修論のために、Betty FriedanのThe Feminine Mystiqueを読んでいます。
他にもチョドロウとか、バトラーとかも並行して読んでるけど、
ダントツでこの本が読みやすい!

まだ2章までしか読んでいないけど、今のところ
「1950年代アメリカの女性が、
母親や妻という役割の中に閉じ込められて不満を抱いているものの、
メディア等の影響で、早く結婚をし主婦業をすることが幸せだと信じ込まされている女性たちは
自分たちは幸せなはずなのに不満を抱くなんて
自分に問題があるのではないかと精神安定剤を服用したりしている現実を挙げ、
そのような『理想的な女性像』はどのようにして生まれたのか、
を解き明かすような本」
という印象。

女性参政権獲得を目指した19世紀後半から20世紀初頭までのフェミニズム運動の中で
「新しい女性」というような、働く女性像が理想像として作られていったにも関わらず、
なぜまたその前に逆戻りしてしまったのかという理由についてフリーダンは
主にメディア(映画やテレビ、雑誌など)の調査をもとに考える。

その調査中に、彼女が女性雑誌編集者から聞いた理由によると、
1930年代頃、自立し働く女性について雑誌に記事を書いていたのはほとんどが女性の記者や作家だったという。
しかし、戦争が終わり男性がアメリカ社会に帰ってくると、
戦争につかれて温かい家庭を求める男性が、「家庭の天使」「聖母マリア」のような
女性像を作り上げたらしい。
そして、1949年には完全に理想とする女性像が変わってしまい、
そのような男性編集者の方針に従った記事を書ける者のみを残して
女性記者や作家は退いていった。


この変遷が特に面白い。
やはり、こんな無理がある女性像は男性によって作られていたんだなぁ。
この本を拠り所にして、女性たちは再び第二波フェミニズム運動へと動き出すんだから、
この本が当時のアメリカにもたらした影響力は多大なものがあるんだろうし、
今、日本で読んでも、考えさせられる。

チョドロウの母親業の再生産もちゃんと読みたくなってきた!

「お母さん」って、子供にとってはすごく安心するし大きな存在で、
男性はその存在を結婚した後妻に求めることができるし、(自分の世話をしてくれる人)
自分の幼少期の思い出があるから子供にとっても良い母でいることを妻に求める。
女性も自分の母親に対する良い思い出はあるものの、
母との関係は一度失われると二度と取り戻せない。
しかも、自分がそのような「母親」になることは全く別のこと。

つまり、やっぱり男も女も自立して働き、同じように子育てをすることが大事!
っていうことじゃないかなぁ?