1月7日羽田からキャセイパシッフィク543便で香港に出発。
昨年11月に羽田が国際空港化されて初めての搭乗です。
’72年日中国交回復後、成田空港が開設されても中国が
台湾の中華航空を成田に離着陸することを認めず、
中華航空のみ羽田空港を使用していました。毎月のように
台湾、フィリッピンと行っていました私にとってはわざわざ
成田まで行かなくてよくて有りがたい存在でした。
その後、中華航空も成田に移りました。最後に羽田から台湾
に飛んでから25年位経っているのではないでしょうか。
出発当日、家を出るのが1時間半は短縮されます。
出国審査も待ち時間が少なく有りがたいです。
今のところは、キャセイのラウンジはなく日本航空のさくら
ラウンジの使用です。
セブのホテルにはいつものように午後8時頃着。
早速TM氏に来島の報告をして、ウイスキーの水割り。
それから貝、水牛の職人に明日の約束です。
8日(土)は仕事。
9日(日)はTM氏の迎えでゴルフ。今回は15名でいつもより
一組多いです。私はU氏夫妻とN氏の4名で回りましたが、
56,48のスコアに毎度のこととは言え我ながら不甲斐ない。
これに懲りて
10日、11日の午後は久し振りに軍のキャンプ内の練習場
行きでした。
セブでの朝食はホテルから歩いて5分ほどの以前泊っていた
ホテルのレストランで摂ります。
②サンミゲールビールの小瓶を2本。
③ペリカンマンゴーのフルーツ
④ガーリックライス、ロンガニザ、目玉焼き。
⑤食後のコーヒー。
②のビールはウエイトレスのベスが席に着くとオートマチック
に出してきます。
①は私の定席。ホテルのオーナーの奥さんが先に座っていても
私に譲ってくれます。それだけアットホームなホテルのレストラン
です。以前はテーブルクロスも複雑な折り方をしてテーブル
に乗せていました。今はホシタカラ貝のカットしたものに写真
のようにクロスを通しただけです。
③はペリカンマンゴ。
④がメインの朝食。ガーリックをいれて炊くライス。もち米を
いれて炊いているとおもいます。ただのフィリッピンの米と
違い粘り気があります。そして豚肉のソーセージ、これも
ガーリックが入っています。朝食は大体1/3くらいは残します。
⑤のコーヒーを飲んでホテルにかえります。
今回は毎日このメニューが朝食でした。
今回気がついたことですが、ホシダカラ貝のことを英名で
Tiger Cowrie と云います。(Cowrieはタカラガイの総称)
どう見てもトラ模様とは見えず、むしろヒョウ柄と云った方が
正しいように思います。(なお正式学名はラテン語で
Cypraea Tigris.Cypraeaがタカラガイの総称です。)
図鑑で調べましたところ、別のタカラガイでヒョウタカラガイ
(Panther Cowrie)、色は茶色でホシダカラより小ぶりの
貝がありました。
セブでの仕事も無事終わりました。
20年くらい前に仕入れたフィリッピンヒスイの糸通しの商品が
なくなりましたので探しましたが誰も持っていませんでした。
古い商品ですので今は作っていないかも知れません。
3月に再度探してみます。
今回はバリ島まで足を伸ばしますのでいつもより1日早く
12日(水)に離島しました。
香港行きのCX920便乗ってバッグの中を見ればホテルの
ルームキーを発見。すでに機中の身で返すこと不可。
3月に持参することとする。1年くらい前にも台湾のホテルの
キーを返すこと忘れて飛行場まで来ましたが、キャセイ航空
のグランドスタッフの計らいでホテルに返してもらいました。
思えばわが師、故中安氏もよくマニラ、セブのホテルのキー
を持ち帰り私が翌月返済したものでした。
師の持ち帰りの回数から言えば、まだ師には及びませんが
だんだん近づいて来たのは確かのようです。
喜ぶべきか悲しむべきか、心中複雑です。
台湾は8度の気温でセーターを取り出して着る。17,8度を
予想していたのでビックリ。途中で雨も降りだす。
バスを降りても雨はたいしたこともなく傘を取り出すのも
面倒でそのまま歩く。途中南京東路と中山北路との交差点で
信号待ちをしていると50歳位の小奇麗な奥さんがニコニコして
声をかけながら傘を差しかけてくれる。
旅先でこのようなことに会うと疲れも吹っ飛ぶ。多謝、多謝。
ホテルに午後8時頃到着。
500mlの台湾碑酒(タイワンビール)を飲んで就寝。
⑦ホテル近くの下水の蓋
無くなって穴が開いたままでしたが、今回もう片方も盗まれた
のか写真のようにコンクリートの蓋が出来ていました。
これで穴に落ちて怪我する心配もなくなりました。


