豊かさ  プロローグ |  もともと偏屈男の世迷い言

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【2011-08-01(月)①】

 

 毎日とても夏ですねえ、ですけどが今日は昨日と比べると随分と凌ぎ易かったんですよねえ。

 

 昨日ほど気温が上がらなかったのと風があったことで大分涼しく感じられましたよねえ。

 

 この偏屈男の住んでいる部屋の窓の外は直ぐに隣のビルなんですよねえ。

 

 そしてそのビルの壁にはビッシリと蔦が這ってるんですよねえ。

 

 ベランダには緑のカーテンは失いんですけどが目の前は一面緑のカーテンなんですよねえ。

 

 そのお蔭で少しく涼しげな気がするんですかねえ。

 

 こういうのを「人のおフンで相撲取る」って言うんでしょうかねえ。


 

 戦後、混乱期があって復興期になって、30年代に入ると「最早や戦後ではない」って感じて。

 

 その頃から高度成長の時代に向かって行って、発展して豊かになる為だったら何でもありの時代が続いて。

 

 色んな危機はその都度乗り越えて。

 

 皆んなが何かおかしいかなって思う時になっていって。

 

 それでもいいからさあこれからも頑張って何とか続けていこうよって時代が随分と長く続いて。


 

 今なんですかねえ。


 

 混乱期と復興期前半は知らないんですよねえ。

 

 それでも復興期後半と戦後ではないって言われた時は覚えてるんですよねえ。

 

 ララ物資の脱脂粉乳まだまだ残ってたんですよねえ。

 

 給食で続きましたねえあのミルク。

 

 その頃でもまだ駅には白い傷病服着た人がアコーデオン弾きながら哀しい軍歌を歌ってたんですよねえ。

 

 「最近野良○ヌや野良○コが増えて来たなあ」って言ってたんですよねえ。

 

 「喰いもん失かった頃はこの町内にゃ1匹もいなかったのになあ」って言ってたんですよねえ

 

 ほんとに皆んな貧乏だったんですよねえ。

 

 だからなんでしょうかねえ、廻りが皆んな貧乏だったからなんでしょうかねえ。

 

 豊かになるんなら皆んなで一緒になろうよっていうような連帯感があったのかなあって思うのは。


 

 そうして何とか皆んな豊かになっていって、けどがその豊かさも人それぞれで。

 

 一緒にって思ってやって来たんだけどが、矢っ張り差っていうのは付いちゃって。

 

 差が付くくらいならいっそ自分が上になった方がいいやってなってきたのが40年代だったんでしょうかねえ。


 

 今幼児の方は、いや20歳の方はいやあ40代前半の方くらいからかなあ。

 

 多分この偏屈男が豊かになったなあって思う時代から人生が始まってるんでしょうかねえ。

 


 「豊かでなかった時代」と「どんどん豊かになっていく時代」と。

 

 「豊かな時代」と「豊かを通り越しちゃったんじゃないのかなあって感じる時代」と。

 

 それを続けて全部見て来られたのは有り難いことなんでしょうかねえ。


 

 昭和31年に戦前の国民所得のピーク時を数字的に越したんでしたっけねえ。

 

 「最早や戦後ではない」って言いたかったのは分るんですよねえ。

 

 けどが戦争が起こらずに昭和16年からそのまますくすくと豊かになってたらどうなっていたんでしょうかねえ。

 

 今どんな世の中になっていたんでしょうかねえ。

 

 ひょっとかしたら精神が追い付いて行けるくらいの緩やかな豊かさで来てたのかも知んないかなあ。

 

 豊かさに見合った精神が育まれて来たのかなあって思えちゃうんですよねえ。

 

 けどがそれだと世界からは取り残されちゃってたんでしょうかねえ。

 

 ってかそんなこと考えてるから世間からも取り残されてるんでしょうよねえ。


 

 この時期は、合掌するしかないんですよねえ。