(福祉の常識、社会の非常識)の続き
精神病院や認知症の一般の認識
このことをぼくが
強く感じたのには
ひとつきっかけがあります
それは2年前に遡ります
(Tさん、男性、60代後半)
ぼくが今の職場に来てすぐ
ぼくの名前を覚えて
『オカモトさん、おはよう
』と真っ先に挨拶してくれたのが
Tさんでした
Tさんとは
プロ野球のことなど雑談
個別機能訓練での
筋力トレーニング
入浴などなど
週1回の利用を
とても楽しまれていました
そして、入りたての
ぼくのことをよく気遣って
くれました
ぼくもTさんと会話するのを
楽しみに仕事をしていました
しかし
介護認定の有効期限がきて
ぼくたちのデイサービスで
ケアマネジャーなどが
集まって行う
担当者会議のときのことです
(本人、担当ケアマネジャー、ぼくの3名出席)
Tさんは若くして
アルツハイマー認知症の
診断を受けており
病気のことや
精神病院に通院していることを
気にされていました
ぼくはケアマネジャーに
精神病院で近々検査することを
確認の意味で
報告しました
ぼくにとっては
特に気にならないですし
施設で実習や働いたことが
あるので
若くして
アルツハイマー認知症と
診断された方とお会いするのは
初めてではありません
そして
ケアマネジャー含め
デイサービスのスタッフも
特別な印象を受けては
いなかったのです
ただそれは
あくまで
わたしたちの見解なだけで
Tさんにとっては
例え相手が福祉職でも
言われたくないこと
だったのです
Tさんは(精神病院への)
検査入院のことを
『そりゃ言っちゃいけないよ!オカモトさん』と
怒るわけではないですが
間違いなく
触れてほしくないんだと
ぼくに伝えていたと
感じました
退院したら連絡してくださいね
と
ケアマネジャーから伝えられ
担当者会議を終えました
その日からTさんは
デイを休みました
検査入院はどれくらい
かかったのか
連絡は一向にきません
月日は流れ
3ヶ月
4ヶ月が過ぎたときのことです
・・・
担当ケアマネジャーから
連絡が入りました
『Tさんが自宅で亡くなりました』
死後一週間がたってから
発見されたそうです
(死因は不明、自殺か?)
Tさん
あなたは
どのような思いで
最期を迎えたのですか?
ぼくの病気への理解
世間体への理解が
もっと深ければ
あなたへの理解が
病気に対する思いへの
理解が深ければ
表面的な付き合いだけでなく
心からの触れ合いが
できていたならば
あなたは苦しまず
今もデイサービスに
来ていた
楽しく生活できていた
そのような想いでいっぱいです
Tさん
あなたへ
ぼくは何もできなかった
そしてあなたへ償うことは
できなくなったけれど
同じように
苦しむ人へ
心的な理解を深めること
多くの方へ理解を得ること
これらが
今できる
そして
これから行う
ぼくの償いだと
感じています
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