国道42号線を名古屋方面へ向かう。
この辺りも無料の高速道路もあるが、街中を通る一般国道のほうがいろいろと景色などを楽しめるので、そのまま海岸に沿って行った。
この辺りは地層が古いせいか、近くの海には削られた岩の島が点在している。
那智の市街地を過ぎたところで急にスーパーであるコープ那智を見つけここに入った。
目的は郷土料理百選の中に入っているめはり寿司が置いてあるかどうか。
ちなみにもう一つは先ほど通り過ぎた太地町のクジラ料理竜田揚げ。
売り場の奥の方にある寿司の売り場に行ってみた。
あった。和歌山名物のめはり寿司。
それもこの南紀地方がその発祥の地。
この周りには握り寿司やきつね寿司が置いてあるからまぎれもなく寿司の一種という認識だろうが、中身の飯は酢飯ではない。
普通のおにぎりと同じ白米である。
寿司と名乗っているが実態はおにぎりである。
江戸時代などに山の中で働くきこりの弁当として始まったものらしいが、何故酢飯にしなかったかの理由は簡単である。
手間がかかるからだ。
おにぎりの周りには漬物にした高菜の葉をまくが、これも型崩れを防ぐという意味もあっただろう。
この業者は和歌山市内のようだが、今では県内全域で食べられている。
白浜などの観光土産店にも売っている。
ただし奈良県の柿の葉寿司ほど関西地方一円への波及はしていない。
柿の葉寿司は和歌山県にも郷土料理としてある。
紀ノ川に沿った地域は柿の産地である。
重厚そうな丸い球が作られている。
高菜はある程度硬く、中のおにぎりの部分をしっかりとつつんでいる。
最初に固く、噛み応えのある高菜の葉をかじりつぶした後、中身を食べるのだが、この高菜の包みは漬物の効果も果たしており、御飯とおかずが一緒にまとめられているといかんじだ。
これも昔の人の生活の知恵だろう。
熊野古道は世界遺産に認定されているが、何か特に目立った見学場所があるわけではなく、全体像がつかみにくい。
ただ名前は知れ渡るようになったので、めはり寿司もそれと結びつけて宣伝しているようだ。
めはり寿司はこの熊野地方の伝統領土料理なので、無理なこじつけではないだろう。
熊野詣に行く人々の昼の弁当にもなっていたのだろう。
熊野古道は調べてみると大体二つのルートからなっており、一つは紀州街道であるこの国道42号線。
それと熊野神社と高野山を結ぶ紀伊山中の険しい道。
その中に名所が存在する。
でも紀伊山地は険しく、現在で酷道425線という大変ひどい道があるようなので、ここから北山や十津川を通り高野山まで抜けるのは並大抵のことではない。
自分もここだけは車で行きたくなかった。その前に閉鎖されているかもしれない。





