#柳宗悦 | こじょるのおこじょなえぶりでい

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ClassicalHomeopathy柊舎の個人的なBlogです。
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美しく作ろうとするより、美しさと醜さとが未だないところにあればよい。

そのときより深くは美しく作れぬ。

本来美醜もない性が備わっているのであるから、

美しくなろうと焦るより、本来の性に居れば、なにものも醜さに落ちはしないはずなのである。

 

 

 

醜さは貧しい自己に便るときに起こる。捨てよ、と仏者が教えるのはそれ故である。
信心深い時代には、人間はもっと素直であり、謙虚であった。容易に自己を忘れた。

これがどんなに彼らを幸せにしたかわからぬ。

今は疑り深い時代である。

それ故、才ある者もない者も、自らで判こうとする。

 

 

 

 

すべての人間は現世にいる限りは誤謬だらけなのである。

完全であることは出来ないし、また矛盾から逃れることも出来ない。元来は無謬なのである。

ここで無謬というのやは、完全であるという意味でなく、

不完全なままに謬りのない世界に受け取られるということを言う。だから、誤謬のままで無謬になる。

 

 

 

 

醜さとは、即ち本然の様から離れた姿を指すのである。

宗教ではこれを罪という。