チェーホフ。1904年。

ラネーフスカヤ夫人は、未亡人であるが、不倫関係にあった男性とパリで暮らしていた。しかし、男性に全財産を巻き上げられ家に戻って来る。
家は、昔から有名な美しい桜の園を有していたが、困窮のために競売に出さねばならなくなる。
実業家のロパーヒンは、土地を別荘を建てる人々に貸し出すことを提案していたが、家や園に愛着のあるラネーフスカヤやその兄ガーエフはその提案に耳を貸さず、結局園は競売に出された。
そして、それをロパーヒンが買い取り、彼が園や家の所有者になる。
ラネーフスカヤと従僕ヤーシャはパリに戻る。ガーエフは銀行に勤めることになる。娘のアーニャは残り、勉学に励む。養女のワーリャは、ロパーヒンに想いを寄せていたが、ラネーフスカヤのお膳立てにも関わらずロパーヒンはワーリャにプロポーズせず、他の家で家事をすることになる。アーニャと「恋愛を超えた関係にある」、つまり恋愛未満の関係にあるトロフィーモフは、大学のあるモスクワへ戻る。ヤーシャに片思いしていた小間使いドゥニャーシャは、ヤーシャがパリへ行くことで振られる。
最後、全員が家を出て、鍵が閉められた後、舞台に二人残ったラネーフスカヤとガーエフは抱き合って涙をこぼす。二人の退場の後、年老いた従僕フィールズが戻ってきて、屋敷のドアを開けようとするが、ドアは開かない。彼は、玄関に横たわり、動かなくなる。


チェーホフ劇は、『かもめ』でもそうだったように、劇中で起こっていることは何でもないのに、登場人物達の会話がとても現実的で、引き込まれる。
だが、彼の劇が「冷静で客観的」と評されるように、読んでいても、例えば上演を見ていても、感情的に引き込まれすぎることはないように思う。
悲劇において、人が死ぬことは必要かどうかという議論があったが、これは人が死なない(フィールズは死ぬのか?)、少なくとも人の死が劇の中心にある訳ではないが悲劇だと言えると思う。
登場人物達が活き活きとしていて、誰もが悲しみを抱えてはいるんだけれど、劇全体から温かみが感じられるような気がした。