上のような髪止めを思い出しました。
白蝶貝とペンシェルの貼合せです。
バー(棒)は水牛です。
古い商品ですがいい仕事をしていると思います。
シェルワールドに出して見ます。
バレッタもずいぶんの種類を作りました。
上から2つはフィリピンアワビのクラッキングで廻りはステンレスです。
その下はオウム貝、ペンシェル、赤サンゴの貼合せです。
下はタカセの帽子型のパーツを重ねたものです。
いずれもやはり良い出来栄えと感心しています。
やはり貝を使ったものが多いですが、ウッド、海ヘビ、水牛など
多岐に渡っています。
このようにブログに書かせてもらうことによってまだまだ品物が
残っていることが思い出されます。
整理が急がされます。
フィリピン行きの日が来ました。
1972年、46年前から数年は単独でフィリピン行きでしたが、
その後は台湾とフィリピンを同時に2国で仕事を済ませたものです。
とりわけフィリピンで仕事を済ませ台湾での紹興酒に台湾料理を
肴に呑む酒の味は格別でした。
台湾料理の店で頼むものはいつも同じもので,しらすとシジミの
味噌煮、干し大根と卵のお好み焼き風、空心菜、太刀魚の塩焼き
でした。これを肴に720mlの紹興酒を2本です。
紹興酒も銘柄にこだわりがありました。
ウエイトレスはいつも苦笑いしていたものです。
1人では食べきれない量でした。
ある時は結婚式で貸し切りの時もありましたがマネジャーが
カーテンで仕切ってくれてここで呑めと奨めてくれたり、
ある時は喫煙席は満席でしたが、ウエイトレスが禁煙席の
禁煙札倒して、これでOKでした。
当時はヘビースモーカーでした。
当時、台湾料理は梅子、欣葉、四川料理は栄星川菜、
海鮮料理は海覇王をよく利用しました。
ただし、いつも1人ですので隅の方の2人掛けの席でした。
欣葉では上記ように特別の扱いを受けました。
最初の頃は梅子をよく利用しました。
大体、大勢の席で良い席はウエイトレスの古株が担当と
決まっています。当然、ウエイトレスが得るチップが多いからです。
私のように1人で行きますと隅の方の2人掛けのテーブルですから
新人のウエイトレス担当です。
いつも梅子に行きますと同じ娘が担当でした。少し不良少女Aの
感じでしたが50元チップをやると多いと云って10元しか
受け取らないのです。
このような態度にどこか惹かれるところがあった小姐でした。
その後は中安氏とフィリピン、台湾と同行する機会ができましたので
台湾での酒の肴も増えました。
当時、ビジネスは台北でなく南の高雄でしたので、取引先にゴルフ
バッグを預けて暇を見つけては1人でキャディの小姐を伴に
早朝ゴルフを楽しんだものです。
今回はその思い出深い台湾とも別れを告げて直接羽田から香港経由で
フィリピン往復です。
ここ2年あまりエバー航空を利用しました。
この2年間でキャセイ航空のマルコポーロメンバーズカードは
ゴールド、シルバーカードから2階級降格のグリーンカードになりました。
マルコポーログラブのメンバーになったのが1994年、24年前ですから
キャセイを利用し始めたのはそれより1,2年前のはずです。
当時の香港は啓徳空港で、着陸は近くのビルをかすめて下りました。
事故の多い空港でした。
ホテルー空港間はホテルのベンツが送り迎えしてくれ、ホテル代から
夕食、朝食は全てキャセイさんが負担で、香港での仕事も中国へ足も
伸ばせました。
当時は当日セブへの接続便がなかったからです。
今では香港、セブ間は大盛況ですが当時は開設間もないころで
至れり尽くせりの大サービスでした。
今回のフィリピン旅行はキャセイのマイルが残っておりそれを
利用したので費用はフリーです。
香港でセブ行きに乗り換える際、エコノミー席からプレミアムエコノミー
席に変更してくれました。
通常9人掛けでプレミアムは7人掛けです。
キャセイさんは私の事を忘れてはいなかったようです。多謝!多謝!
グリーンカードでは荷物の優先受け取り、各空港でのラウンジの
利用も受けれません。チェツクイン、搭乗は優先順位あり。
羽田のキャセイラウンジのバーテンダーさんが濃いめで
ダブルの水割りを作ってくれたのが懐かしいです。
はたして何年後にラウンジに酔っ払いは帰れるのか。
今更ながらこの2年間で失ったものの大きさをひしひしと感じて
います。
ホテルのマンゴーフルーツです。美味です。
いつもの朝食です。
ガーリックライスの米がいつもより粘り気があります。
もち米のようです。
外米のライスに馴染んでいますので違和感があります。
今朝はハムに変えてもらいました。
ガーリックライスも3日から馴染みのフィリピン米です。
思えば、当時のセブの日本食堂ではカルフォニア米使用でした。
ある時、JAICAの駐留の方から日本米の種籾を依頼され
持参しましたが、気候風土が合わなかったのか失敗だったようです。
次に台湾米を要望され台湾から持参したところ見事に成功したと
喜んでもらいました。
これが現在のセブ日本レストランで提供されている米だと聞いて
います。
今回持参したタカセ貝です。
パウアシェルです。
18~20cmの大きさです。
ジュエリーグレイドのものです。
前回、持参したヤコウ貝、パウアもまだ磨かれていません。
オスメニアパールの貼り合わせのパーツですが半分に
カットしてもらいイヤリングなどのパーツにしてもらいます。
バレッタ用に作らしたものですがカットしてブローチのパーツに
変更してもらいます。これもSCRAP & BILUDです。
早速、業者がホテルへの売り込みです。
ギングチサザエのパーツですが20本です。
これは40~50本欲しいのですが20本のみでした。
オウム貝のハートです。在庫がありますが仕入れです。
ヤシ貝ヒーシー4~5mmです。20本持参なので仕入れ。
マガキヒーシー4~5mmは30本なので仕入れ。
カマゴン(黒檀)8mmは社の在庫が不明なので30本仕入れ。
売り込みの連中も貴重な情報源ですので出来るだけ買って
やります。
しかし、連中への情けは往々にして為にならずが多いです。
ホテルでは持参した貝のパーツを酒を呑みながら思案を
巡らせます。
白蝶貝、黒蝶貝の蒲鉾型のパーツです。
金具の枠に嵌めてペンダント、イヤリングで一世を風靡したもの
です。たぶん2,000個以上あります。
日本製です。生かしたく思います。
メキシコ貝、白蝶貝のタンザクです。
枠に嵌めるために作られたものでメキシコはクジャク模様、
白蝶は純白で一級品の貝です。
これは以前、メキシコ貝タンザクを持参して作らしたものです。
サンプルとしてホテルに置いてあり、時々眺めながら水割りです。
材料は持っていますので作らしたいのですが、出来上がりの品の
渡した材料と完成品との数が合わなく二の足を踏んでいる所です。
昔の台湾でも現在のフィリピンでも先ず発注主は材料を渡す時に
職人に仮に材料を買わして、出来上がった品を買い上げ、
材料代を差し引いて金を払うのが通常です。
こうすることに寄って職人の誤魔化しを防いでいるのです。
近くで子犬を見つけました。
生まれて3週間だそうです。私の足元にまとわりついて来ます。
かわいくて日本に連れて帰りたいくらいです。
いわゆる雑種です。なんでも赤ん坊の時はかわいいです。
母親の姿を見ますとチョットうんざりです。
検疫などは受けていないでしょうからむやみに触るのは注意です。
黒蝶貝の貝型ですが、注文したものとデザインが違います。
白蝶貝のシズク型で300個注文していましたがべらぼうな値段で
金を受け取っています。
これも金を預けてあったところから倍の価格の金を受け取っています。
その上、島に私の注文の品を取りに行くが旅費がないのでと
2,000ペソ貸すが約束の日にも来ず音信不通です。
そろそろ35年付き合った職人とも別れる日が来たようです。
結局、10万円余りの金も帰って来ないです。
もとよりこの金は還らずとも真面目にするならと思っていましたが
やはり“情けは人の為ならず。否、情けは自分の為ならず”です。
暇を見つけてミセスポンセの墓参りです。
慈悲深い人でした。
TM氏と8日、カジノエスパーニオで和食、11日、セブカンで
念願のシュリンプガンバスのご馳走をいただきました。
本当に美味です。この味は観光客では味わえないでしょう。
TM氏のメンバー特権です。
ジャクダニエルの水割りで至福の夜でした。
ホテルに帰ると至福の時もつかの間、大きな袋がフロントに
預けられいます。
上のようなパーツです。各500個です。
本人たちはフロントに預けたまま帰っています。
翌日、500個は多いですが押し付けられました。
水牛の職人も帰国前日の夜に持参です。
いい仕事をする職人ですがやはり時間を守りません。
全ての品は航空便送りを昼間に依頼したところです。
TM氏から11日(日)に在留の日本人の方々が任務を終えて
帰国されるコンペがあるので参加するかと誘われるが断る。
中には馴染みの人もいました。
懐かしくてゴルフバッグの中には上のティがあります。
ゴルフ場で拾った折れたティを持ち帰り、先を削り再生したもの
です。これもホテルの部屋で夜な夜なの作業が楽しみでした。
マンゴーです。
この種はこのままグリーンで成熟して表面が黄色にならないようです。
しかし味は美味だそうです。
むかし台湾でこの種のマンゴーを食したことがあります。
少し繊維質が多かったですが濃厚な甘さでした。
上はハマーシェルのハイビスカス11mmです。
これの17mmが欲しいですのでホテルに売り込みに来る連中に
頼むのですが既に1年手に入りません。
ホテルに来ない男とやっと連絡がつき、この11mmサイズを
2、827個持参です。既に11mmはありますので17mmが
欲しいと伝えますと次回までに作らすとの事です。
結局、この2、800個余りを買って2、000個の注文をしましたが
果たして次回に手に入るかはなはだ疑問です。
とにかく連中は日銭稼ぎで約束は守った試しなしです。
それでも一縷の望みを託す私の浅はかさです。
昔ならミセスポンセかロックェカントスに頼んでおけば
済むことでした。
当時、彼らの声は下請けにとって神の声でした。
ムラサキガレイシスライスです。
昨年の11月に訪ねて、昔、お母さんからこの貝を買ったが、
出来ないかと聞きますとキイロガレイシを800個買ってくれです。
1月にムラサキガレイシのスライスは作って置くとの返事です。
800個は買いましたが、1月に電話するとムラサキは材料がないとの
つれない返事です。
またもや“情けは自分の為ならず”です。
しかし、3月に上のムラサキガレイシを持参しました。
嬉しくて金を払いましたが、あとでよく見ると艶がありません。
艶出しの工程が抜けています。
すぐ当人に電話し更に500個作り艶出しを依頼しました。
むろん、この500個も5月に艶出しをしてもらいます。
結局、1,000個買うことになります。
もっとも手に入りづらい品ですので2,000個でも買いますが。
5月には新しい貝の職人を探して見ます。
今まで1人の職人に限定していたのは腕がいいのとセンスが良い
からでしたが、それに複数の職人に任せると独自のデザインが
他に流れる恐れがあったからです。
しかし35年あまり使っていた職人も歳で自身では作れなくなって
8時間離れた島の職人に作らしていますのでギャップが
ありました。
ある程度、新しい職人には目を着けていますが、
先ず当たり障りのないパーツ作りで腕前を見てみなければ
なりません。
一番に恐れるのは独自のデザインが他に流れることです。
フィリピン詣でをして46年、この間にはいろいろのことが
ありました。
今また、新しい職人を見つけてパーツ作りを頼むとなると
かっての苦苦しい思い出がよみ帰ります。
次回に46年間の来し方を、今一度振り返ってみます。
日本から数独の冊子を持参してホテルでの時間潰しに励んでいます。
フィリピンの古新聞をもらいSUDOKUです。
今回はこの手記も再度持参しました。
読むたびに兵の悲惨さに読書は前に進みません。
戦地に赴かせ後方の兵站を断ち切り餓死させた為政者の罪、
戦犯の行為に怒りを感じます。
犬畜生の扱いをしておきながら、靖国で英霊の言葉でまやかす
のに納得が行きません。
21日の春分の日は家族と愛犬達が眠るお寺の墓参りでした。
朝からの雨がみぞれに変わり、更に雪となる寒い一日でした。

































