3月4日、今朝も冷え込んでいます。
寒さ対策に日本酒を一杯とホカロンを背中に貼りバスで
羽田着。CX543便で香港、CX921便に乗り換えセブ着。
機内で今回は漁師のところに行き貝を買わねばと思うも
漁師街の地名を思い出せない。次にお世話になっている
TM氏の電話番号も思い出せない。いよいよ老化が進んで
いると実感する。
しかしタクシーに乗り空港からホテルまでのセブの喧噪の
中を走っていると次第に全てを思い出してくる。
体がセブのリズムを呼び起こしてくれる。
ホテルに着くと、早速いつもの如く飲み始める。
明朝の貝、水牛、ウッドの職人達との打ち合わせに思いを
巡らしながら横になる。
5日(土)は順調に終わる。
1月に比べてタクシーの初乗りが30ペソから40ペソに
33%も値上がりしている。それにメーターの追加料金も
2.50ペソから3.50ペソと実に40%の値上がりである。
確かにガソリンの値上がり率がひどい。
よくジプニーの運転手達が黙っていると感心する。
昔なら旗や幟を立て一揆を起さんばかりの抗議をした
ものである。
1月にバリで仕入れた貝のパーツを作らす。水牛の職人は
間に合わなかったようである。
漁師に頼んでいたホラ貝17インチ(43cm)が4本用意
10日セブを離れ台湾に入る。
出国に際して荷物検査の係が私の持ち出し商品について
いちゃもんを付ける。いつものことであるが文句があるなら
税関員を呼べと云う。何某かのワイロの要求である。
自慢ではないが40年間この種のワイロを払ったことがない。
台湾は1月と同様に寒く雨も降っている。台湾ビールを
飲んで寝る。
11日は雨の中、午前中2件の仕事を済ませいつもの喫茶店で
ビールにエビチャーハン昼食。
ホテルに帰り部屋でNHK-TVを点ける。
暫くすると画面に地震の様子と津波の惨状が映し出される。
まるで地獄絵図を見ているような惨事である。
嘘であって欲しいと願わずには居られない。
その夜、行きつけの欣葉餐庁に行くとマネジャーが近寄って来て
日本が地震で大変だと心配してくれる。
翌12日CX450便で帰国。成田もただならぬ雰囲気である。
京成電車を乗り継いで2時間余りで日暮里着。
被災地の方々の状況を考えると何とも気の重い帰国でした
思えば阪神淡路の地震時はセブ滞在でした。
この時も気の重い帰国でした。
