「ゼロの笑点」 |  もともと偏屈男の世迷い言

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【2011-08-19(金)①】

 

 45年の歴史を誇る「笑点」、そしてその看板となっている「大喜利」、初代メンバーで残っているのは「桂歌丸」だけになってしまいましたねえ。

 

 立川談志創設と言われる番組であるだけに、初代司会者は当然立川談志なんですけどが、お浚いをしてみたら面白いことを発見したんですよねえ。

 

 司会者   立川談志

 

 メンバー   三遊亭小円遊(金遊改め)

 

         柳亭小痴楽

 

         三遊亭圓楽

 

         桂歌丸

 

         林家こん平

 

 座布団運び 石井伊吉(後に毒蝮三太夫)

 

 以上が初代メンバー(座布団運びは最初は「三升家勝松」)と言われている人達なんですが、3年程してから或る時にメンバー全員が脱退してしまったんですよねえ。

 

 残ったのは談志と毒蝮だけで、新しいメンバーに総入れ替えせざるを得なくなってしまったんですよねえ。

 

 その頃の「笑点」が余り記憶に失いのは、その所為でもあるんでしょうかねえ。

 

 所謂、創立当初のメンバーが「ゼロに近い笑点」の時代なんですよねえ。


 

 それでも暫くは談志が司会を務めて毒蝮が座布団運んでましたけどが、矢っ張り低迷期になってしまって、司会者が前武に代わるんですよねえ、座布団運びも当然変わってしまうんですよねえ。

 

 脱退したメンバーも戻って来たりはするけどが、その後創立当初のメンバーが全員揃うことはなかったんですよねえ、大体談志がもう完全に戻らないんですからねえ。

 

 小痴楽・小円遊は早くに、圓楽は先頃亡くなって、こん平は病の身、談志と毒蝮は関わらず、「笑点」に出続けているのは今や歌丸のみとなってしまいましたねえ。

 

 歌丸が卒業してしまったら、これがほんとの「ゼロの笑点」になっちゃうんですかねえ。