「こっち側」と「あっち側」 |  もともと偏屈男の世迷い言

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【2012-01-17(火)】

 

 阪神淡路で被災された方達と東北で被災された方達が、結がって下さってるのって本当に有り難いことなんですよねえ。

 

 お上はいつでも何でも「後出し」で「後追い」で「後の祭り」をするとこなんでしょうから、常にああいった民間の貴重な力が世の中支えて下さってるんでしょうねえ。

 

 そう考えると、お人好しも度を過ごして唯の馬鹿になっちゃいはしまいかと、反省せざるを得ないんですよねえ。

 

 もっぺん自分の立ち位置確認しとかないと、ズルズルベッターになっちゃうかも知んないですかねえ。


 

 自分の今いるところは「こっち側」なんでしょうよねえ。

 

 じゃあ「あっち側」にはどんな人がいるのかと言えば、大概はテレビに映ってる人達と思えばいいですかねえ。

 

 政治家・官僚・財界人・労組関係者・学者・評論家・ジャーナリスト・キャスター・コメンテーター・芸能人・野次馬等々、要するに「あっち側」にいるってことで飯にありつこうってえ人種ですかねえ。


 

 仮に「こっち側」を直径1mの円とすれば、「あっち側」は精々直径10㎝くらいの円ですかねえ。

 

 言ってみれば、その1mの円の中に10㎝の円が内接してるようなもんでしょうかねえ、世間って。

 

 ところが、10㎝の円め1mの円の中にいさせて貰ってる癖して、あろうことかさも自分が1mの円を凝縮したものだとか、更に頭に乗って1mの円そのものだとかみたいな妙な勘違いしてるんでしょうかねえ。

 

 おまけに10㎝の円の中にいない「こっち側」の人の中にも、「あっち側」の論理に付き合っちゃって、同んなし土俵の上に立ってる気分味わいたいって人もいるんでしょうかねえ。

 

 本来「こっち側」の考えと「あっち側」のそれとは全く違っているってのが当たり前なんでしょうけどが、「こっち側」にもどうしても受け入れて上げようってえ心優しい方ってのも多々いらっしゃるんでしょうねえ。

 

 広さや中にいる人間の数は「こっち側」の方が圧倒してるんですけどが、勢力と言ったら「あっち側」の方が断然大きいってこともあるんでしょうかねえ。

 

 「あっち側」でああだこうだってやってることは、所詮「あっち側」だけの人間の論理の上でのことなんでしょうねえ。

 

 何をやっていようが、結局は「あっち側」だけでいいの悪いの賛成だの反対だのってやってるだけに過ぎないんでしょうねえ。

 

 「こっち側」から言わせりゃあ、「そんなの何がどうあろうとも、全て『こっち側』を反映してるものでは失いぞ」ってことになっちゃうんでしょうねえ。

 

 「こっち側」にいる人間、勢力は大したこと失いですけどが、「あっち側」でやってることの中からどれかを選ぶなんて筋合いは失いんでしょうねえ。

 

 「こっち側」からしたら、「あっち側」はどんな立場であっても常に見当外れで了見違いなんでしょうかねえ。

 

 仮にどんな答えを出したとしても、「こっち側」にとっての正解なんぞ見付けることもできないでしょうかねえ。

 

 それより何よりも、「あっち側」のこと考えるだけでも手一杯で、「こっち側」のこと考える力なんかこれっぽっちも持ち合わせちゃいないんでしょうかねえ。

 

 「こっち側」は「こっち側」で、「あっち側」とは相容れない独自のものの見方考え方をしなくちゃいけないんでしょうかねえ。

 

 「あっち側」が考えも付かず、想像すらもできず、思いにも至らないものを発想しなくっちゃ、「あっち側」の目え覚めないでしょうかねえ。

 

 そのくらいの気でいないと、「こっち側」のこと考える人誰もいなくなっちゃいますかねえ。