ブログ -738ページ目

ブログ

保存用

みなさん、こんにちは。




今日は
帯広コア専門学校で
行われている
学習療法士2級と1級の
認定研修会に
参加しています。


前日に川島隆太教授の
書籍を読んで
予習しての参加です。



学習療法を今後の仕事に、
デイサービスにきている
お客様の喜びにつなげられるよう
午後からもしっかり学びます。








iPhoneからの投稿

みなさん、おはようございます。






みなさんは朝起きてから

(朝食後)

歯磨きや洗顔をしますよね?



本日紹介する書籍は


「洗顔」


という誰しもが

行うだろうことから


「心を洗う」ことに


つなげて

仕事や人生に役立てようという


実践書になります。




あなたは

自分の顔が好きですか?



「顔パス」という言葉が

あるように


あなたの顔は

名前と同じくらい

自分を代表するものです。



あの時会ったあの人・・・


人を思い出そうとするとき


まず、顔を思い出そうとしますよね?



そうなんです。

名前ももちろんですが、


自分の顔というのは

名刺以上の効果があります。


顔をどう扱うかが自分をどう扱うか。

自分に優しく向かうこと・・・他者に優しく向かう。

顔をきれいにすると心が変わる。

心が変わると顔がきれいになる。



上記赤字部分は

本書を読んで

心に入ったところです。


洗顔を優しく丁寧に・・・

本書の言葉でいうなれば


自分が自分の母に

なったような気持ちで

自分自身を大切に扱う。



裏切る者は裏切られる

罰する者は罰せられる


キリスト教か何かで

このような言葉がありましたが、


その通りなんでしょう。


自分が一番愛するべきものは

自分自身であり、


特に自分を代表する

顔を大事にする。


優しく洗顔する。


これが優しさの実践に

なるんでしょう。



最後にハッと気付かされた言葉は


「技術は愛情。」



今までの読書を通じて

技術か心か?

のようなことが

多く書かれており、


心があってこそ

技術が生きると

書かれていました。



この著者は

こう提言します。


技術を身につけるのは

愛情があってこそ。


自分の技術を生かし

目の前の人・・・

お客様やその家族に

喜んでいただく。


その対価が

自分たちの報酬として


給料になるんだ。



介護技術を身につけること

ケアプラン作成の技術を

身につけること。


それは目の前のお客様の

喜びにつながるんだ。


「技術は愛情」




技術が悪いわけでも

心が正しいわけでもない。


目の前のお客様を

喜ばせる。


そのために技術を向上させる。



目の前のお客様に

喜んでもらえるよう

自身を高めていこう。


そう心に誓った

一冊でした。





今野 華都子
サンマーク出版
発売日:2008-05-12


チェック項目14箇所。洗顔=顔を洗う以上の意味・効果がある。自分が自分の母になったような気持ちで自分自身を大切に扱う。それを体現する一つに洗顔。自分の人生や運命を変えるには大きな努力は必要ない。小さな習慣の積み重ね。自分のままでありつづけられる、自分自身を作り上げる確認を洗顔で行う。顔は名前と同じくらい自分を代表するもの。顔をどう扱うかが自分をどう扱うか。自分に優しく向かうこと・・・他者に優しく向かう。顔をきれいにすると心が変わる。心が変わると顔がきれいになる。自分を幸せにするのは自分。技術は愛情。思いが言葉に乗るから相手に伝わる。思い・・・言葉。自分の存在を喜ぶ。

みなさん、こんにちは。





以前利用していたお客様の

家族で

「年寄りになると子どもに帰る」

(他にも同様のことを話す人は

いらっしゃいますが)


とおっしゃる方がいました。




ここで言う

「子どもに帰る」とは


能力面のことが主に

なっていると思います。


子どもは・・・

生まれたばかりでは

何もできなくて


例えば

ご飯を食べるにしても


おっぱいやミルクから。

大きくなってきて

離乳食


3歳頃になると

ある程度自分で

食べられるようになる。



高齢者から

考えると


自分でご飯を食べられたのが、


高齢に伴って

体が動かなくなり、

(または病気等で)


だんだん、介助が必要になる。



なるほど。

確かに子どものとき

進んできた道の

逆を行っている。



さて、

それでは

「子どもに帰る」のか?



というと、

それは違うと僕は思う。



高齢者はあくまで一人の人間であるし、

子どもには帰らない。


「能力面では子どものようになる」と

言えば、一般の人に分かりやすい

かもしれないけれど、


やっぱり、子どもに帰るわけではない。


人生50年の時代にも

高齢の人は確かにいて

自分で食べられなくなって

介助を受けていた人は

いただろう。



ただ、今と比べれば

そういう人たちは少なかったんだろうと

思う。



あくまで、高齢になって

一人で食べられなくなったから

介助が必要になっただけであって


「子どもに帰る」わけではない。



子どもは何も知らないけれど


高齢者は知っている。

食べ方も知っているし、

そもそも自分で行っていた。



育児と介護に

共通点は多い。



しかし、同じではない。




子どもは何も知らない。


だけど、

高齢者は知っているのだから。