11月始めの日曜日にはみかんを採り入れねばと

思っていましたが、すでにヒヨドリが来て数個のみかんを

食い荒らしています。

急きょ前日に採り始めました。


20kgくらいの収穫ができました。

翌日の日曜日にはさらに10kgくらい収穫できましたので

30kgは収穫できました。


しかしこれだけの量を家族で食べ切る前に

かなりのみかんを腐らしてしまいます。

来年はみかんの木をゴルフのネットで覆いひよどり対策を

考えます。



我が家の老犬にもお裾わけです。

彼の有機肥料が貢献してくれています。

無農薬で大いに助かっています。


コハク、さんごなどのネックレス。

さんご8~9mm玉のイヤリング。

さんご丸玉のペンダントトップ。

こはく、さんごのパーツがあります。

暇を見つけて製品に変えています。


蝶のタッグブローチ。

パーツとしてかなりの在庫があります。

細かい物ですので手間が掛かりついつい後回しに

しています。

左からメキシコ貝、マダライモ貝、マガキ貝、タカセ貝です。




ホネガイも大小ありますがケースに入れてやらないと

扱いに苦労します。

色々のケースで試しています。



カエルの注文をもらいました。100個です。


高知県の広報誌、さんSUN高知です。

東京に出てきて以来送ってくれています。

今回の表紙は県東の安芸市のちりめんじゃこの天日干しの

風景です。

高知に帰りますと必ず食べますがやはり湘南の天日干し前の

やわらかい釜揚げしらすが口に合います。

天日干しにしないと長持ちがしないからでしょう。


さぁセブ行きです。

藤沢から羽田までは最近はバス利用です。

電車では横浜での乗り換えがつらくなりました。


いつもの通り両替をしてキャセイのラウンジ。




水割りとつまみですがウイスキーのダブルの注文でしたが

私の酒鬼(チュウクエ)を知ってかバーテンダーさんは

トリプルくらいの濃さで、少し呑んでは水を足さないと

呑めないくらいの量を入れてくれます。多謝!多謝!

つまみはいつもの生サーモン、ハム、チーズなどの盛り合わせ。

2杯呑んで機内へ。


今回も香港で2時間遅れの出発。

当然セブ着も2時間遅れ。

TM氏には夜も遅いので電話せず。



9月に買ったオオムガイより2周り大きい磨きがあったので

ついつい買ってしまいました。

厳重に荷造りして次回の航空便で送るように頼んで

きました。



スイジガイもきれいなのがありましたので迷いましたが

買いませんでした。


夜はTM氏の誘いで4日に京都のHY氏、5日に東京の

YS氏が到着しており4名でセブカンで祝杯。


翌8日(日)は久々に4名でゴルフでした。

YS氏は健脚で18ホール歩きでしたが我々3名は

カートなしではとてもプレイ出来ないこの頃です。


今回の結果は48,47のスコアで何年振りかで

100を切ることが出来ました。


思えば長い道のりでした。


かってプロとプレイした時に“ときどき70代で廻るでしょう”

と言われましたが、答えは“たまにです”答えたのが

遠い遠い昔の話です。


セブカンでの4名。



ゴルフの後は食事をしながらジャックダニエルで

祝杯です。


9,10,11日は仕事です。

11日の夜はTM氏がセブカンのバーに

招待してくれました。

今回3度目の招待です。

9月も同席されました日本人の方と3名です。



料理はイカリングの揚げた物(カラマリス)、

シュリンプシニガン(エビと卵の炒め物)などです。

フィリッピン料理ですがセブカンのは絶品です。

水割りを呑みながらときどきガーリックライスを混ぜて

食べます。

とにかくTM氏とは40年近くの付き合いですので

私の好物を知り尽してくれています。


イモ貝ヒーシー2/3mmが欲しくて数か所に当たりましたが

全く手に入りませんでした。

10本くらい持っている所は相当古い商品で買う気に

なりませんでした。


どうやらヒーシーの職人も減っているようです。

予想は出来ていました。とにかく3Kの仕事です。


今後、セブでの貝の職人もどんどん減って行くものと

思います。

職人がいなければ材料も集まりません。

かっての日本、台湾のように同じ道を歩むのでしょうか。


ただし原貝(われわれがアクセサリーに使う貝ではなくて)は

豊富ですので無くならないと思います。
いわゆる貝の加工品の減作が予想されます。


初めてフィリッピンを訪れたのが1972年です。

45年の歳月が過ぎました。


ミセスポンセ、カントスの亡きあとはもっぱら華僑の業者との

付き合いでした。

しかしその華僑の人たちも若くして亡くなったり、倒産したりして

止むなくフィリッピン人との付き合いです。


中には私のデザイン商品で儲けて土地と家を買った者も居ますが

彼らは私の品物を横流しして私の怒りを買い、倒産して米国に

働きに出た者もいます。意外と多いです。


フィリッピン人と付き合うためにはオリジナルデザインも横流しされる

覚悟が必要です。

フィリッピンではバリのように商品を作り置きする余裕がありません。

そして注文してもサンプルより良い品物は決して上がってきません。

もちろんバリでもこの傾向はあります。


良い業者を見つけることが大切ですがこれが一番難しいところ

です。

それと年に何度も行ってクレームをつけ約束を守らすことです。


最近の傾向ですとそろそろフィリッピンとの付き合いも

考える必要な時期に来ています。


思えばミセスポンセ、カントスなどに会えて幸せなビジネスでした。

フィリッピンの貝産業が輝ていた古き良き時代でした。


私が20年若ければインドネシア(特にバリ島)に注目します。



この額は30年前ジャカルタで買ったものです。

帽子と顔は白蝶貝、ヘアはマベ貝、帽子のリボンはカメの甲羅、

英語の文字は白蝶貝をイトノコでカットしたものです。

30年前にすでに機械化されていました。



バリ島の黒蝶貝の商品です。
超音波で見事な彫刻が施されています。

今でも500~1,000個は欲しい商品です。


水牛のツノ、ボーンパーツにもセブではできない逸品が

数々あります。

インドネシアは機械化が進んでいます。

いろいろバリエーションしたパーツが考えられます。


ただしバリの完成品のアクセサリーは感心しません。

かなり粗悪です。


15年くらい前でしょうかバリの職人が私のブレスを付けて入る

のに驚いて聞きますと日本人が作れないかと持ってきた

とのことでした。

白のヤタラの商品です。

インドネシアではヤタラ、ヒーシーなどは作られていません。

しかしフィリッピンの衰退を考えますと今後は判りません。


セブにもミセスポンセ亡きあとに台湾の機械を持ち込もうと

試みましたが受け付けてくれませんでした。


日本からもルーター、エアーブラシなどを何度も

持ち込みましたが物を大事にしなくてすぐに壊してしまいます。

結局、セブの機械化は大きく遅れてしまいました。



バリ島の店舗の写真です。

天井からコメ貝のシャンデリア、マド貝のシャンデリアなどが

下がっています。

昔はフィリッピンの専売特許の商品でした。

コンテナ船で1型100個、200個と仕入れた物です。

今、セブではまとまっての入手は困難です。


バリの貝製品(パーツ)には興味がありますが、

もうバリまで行く気力、体力がありません。



今回セブでしてきた仕事の一部です。

白蝶貝ネコ。

少し気になるところがありましたので修正させました。



古い商品で黒蝶枠と中のシュジとに段差が出来て

いましたので修正させました。



タカセ貝のバレッタ用ですが貝と貝の繋ぎ目で

割れていました。

繋ぎをさせました。いままではそのまま捨てていました。



写真の上のサーフが古い商品で1,000個くらい

有ります。今回持ち込んで下のようにブルーの

ハイビスカスを描き込んでもらいました。

このように古い商品を生かすためのセブ行きになります。


ウッドのサーフボードデザインも10数種類、

1,000個以上はあると思います。


ヤコウ皮つきパーツ。

ヤコウ貝のパーツを作らして残った部分がかなりある

のですが他のパーツ作りに追われてなかなか皮つきの

パーツ作りに手を回わしてくれません。


今回、来年用に新しいアクセサリーを2,3点考えて

注文してきました。


とにかくここ5~6年では売り切れないくらいの在庫が

あります。

まずブログにて報告しながら浅草橋、ネットで格安に

売りたく思っていますのでご注目ください。


フィリッピンにはそれでも年6回は行く予定です。

在庫を処分するには在庫のみの販売では続かず

他のパーツの仕入れも必要です。


TM氏から75歳までは来いと云われています。

昔は70まで来いでしたがその次は何歳までと

言われるでしょうか。


今年の台湾は3回に減らしました。