刑事裁判で不思議に思うこと |  もともと偏屈男の世迷い言

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【2011-09-18(日)①】

 

 TVドラマや読み物からだけの知識しか失いので、噴飯ものと取られたとしても仕方ないんですけどが。

 

 刑事事件の裁判とは、法律を守らずに社会を不安にしたり公序良俗を乱したりして何かをした人を国が裁く場だという理解でいいんでしょうかねえ。

 

 日本は法治国家だから、法律違反をしたら国が裁いて罪や量刑を決めますよってことでいいんでしょうかねえ。

 

 それに関係するのは、当事者としての「検察」と「被告及び弁護人」、そして「裁判官及び裁判員」の三者だけでいいんですかねえ。

 

 国が法律を守らなかった人を裁くっていうのは分かるんですよねえ。

 

 個人が個人を裁くなんてことになっちゃったら、収拾付かなくなっちゃいますもんねえ。

 

 なんですけどが、裁判っていつも嚙み合わないなあって思えちゃうんですよねえ。


 

 検察官席と裁判官席に座っているのは両方とも社会秩序を維持する為にいる人達で、被告人席と弁護人席に座っているのは被告個人の利益を追求する立場の人ですかねえ。

 

 片や社会の秩序を維持して行こうと考えてる人、片や社会の秩序なんてものには関心なく罪を犯したとされる個人の利益だけを追求する立場の人と考えていいんでしょうかねえ。

 

 お互いが求めているものが違って、それぞれがそれに対する自分の言い分だけしか言わないのに、それ等を基にして裁きを附ける仕組みって何か変じゃ失いですかねえ。


 

 物は試しに、「被告及びその弁護人」の席に、代わりに「被害者及びその弁護人」に座って貰ったらどうなりますかねえ。

 

 国が、法を破って罪を犯した者じゃ失くて、犯された方つまりは被害者を裁く仕組みにしたらどうなりますかねえ。


 

 検察は被害者の受けた罪名と量刑を被告に科すように請求し、被害者及びその弁護人は被告に科せられる可き罪名と量刑を主張するんですよねえ。

 

 例えば、検察は被害者に相当する刑罰は被告に対して「傷害で懲役3年」を請求するが、被害者及びその弁護人は「傷害及び殺人未遂で一生刑務所から出さないで欲しい」と主張したらどうなりますかねえ。

 

 互いがそれぞれの論拠で以て被告の刑罰を争そうようにしたらどうなるんでしょうかねえ。

 

 そして、裁判官及び裁判員はそれを基に刑罰を決定したらどうなんでしょうかねえ。

 

 勿論結審前には「被告」の弁明を述べる機会を与えて、極力「被告感情」に配慮して上げてもいいんですよねえ。

 

 何かこの方のが嚙み合って、皆んなで社会秩序を維持してこうって感じに近いんじゃ失いですかねえ。

 

 それにその場その場の感覚重視で過去の一律判例主義からも脱却できて、不備だと感じられる法も改正し易くなるんじゃ失いですかねえ。


 

 検察や裁判官の役目は表向きだろうが何だろうが飽くまでも社会秩序を守り正義を行うことで、被害者の代わりを務めることでは失いんでしょうねえ。

 

 被告の方はと言えば、社会秩序や正義を考えるより先に自分の利益の為の主張をし、おまけに弁護もして貰えるんですよねえ。

 

 被害者だけは主張もできずに弁護もして貰えないって感じがするのは何故なんでしょうかねえ。

 

 一番の当事者の席が失いっていうのが不思議なんですよねえ。



 やっぱ無理な話ですかねえ、けどが法廷に「被害者及びその弁護人」の席くらいは設けてもいいんじゃ失いですかねえ。