子どもが生まれたばかりの頃、
なにがびっくりしたかというと、そう簡単に外出できないことでした。
まったくできない、というわけではないのですが、
なにしろちょっと買い物へ行こうにも、
アカンボを連れて行くとなると必然的に
オムツにタオルに着替えに哺乳瓶におもちゃに…
ママバッグだけでかなりの重量になってしまうのでした。
よいしょと持ち上げて、ベビーカーをがちゃがちゃと車に乗せて、
それから肝心要のアカンボを車に設置。
すでにうぇーんと泣き顔。
スーパーにたどり着くまで泣き通し…
これでご機嫌に牛乳買って、お米買って、ビール買って、紙おむつ買って
帰ってこられるわけありませんわね。
腕がもげちゃう。アカンボだけで5kgはあるのだもの。
「飛行機になくアカンボ」事件がありましたが、
一緒に搭乗した人が怒っちゃう人の気持ちも分からなくもない、というのが本音。
泣き続ける赤ちゃんと3時間も5時間も缶詰になるのは
自分も、体調と精神が万全なら何とか我慢できるかもしれないけれど…
自分の生んだ子さえ、車の中でギャーギャーと20分も泣くと
途方にくれちゃう。
あかんぼは泣くもの、と達観できるのは60歳過ぎたくらいからのようです。
孫になると泣いていてもかわいい、という神の心境にまでなるご様子。
それを一般人にまで求めるのは酷というもの。
でもねえ、ママも必死で何とかしようとは思っているのですよ。
なんともならない、と知っていても。
冷たい目で見られたり、舌打ちされたりしてるのも知ってるんです。
だって自分だってこの場から逃げ出したいくらいなんですものー!!
いろんな状況から考えて、
ママというものはだんだん外出しなくなるんですね。
これだけの大荷物を準備して、担いで外へ出る元気ない。
何かあったときの(たいてい何かあります。吐いちゃったり漏れちゃったり泣いちゃったり)対応がつらい。
それで、寝不足で疲れて顔もパンパンにむくんでるし、
もちろん独り身だったときみたいにヘアサロンにもいけてないから
髪もぼさぼさだし、メイクもしてないし…
もうね、スパイラルです。
だんだん自分にも自信をなくしていくしイライラしてきて、
だいじなわが子すらうっとおしくなっちゃう。
ここで大切なのは、家族でも外部でもいいからヘルプを頼むことです。
頼むという行為を面倒がらずに、人様に力を貸してもらうことです。
プライドもメンツもかなぐり捨てて、
「ひとりでできるもん!!」なんてがんばらないで、
もうだめだー、ストレスがたまったー、ひとりでショッピングにいかせてー!
と甘えましょう。
電話を使い、ネットを使い、経費も時間もかけて、
自分のための時間を何とか捻出しましょう。
そのままどうでもよくなってしまい、すべてが億劫になってくると、
あまりいい精神状態ではありません。気力は、まったくなくなってしまってから、立ち上がるには大変な努力が必要になります。
今は幸い、社会にもママヘルパーのシステムができつつあり、
声を上げさえすれば対応してくれる機関があるものです。
自分のために、そしてがんばって生んだわが子のためにも、
ちょっとした工夫で、自分をケアしてあげたいものですね。
長い冬休み、皆さんはいかがお過ごしでしたか?
例年通り、我が家はどこにも行く予定もなく、だらだらと
行き当たりばったりに過ごしました。
というのも、パパにお正月休みがないんですね。
朝4時から9時まではどうしてもしなくちゃいけない仕事があって、
まあその後の仕事はさすがにお休みなのですが。
子どもたちは夜中まで
バラエティーを見てげたげた笑って暮らしていましたから、
朝はパパがご帰還してから
「おはよ~」ってな調子です。
で、今年の特筆すべきことはただ一点。
ゲームをやめてみた!!のです。
中学生が受験ですしね、やはり(親が)最近ゲームに頼ってばかりいたので
ちょっと反省をこめて、冬休み期間はゲームはなし、ということにしてみたのです。
意外と子どもたちからも賛成を得られ、
(例外としてお友達が来たり遊びに行ったりした場合はOK)
なんだか面白い生活になりました。
というのも、中学生は勉強するくらいなら
弟と遊んだ方がましだと思っている節があり ←これもいかがなものか
まめに遊んでくれたのです。
中学生が遊んでくれるとなると、下の子供たちにも熱が入ります。
4歳児でも参加できる、大ベイブレード大会、
レゴブロック大フィーバー(何年もほったらかしだったのに…)、
昔のDVD観賞(なんとパイレーツオブカリビアン! 今見ても新鮮!!)
今のDVD観賞(あらしのよるに 10回以上繰り返し(^^;) みなでツッこむという遊びになっていましたが)
さらに、マージャン、将棋と次々発掘。
みんなで雪の中、歩いてお宮さんへ初詣にも行きました。
ちょっと最初はぐずっていた子もいたのですが、だんだんゲームのことは忘れ、
兄弟であれこれと遊んでいるのが普通の状態に。
昔ながらの兄弟って、こういうことだよなあー…と
しみじみ思いました。
ゲームを通じて分かり合える、というか育む友情?見たいなものも
確かにあるんですが、それは画面を通してのもの。
ちょっとリアリティにかけるといいますか、やはり生ではない気がするんですね。
ベイブレード(ベーゴマです)をぶん回して、勝ったの負けたのと
はしゃぐ声はやはり、なんというか、
感情がのっていて生き生きとしているような気がするのです。
なんだか、ゲームによってなくしていた時間を、たっぷりと取り戻した2週間でした。
私の父親というヒトも、ある種のフリーランスでありました。
時々、変な時間に自宅にいることがありまして、
いまでも鮮明に覚えているのが、
小学校から帰ると、父親と母親が昼間っから鍋をつついていたこと。
子ども心に「訳が分からん」
と思ったことを覚えています。
花屋や車屋、家具屋など様々な職を転々として、
結局起業して今は小さいながらも経営者っぽく
たくましく生きております。
「お宅の息子さんが心配だ」と、何度も何度も言う
先生の顔を見ながらそんなことを考えていました。
小学校にも二者面談というものがありまして、
そこでは親と先生が一対一で、
子供についてアレコレと悪だくみをするんですね。
どうだまくらかして学校に興味を持たせるか。
そういってしまうと実もふたもないのですが、
まあわが子に関してはそういうことです。
あきらかに、学校とか勉強とかテストとかに興味がない。
といいますか、眼中にない。
それはいかんだろう、と先生はおっしゃる。ごもっともです。
提出物がまったく出ていない、テストにもやる気がない、
知能が低いとも思えないが、このままでは成績は悪い、
それではもったいないので、
親御さんも協力してくださいよ、と。
はい、申し訳ございませんと
いいながら、冒頭のようなことを考えていたわけです。
心配だ心配だ、と繰り返す先生。
「いや心配することないですよ、子どもの人生はあなたのせいではありませんから」
とは言えない。
わが子は明らかに勉学に向いていなくて、
座って授業を受けるのを喜ぶタイプではないですが、
先生という職業は、そういう子どもたちも
残さず余さずある一定の水準にしつけなければならない訳です。
ご迷惑をおかけしております。
仕事に差支えがあろうことは重々承知でございます。
ですがねえ。
心配するこたないんですよ。
毎日、ハツラツと楽しく暮らしているのが良く分かるから。
忙しくて、勉強してる暇がないだけです。
たまたま、学校教育制度に、
イマイチ向いていないだけです。
たぶん、先生って、先生にしかなったことがないんだろうなあ。
意外と、みんな図太く生きてるんですよ。
毎日、友だちと小競り合いしたり仲直りしたり、
兄弟をおちょくったり泣かしたり、泣かされたり、
ばあちゃんとふたりだけで映画に行ったり、
親戚んちの赤ちゃんをかまいに行ったり、
自転車で冒険したり、犬を川原へ放しに行ったり、
近所で「ひよこ」をご馳走になったりしてるのが忙しいんです。
テレビで「黄金伝説」やってれば見なくちゃいけないし、
「ホームアローン2」をわざわざ録画して待っててくれた、
友だちの家にも行かなくちゃいけないんです。
とは言えないよなあ。
学校以外にも、人生があるんだよ。
でもね、学校で教えるのが先生だから。
申し訳ございません、と頭を下げる母でした。
朝、中学生、小学生、保育園児と次々と登校、登園。
もちろんほったらかしておいて、自動的に行く訳ではないので、
起こして、朝ごはんを用意してやって、着替えを促して、
場合によっては、宿題をやったりマスクを用意したり体操着を乾燥機へ
投げ込んだり、あちこちの紙切れにサインや判子をついて、
集金袋にお金を入れて…
と、あわただしい朝を過ごしています。
それでもひとり、またひとりと
「いってきまーす!」と飛び出していきます。
最後に残った小さい子を、ひとしきり可愛がってから
連れ立って表へ出ると、車が凍っていました。
道路もつるつるです。
こんな中、子どもたちはでかけて行ったんだなあ。
足元、ぬれない靴で行っただろうか。
ひとりコートを着ていかない子がいたけど、
寒くないかしら。
転ばないで気をつけていったかしら。
幼い子はきゃっきゃと薄氷を割って、
庭中うろうろしています。
生きているのが楽しくて仕方ない、と
全身で表しているよう。
家の中は暖かくて、
朝ごはんもちゃんと食べられて、
学校も行けて。
これ以上、何にも望むものがないのに、
漠然とした不安を抱える、選挙の次の日でした。
我慢しろ、といわれれば
いくらでも我慢します。
私は子どもたちの露払いになりたい。
後から来た者たちに、掃除を押し付けるようなことはしたくない。
新しく生まれてきた者たちに、清潔な部屋を用意してやりたい。
そうしてもらった子どもたちは、
きっと自分の子どもたちにまた、きれいな部屋を用意してやれる。
さあお前たち、大人になったのだから
責任もって、この世界のつじつまをあわせなさいよ、
なんて横柄なことを言いたくない。
誰が人の汚したものの後始末なんかできますか。
手に負えないごみを山積みにして、
この世から去ろうとする卑怯者は私たちだ。
大人は、みんな次の世代の露払いに徹底できればいいのに。
あと50年もしたらいなくなってしまう自分たちが、
この世界を好きなように改造して良いわけがない、
と心から思うのです。
保育園時代はあまりなかったけど、
小学生になってくると増えてくる、お友だち付き合い。
「○○ちゃんちへいってきまーす!」
ってやつですね。
保育園時代は、我が家の環境もあって、
ほとんどお友だちのおうちへの行き来はありませんでした。
田舎なので、車で行かなくちゃ行かんのですよ。
しかも、小さい子ども同士にして置いて来てしまう訳にもいかず、
すると、相手のおうちに上がる、または自宅にお招きするという形に
なってしまうのですね。
主婦にしてはけっこうなハードル。
保育園の親御さんというのは、平日昼間は基本働いているお母様方ですし。
家族がやっとそろう土日に、のこのことお邪魔もできません。
と言う訳で、意外と顔を合わすことがないんです。
ところが、小学生になるととたんに子どもたちもわらわらわらわらわら、
動き出します。自転車などという夢のつばさを手に入れてしまったら、
そりゃもうマッハでゴーッってなもんです。
現代の子どもたちは平日はけっこう忙しい。
塾やプールやテニスや柔道や太鼓やよさこいやそろばんや空手や書道や。
この過疎化している地域ですら、これだけの習い事の種類があります。
となると、必然的に土日。
勝手に約束してきて、
「土曜日、10時から○○ちゃんと○○ちゃん来るから」
ええーっ。まあいいわ。じゃお昼食べさせてあげるから、
1時まで遊ぼうか。2時からは、きみたちスイミングだからね。
そしたらついでに○○ちゃんも来た。
いーよいーよ、もともと4人いるところが5人になっても6人になっても
あまり変わらないから ← 本 当 で す。
なんだかどれがわが子かわからない状態で4時間ほど、
ほったらかしにしておきました。
途中、中カラのカレーライスをはさんで。
小さいベビーなジャガイモがたくさんあったので、丸湯でして、
皮を向いたつるりとしたのを、ごろごろほおりこんでおいたら、
「このジャガイモきってねえーっ!嘘ーっ!」って騒いでいた。
かわいいなあ。
そして午後、それぞれのママが三々五々、回収に来ました。
そのとき、赤ちゃんのいるママにえらく感謝されました。
「ふたりの子どもが、ひとりになると、本当に助かるの」
わかります、その気持ち!!!
そうなんですよね、兄弟ふたり、そのうちひとりが小さい子だと、
本当にママ一人では手に余るんです。
あっちもこっちも何とかしようとして、片手片足でがんばっているんです。
オムツを代えてる横で牛乳をひっくり返され、
電話がかかってきてるところへ兄弟げんかで小さい方が大泣きで、
買い物に行けば、アカンボをベビーカーに入れてる間に上の子がちょろちょろと飛び出して…
手が4本欲しい!
と思うところなんですよね。
ところが不思議、三人四人になってくると、意外とまとまるんです。
小さい子の面倒も、見てくれる気の利いた子が出てきたり。
お互いにプライドを持っているから、
「ママーッ!!」って叫ばなくなります。(多少は、ってレベルですけど。)
子育て中はお互い様だから。
助けられるものなら助けてあげたい。
助けてもらってきたから。
こっちも半分おぼれているので、
できることしかできないけど。
世の中のママ、一人じゃないですからね。
お互いに、お互い様だからね、がんばっていきましょう。






