「医療否定」は患者にとって幸せか/村田幸生 | ブログ

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おはようございます。岡本大輔です。
本日の紹介はこちらです。
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【出会い】
札内図書館の新刊コーナーにありました。介護現場で働いているので興味があり手に取りました。

【著者の想い】
もう一度冷静に、「高齢者が治療を受ける意味」「長生きする意味」「人間の長い人生の意味」についてゆっくり考えていきたい。

【気になった抜粋】

家族は、親の最期に際して、「最後にかかわった」もの、場所、人に腹を立てるのだ。



実はみなさんの思っている以上に、食事療法と「健康効果」の因果関係を証明するのは、困難なのである。



介護にはゴールが見えない、いつ終わるのかがわからない、もちろん、終わりを望んでもいけない、そればかりか病状や老化が進むにつれ、家族の負担は、逆に増えていくのだ。



「延命治療とは思っておりません。(中略)もうしばらく元気な時間をすごすための治療です」。



医者は「何もしない」を家族が選択した時「そうか、がんに対してはもう何もしないと決めたのだな」と思う、ところが、えてして家族はそうでない、あくまで「抗がん剤はもう使わないでほしい」は、「現在のがんに対して、もうこちらから攻撃をしかけないでほしい」という意味であって「がんが進行してくれば、防御はしてほしい」と思っている。



「がんで死ぬのって負けなのだろうか?」……五十六歳でこの世を去ったスティーブ・ジョブスの伝記本はミリオンセラーだ、誰も彼のことを「彼の人生はがんに負けた」などと思っていないだろう。


【響いた抜粋と学び】


幸せになるための3つの方法……一つ目は、何かつらいことがあっても、いつまでもくよくよしない、これをばねにして頑張ろうというプラス思考、二つ目は感情の気持ちを持つこと、三つ目は人との縁、かかわり合いを大事にすること。


僕たちのデイサービスに来てくれる94歳のおばあちゃんも同じことを言っていました。
「くよくよしない!」
これが長寿・健康の秘訣なんでしょうね。身を持って教えてくれます。

人間は悲しい出来事、苦しい出来事が起こることは想定できても、その時に直面するつらさまでは想定できるわけではないのだ。


「患者さんやその家族は、倒れてしまえば、”もっと早く倒れるところを予防処置によって引き延ばすことができた”と聞いても、全然喜べない。むしろ”今までずっと病院に通って治療してきたのに、意味がなかったのではないか”と思う。第二に、薬を飲んでいるお父さんと飲んでいないお父さんの比較ができないから、証明できない」。


医者の立場からすれば、単なる老衰ではなく、病気で、しかも入院してくるような状態であれば、いつ何が起こっても不思議はないと思っているし、事実そうである。


医師からの悲痛な叫びと解釈しています。医師の仕事が病気の治療だとは言え、できることは限られますよね。医師は医師であり、神様ではありません。時間を戻すことはできません。



「自然の動物を見習え、病院に行くな」というが、自然の動物が健康のために青汁やきのこの抽出物を飲んだり、ジョギングをしたり足裏のマッサージをしているだろうか?


本当そうですよね。思わず読みながらうなずいていました。もっと言えば自然の動物は焼肉をしないし(肉は生のまま)、塩コショウもしない、サプリメントも飲まない。あまりに極論すぎますね。

北欧では寝たきり老人が少ないという、点滴や胃ろうをしないから、施設ですぐに亡くなってしまう、だから寝たきりにならないのだという、だが実際にそうした施設に見学に行くと、職員も少なく、床ずれは放置、薬は卓上に置くだけで自力で飲めなければ回収、食事も置くだけで、食べても食べていなくても一定時間が来れば回収(介助などない!)入居者は寝て、死をまっているだけの状態だという。


これが本当だったら、今まで信じていた北欧の福祉神話ってなんだったんだろうと思います。僕が学生の頃は(10年前)北欧の福祉は進んでいると絶賛されていました。
しかし、現実は……。
数年前ポッドキャストで「スウェーデンの闇」というのを聞いた事があります。
福祉国家として有名なスウェーデンですが実態はひどいらしい。離婚率と未成年犯罪率は高く、経済成長が難しいため、高額な年金、税金を支払っているのに返ってくる分が少なくなるんだとか。

どこの国も良いところがあれば悪いところもあるんですね。

日本人は奥ゆかしく、自分の意見をあまり強く主張しないが、西洋人ははっきりと自分の意見を主張する、と思っていたら、やっぱり自己主張する人間、はっきり言う人間はイギリスでも嫌われていた。


これには驚きでした。西洋人は全員自己主張するものだと思ってました。……当たり前ですよね。日本人だって全員が意見を主張しないわけではないのに。

なぜ治らないのか、なんて誰も説明できない、人間の身体、病気とはそういうもの、それは言わないお約束、人間はいつか必ず死ぬ、「医療の不確実性をちゃんと口に出して言え」というのは、いわば「今まで人間が言葉では説明できないと思っていたものを、言葉で説明しろ」と言うのに近いわけで、呆然としてしまうのである。


そうですよね~。何でもかんでも説明しろって言われても困りますよね。

「わたしらはね~、若い頃は戦争でお国のために死ね、と言われたのよ。今は平和になったけど、今度は老人はお国のために治療をせずどんどん死ね、と言うのかねえ……」

最期は高齢者の悲痛な叫びです。青春時代を戦争で犠牲にして、日本再建のためにただひたすら働き続けてくれて、やっと一息ついたかと思ったら医療費削減。そりゃ~こうも言いたくなりますね。


【編集後記】
先日の休みの日の札内駅の気温です。

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朝4時起きで活動し、圧倒的読書量で介護業界に革命を起こす男のブログ-image

見えづらいですね。「-0,4度」です。これすごく暖かいんです。外にいる駅員さんがジャンパーを脱いで腕まくりしていました。



おそらく、沖縄の+5度よりも、北海道十勝帯広の「-0,4度」は暖かく感じるはずです。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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