取敢えず線に見えれば、それはそれで。 |  もともと偏屈男の世迷い言

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【2011-11-22(火)】

 

 「いい夫婦の日」だそうで、お祝いのできるお二人も、又そうでないお二人も、何とも羨ましい限りですねえ。

 

 親のいない母の日や父の日、子供のいない七五三やこどもの日、その何倍も詰まんないんでしょうかねえ、ツレのいないこの日は。

 


 人の一生を一本の線で表わしてみて、端から端まで太さが変わらず而も切れることの失い一本の人っていいですよねえ。

 

 生まれた時に引き始めて亡くなったその時点で止めて、その間切れ目も失く唯一筋の綺麗な線が続いてきているんですよねえ。

 

 実際にはそんな人は稀れなんでしょうけどが、人の一生は斯くありたいという見本のようですかねえ。


 

 この偏屈男、ここまでの一本の線のうちのところどころが細くなって切れそうだったり、点線で辛うじて繋がっていたり、実際に切れたところを結んで繋げてコブになっていたり、場所に依っては枝分かれの痕跡を少々残していたりし乍ら、何とか一本の線に見せ掛けてこれたかなあっていうのが正直なところなんですよねえ。

 

 所謂「要リセット」部分が、凝りもせずに何回も何回もあったってことなんでしょうかねえ。

 

 けどが、人間に備わった力って大したもんだなあって思うのは、「要リセット」に対してはその必要な分だけの「リセット回数券」をいつの間にか気付かないうちに獲得してるようになってるんですよねえ。


 

 長い人生だから、何回だろうがリセットできないなんてことは失いようにと上手くできてるんですよねえ。

 

 そりゃあ「細くなってるところ」や「結びっコブ」や「点線」や「枝分かれの痕跡」が失いに越したことは失いんでしょうけどが、いいじゃん取敢えず切れっ放しになんなかっただけでもと思っていればいいんでしょうかねえ。

 

 けどが、確かに線の太さは引き始めの頃と比べると見事に細くなってはいますかねえ。