガガウジアをどう助けるのか、軍事戦略的に難しい選択を迫られることになるでしょう。

 

今後ウクライナ軍が総崩れしてロシア軍がオデッサまで進軍できれば沿ドニエストル共和国とガガウジアまで併合することを念頭に入れるでしょうが、ヘルソン地域のドニエプル川の渡川作戦と西岸に人員や軍事物資を補給するのは困難を伴うので、昨年秋に一時はドニエプル川西岸にまで支配地域を広げていたのを 兵站を考えて敢えて撤退した ということもあります。

 

また、ウクライナへ兵士を送ることを真剣に考えているフランスが ウクライナのオデッサもしくはモルドバに軍隊を配備することも選択肢の1つとして検討しているようです。

NATOは「オデッサは絶対にロシアに明け渡さない」とでも言うかのように、先日はドイツの外務大臣、アンナレーナ・ベアボック女史がオデッサを訪問、そして3/6にはギリシャの首相、ミツォタキス氏もオデッサを訪問しています。

オデッサの軍事施設にはロシア軍から頻繁にドローンやミサイル攻撃がある中、リスクを犯してNATO加盟国政府の高官が相次いでオデッサ訪問 というのは NATOがこのオデッサをロシアに取らせては駄目だと真剣に考えていることの現れではないかと私は見ています。

 

それで、ウクライナに兵を送ることに前向きになっているフランス軍が もしもロシア軍がヘルソン地域西岸→ニコラエフ→オデッサとやってきたら、オデッサでウクライナ軍とともに ロシア軍に対峙する というシナリオもあり得るかと思います。

 

ロシアに助けを求めている事実上の親露独立国である沿ドニエストル共和国、親露自治地域であるガガウジアを 可能ならば助けたいと思っているロシア政府は ロシア系住民が多いオデッサを 真剣に取り行き、将来はウクライナを「内陸国」へと変えてしまうことも検討しているでしょう。

 

そして、ウクライナを内陸国にさせないように、オデッサを死守しようとするNATO加盟国に フランスだけでなく、他の西側の国も参加する可能性がありますし、そうなると、まだまだこの戦争は続くということになります。

 

ジョン・ミアシャイマー シカゴ大学教授が昨年発言されていた戦争の終了時期についての当初の予想では この戦争は2024年内には終わらず、おそらく2025年半ばまで続く とおっしゃっていたのですが、それが信憑性を帯びてくるかもしれません。

 

そのミアシャイマー教授の発言は 下の過去記事で取り上げています。

日本に関係が深い台湾有事の可能性についても語っておられますので、まだご覧になられていない方は是非お読み下さい。