【2011-07-13(水)②】
この偏屈男、取り柄と言われて思い付くものは一つしかないんですよねえ、そしてそれは憎む可き最大のものと関連してるんですよねえ。
長ずるに及んで、子供の頃訳が分らなくて何故あんなことをしてたんだろうって思ったことがあるんですよねえ。
学校の休み時間に校庭で「押し競ら饅頭」をよくやったんですよねえ、「押しっ競ら」は幼馴染の女の子と体が触れ合う唯一の機会だったんですよねえ、男の子は皆んな大好きな遊びだったんですよねえ、思春期を迎えるまでは。
その時の掛け声僕達は「おっしくらまんじゅっおっされてなっくなっ」でなくって「あんぽぉっはんたいっあんぽぉっはんたいっ」だったんですよねえ、新聞やテレビやラジオでの情報がインプットされてたんでしょうかねえ。
インプットされてた情報のベスト3があるんですよねえ、一つはその「安保反対」なんですけどが後の二つは「伊勢湾台風」と「チリ津波」なんですよねえ。
憎みましたよねえ自然を、ですけどがそれは受け入れるしかないものなんだろうって思わされてたんですよねえ、子供の頃は。
色んなことを勉強して色んなことを考えられるようになって、この偏屈男それは間違いなんじゃないのかなあって思うようになって来たんですよねえ。
基本的には「たかが自然の癖に人間を余んまり舐めんじゃねえぞ」って考えなんですよねえ、勿論この世は人間と自然との戦いなんでしょうから勝ったり負けたりは常なんでしょうよねえ。
だけどが「こっちがそんな非道いことしたかよ、お前そりゃやり過ぎなんじゃねえのか、そんなことも分らねえのかよ」って思って、そんな阿呆な奴にだけには絶対に負ける訳にはいかんという怒りが芽生えて正義感が燃え立って来ちゃったんですかねえ。
「たかが自然の癖して粋なことして呉れたじゃねえか、いいか金輪際人間に手ぇ出すんじゃねえぞ、今度やったらこの偏屈男が許さねえからな」っていう気持ちが若い時から形成されちゃってたんでしょうかねえ。
だって小さい頃にあんな出来事を、然も自然が人間を犠牲にしちゃったっていうニュースを知らされるんですよ、子供が思うんだったら誰が悪いかはっきりしてるじゃありませんか。
子供達ねえぇ、人間は誰ーれも悪くないんですよ悪いのはたかが自然なんですよ、けどが人間もちょっぴりとは悪いとこあるかも知んないかなあ自然我慢できなくなっちゃったのかなあ、とそこ迄は考えても良しとしましょうか。
だからってこれはルール違反なんですよねえ。、悪手は咎める、咎め立てしないと益々頭に乗ってきちゃうんですよねえ、自然に畏れひれ伏してる時代なんて疾うの昔なんですよねえ。
1960年にそんなこと思った子もいるんですよねえ、2011年の子供達の中にも何人かはいらっしゃるんでしょうかねえ、大人の方はどんな思いをしてらっしゃるんでしょうかねえ。
三つ子の魂百迄もで、この偏屈男たかが自然の癖しやがって人様の生命奪ってる限りは自然を憎んで憎み切ることにしてるんですよねえ。
ってことでこの偏屈男は人の生命奪うような自然は受け付けないことにしてるんですよねえ、ですからこの偏屈男の身の廻りには人の生命奪うような馬鹿な自然は近寄らせないようにしてるんですよねえ。
お近くにお住いの皆さん大丈夫ですよ、この偏屈男終いの棲み家はここなんだろうなって思ってます、死ぬまではたかが自然になんぞにやられて堪まるかって思ってますからお近くにいれば安心ですからね。
そう思うに付けつくづく東北の皆さんに申し訳け失かったなあって毎日思ってるんですよねえ、この偏屈男そっちに住んでたならなあって、男が責任を感ずるってのはそういうことなんでしょうよねえ。
この偏屈男、唯一の取り柄は「たかが自然の癖して人間を舐めるでないぞ」っていう馬鹿さなんですよねえ、もう余んまり若さに期待できないんで。
合掌。