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こんにちは。岡本大輔です。
本日の紹介はこちらです。
※ 再更新記事です。
↓↓↓
著者 : 青木仁志
アチーブメントシュッパン
発売日 : 2009-11-25










【出会い】
ブックオフ帯広西5条店で出会いました。

【本書紹介のねらい】
~本書抜粋より~
本書のテーマは、「一生折れない自信のつくり方」です、まったく自信のなかった私が、どのようにして「私はできる。絶対にできる」という思いを強く抱けるようになったのかを具体的に紹介していきます。

~Amazonより~
「小さな達成の積み重ねが大きな自信をつくる!」
自信とは、その人自身の思い込み。「できる」という考え方です。だから、あなたが「できる」と思えば、自信があります。ただし、思い込みだけでは、「一生折れない自信」にはなりません。私もかつては自分の力を過信し、事業に失敗したことがありました。思い込みのままでは、大きな壁や困難にぶつかったときに折れてしまいます。一生折れない、揺ぎない自信を持つためには、たくさんの成功体験や突破体験を積むしかありません。

自分に自信を持ちたいあなたへ。

【響いた抜粋と学び】
著者の青木さんは国際企業Britannica(ブリタニカ)においてセールス、セールスマネージャーとして数々の賞を受賞。能力開発コンサルティング会社にて営業統括本部長、取締役を経て、1987年人材教育コンサルティング会社「アチーブメント株式会社」を設立。1998年から2006年まで厚生労働省ビジネスキャリア制度認定講座、2007年からYES‐プログラム認定講座実施機関として活動しています(執筆当時)。

自信を持つためにまず必要なこと、それは思い込みを変えることです、どんなに小さなものでも構いません、自分の中に「できる」という思いを持つのです。

自信とは、その人自身の思い込み、「できる」という考え方です、だから、あなたが「できる」と思えば、自信があります、一生折れない、揺るぎない自信を持つためには、たくさんの成功体験や突破体験を積むしかありません。

小さな達成を積み上げるコツは、今の自分にできることから取り組むことです、最初から高い目標を掲げてはいけません、高すぎる理想は、自信形成において逆効果になります、理想と現実のギャップに苦しみ、結果的に自信を喪失しかねないからです。


本人の努力なくして、自信の形成や自己イメージの向上はありません、そして、自信のないところに成功はありません、成功体験、突破体験こそが成功の源泉です、自己イメージを高めて、自信を持つために、より多くの成功・突破体験を経験しましょう。

「相手にどう思えるかではなく、自分が役に立つ人間になる」「相手が信じてくれるからではなく、自分から相手を信じる」こうした生き方は報われないように思えるかもしれませんし、実践するのは難しいものです、しかし、努力を重ねた結果、成長という一番大きな果実を手にするのはあなた自身。


一生折れない自信のつくり方です。本書のメインテーマですね。自信というのは「自らを信じる」という言葉のとおりです。あなたがあなた自身を信じることなんですね。

両親や友達があなたを信じるかどうかは実は関係ないんですね。

その自信をつくり上げるのは、あなたがどんな小さなことでもいいので成功体験を積み上げることなんですね。高い目標を掲げコツコツ積み上げる本田宗一郎さんや孫正義さんたちのような事例もありますが、あくまで一般人は小さな目標からコツコツと……、なんですね。

変われない人は、変わるプロセスで味わう苦痛よりも、変わらないことで得られている何かを選んでいる、だから、変われません。

できない人は、少しうまくいくと、「出来過ぎている。何かあるのではないか」と悪い方へばかり考えてしまう、「よいことが起こって当たり前」と思えるか「悪いことが起こって当たり前」と思うかで人生はまったく変わります。

親の教育水準も関係します、あまりに低いと知性を持つ大切さを教えられない恐れがあるからです、高い自己イメージ、つまり大きな自信を形成するには、よい教育・知識・情報が欠かせません。

自信のない人は、依存や甘えの心が強いものです、依存や甘えは「無責任さ」と親戚関係にあります、その根底にはすべての不信や不満があります、さまざまな物事を他人のせいにし、自己を正当化するのです。


こちらは変わらない人の共通点を出しています。自己責任にできるか、他責にするのかで人生が変わるんですね。

人はインプットとアウトプットを繰り返して成長します、情報を入出力することで、自分で自分の考え(思考)をつくり出しているのです、より人生には、よい考えを持てるように良質な情報を入力する必要があります、愛、希望、感謝、真心、思いやり、勇気、向上心などの肯定的なエネルギーに満ちた情報は、あなたをよい方向へ導きます。

成長なくして、成功はありません、自信なくして、成功はありません、「小さな成功を積み上げて、大きな自信をつくり上げる」のです、小さな積み上げこそが、保証のない変化の中で、将来の大きな成功を約束してくれます。


付き合う人間の質によってあなたの人生が変わるなんてよく言います。情報も同じです。良質な情報に出会うことがあなたの人生を大きく変えるでしょう。

【編集後記】
本日は休みです。次男と過ごす時間が多くなることを予想して昼からの更新にしました。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

コメントは自由制です。一見さんも読者も大歓迎です。
返信は24時間以内にいたします。
※心無い非難・誹謗・中傷等は削除させていただきます。



著者 : 青木仁志
アチーブメントシュッパン
発売日 : 2009-11-25
おはようございます。岡本大輔です。
本日の紹介はこちらです。
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【出会い】
帯広図書館の新刊コーナー(?)で見つけました。
小林よしのりさんと言えば僕らの世代では「ともだち〇こ」で有名なおぼっちゃまくんの著者でもあります。
あの小林よしのりさんがこの内容を? 

※ 2年前から読書会の仲間に「ゴーマニズム宣言」はすすめられており、ようやく読みました。すすめてくれた佐藤さんありがとうございます。

【本書紹介のねらい】
僕たち日本人が知られざる「国史」を学ぶ。昨日までの紹介はこちら。
↓↓↓
「八月十五日」は終戦記念日ではなかった/古川愛哲
歌集 小さな抵抗――殺戮を拒んだ日本兵/渡部良三


【気になった抜粋】
東条英機……「勝者の裁判はうけたくない。勝者の勝手な裁判を受けて、国民の処置を誤ったら国辱だ」、開戦当初、勝ってた時は「我らの東条さん」と、庶民にも人気だった東条だが……終戦後は日本一悪評の人だった、負けたとたんに国民は手の平を返した。

昭和18年11月、東条を議長にアジア各国代表を集めた大東亜会議が開催され、大東亜宣言を採択した、現地の日本軍の行動に批判的な者もいたが、自国を苦しめている最大の敵は米英白人による搾取と人種差別であるという認識では一致しており、「大東亜戦争はアジア解放のための戦争である」という理念の宣言には大きな意義があった。

「君が生き残っても、僕についてはすこしも弁解してもらいなくない。僕はただに絞首の辱めを受けるだけでなく、永遠に歴史の上に罵りの鞭を受けなければならないからである」(東条英機)。

1953年に定められた遺族援護法では、旧敵国の軍事裁判で有罪とされた人は日本の国内法では罪人とみなされないという判断基準が明確に示された、これにより「A級」も「BC級」もなく、日本から「戦犯」は消滅したのである。

【響いた抜粋と学び】
著者の小林さんは僕と同じ30代であれば誰もが覚えているであろう「おぼっちゃまくん」の著者です。
コロコロコミックで連載されていました。当時PTAで「子どもに見せたくない番組」の上位に入っていました。

小学校から高校まで僕たちが習ってきた「日本史」の裏側に着目してみましょう。
まずは昭和16年12月8日、何の日かご存知ですか?  僕はお客様に聴かれ応えられませんでした。
「これだから今の若いもんは……」
お客様はつぶやきました。
「じゃあ、昭和20年8月15日は?」
そうです。終戦記念日です。つまり昭和16年12月8日は開戦の日です。

東条は戦争回避のため首相になった、だがすでに世論も開戦論が大勢だった、極限まで譲歩した甲案、乙案に対するアメリカの返答は全面降伏を迫るに等しいハルノートだった。

後にパール判事は「ハルノートのようなものを受け取れば、モナコやルクセンブルクのような国でもアメリカに対し武器を持って立ち上がったであろう」と断じた。


僕たちが習ってきた「日本史」では……僕の理解では、日本が満州事変を起こし、国際連盟を脱退して、戦争に踏み切ったと覚えています。

※ ハルノートについてネットで調べましたがあらゆる情報が出ており、判別困難なため詳細は載せません。

東条英機さんが戦争回避のために尽力したことを誰も知らない。日本が戦争をしたくなかったことを誰も知らない。

近衛文麿……「このまま東条に政権を担当させておくほうがよい。戦局は、誰にかわっても好転することがないのだから、最後まで全責任を負わせるようにしたらよい」。

東条が首相になった時には、もう誰が首相でも開戦も敗戦も避けられないにっちもさっちもいかない状況だった。

あなたが昭和16年当時、首相だったなら開戦は避けられましたか? 東条さんを日本政府を悪者にする前に考えておきたいところです。

東条は戦争の途中で更迭されている(サイパン玉砕後に総辞職)。

中国は現在、東条を極悪人と非難するが、登場は満州事変・支那事変の開戦決定には何も関わっていない、昭和15年に陸相になるまで、政治には関わったこともない。


1931年満州事変、1937年支那事変、1941年大東亜戦争の時の内閣が全部違う。

このあたりの歴史は実際に習ったのだろうけれど、覚えていません。教師のみなさんは近代から現代を教えるのを嫌がっていたような印象があります。
駆け足授業だった気がします。

東条英機さんはヒトラーやムッソリーニのように戦時中ずっと政権をもっていたわけではなかったのです。だから、東条さんが戦争の全責任者と言われても困るんですね。

残念ながら未だに戦争を「犯罪」とする法律は存在しないのだ、「法なければ罪なく、法なければ罰なし」、これはアメリカ憲法の第一条にも定められている法治主義の根本原則である。

第一次大戦後欧米諸国は「戦時国際法」で「交戦法規」を定めた、①一般住民、非戦闘員に危害を加えてはならない、②軍事目的以外を攻撃してはならない、③不必要な苦痛を与える残虐兵器を使ってはならない、④捕虜を虐待してはならない。


なるほど。戦争に犯罪の定義も何もないのです。「戦争が違法です」と明文されたものが国際的には存在しない。存在しないものを裁くことはできません。

下の抜粋をよくご覧くださいませ。①~③については日本は沖縄上陸や東京大空襲、原爆投下など一般住民が犠牲になっています。

アメリカの攻撃は戦時国際法を違反していると受け取れますね。

※ ④についてはどの国にも捕虜の虐待の事例は報告されているようです。

僕が詳細を知らない「東京裁判」についてです。
↓↓↓
いわゆるA級戦犯の処刑日は12月23日、GHQは、現在の天皇、当時の皇太子の誕生日をわざわざ選んで処刑を決行したのである。

戦勝国の戦争犯罪人は誰一人して裁かれなかった、敗戦国の「戦争犯罪」だけが裁かれた。

パール判事……「勝者によって今日与えられた犯罪の定義に従っていわゆる裁判を行うことは敗戦者を即時殺戮した昔と、われわれの時代との間に横たわるところの数世紀にわたる文明を抹殺するものである」。

マッカーサーは「東京裁判」の終了から2年も経たない1950年、トルーマン大統領に「東京裁判は誤りだった」と告白したという。


敗戦国、日本は二度と欧米諸国にたてつかないように、見せしめ裁判をやらされた、というのが著者の見解のようです。
(このあたりの判断は個人で行ってください。僕はあくまで書いてあることを抜粋し、自分の感想を書いています。あなたが何を信じるのかはあなたの自由です)。

さきほど、戦争に犯罪はないとありました。ということは、裁判事態がありえないことなんですね。だってそうでしょう? 法律を破ってないもの。にも関わらず、戦勝国から一方的に裁かれてしまったわけです。

敗戦国というだけで裁かれたわけです。裁いた人の中には中立国だったはずなのに、終戦間際になって約束を破って進軍してきたロシア人も入っていたようですよ。なんとまぁ。

で、最後のマッカーサー元帥の発言。「誤りだった」って告白された時には何人もの命が失われていますよ。それで終わりですか?

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おはようございます。岡本大輔です。
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著者 : 石原莞爾
毎日ワンズ
発売日 : 2011-04









【出会い】
GEO帯広東4条店で出会いました。

【本書紹介のねらい】
~本書抜粋より~
石原の戦争論はそれが世に出てから今70年が経過した、その後の歴史の経過を見れば彼の予言が必ずしもすべてが的中したわけではない、彼の述べた「これから30年後に最後の決戦戦争がはじまり、その戦争は20年続いて50年以内に世界が一つになるだろう」という予言は実現しなかった。

~Amazonより~
満州事変を成功させた男が描いた「1970年日米決戦」のシナリオ。

封印されていた戦争論に興味があるあなたへ。

【響いた抜粋と学び】
著者の石原さんは明治40年陸軍士官学校入校、大正7年陸軍大学卒業後、ドイツに留学しフリードリヒやナポレオンの戦術研究に傾注し一家を成します。帰国後、関東軍参謀となり、昭和6年9月18日、満鉄(日本資本)爆破を企て、これを口実に満州(現中国東北部)全土を武力制圧、翌年3月1日に満州国を誕生させました。この事変を機に「軍事の天才」「アジアのロレンス」などと称されるようになります。しかし昭和12年勃発の日華事変に際して停戦を主張したため拡大派の東条英機と鋭く対立、昭和16年東条陸相によって予備校に編入されました(執筆当時)。

日米戦争、最終戦争、世界統一、今読んでみるとスケールのでかさを感じます。

石原は東条英機と対立し敵対したため、左遷され予備役となり、昭和17年郷里の山形県鶴岡市に隠棲してからは、ライフワークである東亜連盟の活動に没頭した。

サイパンが日本本土防衛の最重要地点である、と早くから着眼していたのはただ一人、石原莞爾だけだったのである。

満州国の理論的指導者は石原莞爾であり、その意味において実質的な責任を負っていたのは彼であったが、連合国によって戦犯からはずされたために罪は問われなかった。


著者の石原さんについての簡単な補足です。

彼は当時の首相、東条英機さんと対立していたんですね。このあたりの歴史は学校ではなかなか教えてもらえないので貴重ですね。

武力の価値が他の手段にくらべて高いほど戦争は男性的で力強く、太く、短くなるのであります、言い換えれば陽性の戦争――これを私は決戦戦争と命名しております、ところが色々の事情によって、武力の価値がそれ以外の手段、すなわち政治的手段に対して絶対的でなくなる――比較的価値が低くなるにしたがって戦争は細く長く女性的に、すなわち陰性の戦争になるのであります。

一つは敵を撃つこと――損害を与えること、もう一つは損害に対して我慢することです、この見地からすると次の決戦戦争では敵を撃つものは少数の優れた軍隊でありますが、我慢しなければならないものは全国民となるのです。

戦争本来の真面目は武力をもって敵を徹底的に圧倒してその意志を屈伏せしむる決戦戦争にある、決戦戦争にあっては武力第一で外交内政等は第二義的価値を有するにすぎないけれども、持久戦争に於ては武力の絶対的位置を低下するに従い外交、内政はその価値を高める。

持久戦争は両交戦国の戦争力ほとんど相平均しているところから生ずるものであり、その戦力甚だしく堅隔ある両国の間には勿論容易に決戦戦争となるのは当然である。

戦争の終結という事は国家対立の解消、すなわち世界統一を意味している、最終戦争は世界統一の序曲に他ならない。

世界史的に見ると、もう一回大きな戦争があるよ、それは第三次世界大戦で言うなれば最終戦争。この戦争によって世界が統一される、というのが石原さんの話。

機動戦士ガンダムの世界では「地球連邦政府」なんてのがあったくらいだから、ありえなくもないのかな。

人種も言葉も文化も何もかも違う人たちが集まっている地球において世界を統一するってどういうことなんだろうな、って実感できないですね。

読んでても内容が難しくて唸るばかりでした。

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【編集後記】
本日はあかりデイサービスの夏祭り最終日です。我が家の次男も見学に来ます。
夕方はザ・本屋さんWOW店でビブリオ・バトル参加です。

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著者 : 石原莞爾
毎日ワンズ
発売日 : 2011-04