こんにちは。
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
前回に引き続き、ベジータ君が朝日町に遊びにきた時のお話をさせていただきます。
夕方になり、大谷の風神祭に出かけます。
ウチから10分位でしょうか、秋葉山交遊館(だったかな?)の駐車場に車を停めて、メイン会場に向かいます。
ちょうど歩き出した時に、開始の合図の花火が打ち上がりました。
ちょうど良いタイミングだな、などと思いながら会場に到着すると、朝日町ってこんなに人居たんだ?というくらい人が来てました。
活気があって良かったです。
ワイン祭りでやきそばを出す予定なのも有って、やきそばを買って食べす。
美味しかったです。ウオ~~(魂の叫び)!
ベジータ君も嬉しさのあまり、ギャリック砲撃ちかけてました。
さて、花火も獅子舞も充分観たし、やきそばも食べたし帰るとしますか、という事で車が停めてある駐車場に向かいます。
途中、「志藤」という姓が書いてある看板を見て、この地区が志藤六郎さんの出身地なのを思い出したので、横浜鶴見が実家のベジータ君に話を振りました。
ワタシ「ここの地区出身の志藤六郎さんは最初、あなたの実家のご近所さんに会社作ったんだよ。」
ベジータ君「なんていう会社ですか?」
ワタシ「株式会社ヨロズっていう会社。当初は別の名前だったけどね。」
ベジータ君「???・・・・・部品メーカーのですか?」
ワタシ「よく知ってるね。」
ベジータ君「あのー、その会社父が勤めてる会社です。母もそこに勤めてた時に父と知り合ったんです。」
ワタシ「へー、偶然だね。もしかしたらあなたのお父さんは六郎さんとお話した事もあるかもね。」
ベジータ君「はい、社長さんにはすごく良くしてもらって、いつも感謝してると父から言われてたので。僕がアメリカ育ちなのも社長さんに父がアメリカ工場立ち上げを任されたからなんです。」
ちなみに彼のお父さんは定年を迎えた今でも、過去の実績をかわれて会社から残って欲しいと言われ、東南アジアに工場を立ち上げる仕事を任されているそうです。
ああっ、こんな展開狙ってた訳でも無いので、多分この世の中の見えない法則が私を仲介役として彼に働いたのだな、と直感的に感じました。
もし、彼がこの時期に来なかったら大谷の風神祭に参加出来なかった。
風神祭に来なければ、志藤六郎さんの話は出なかったでしょう。
もし、ホープ氏が風神祭の情報を教えてくれなかったら、風神祭には来なかった。
そして一番は、私が神奈川にいる時にベジータ君と移住先に朝日町を選ばなかったら、ここには来なかった。
人生には時たまこういう事が起きるから面白いですね。
次回、ラストに続きます。
お読みいただき、ありがとうございました。