ヒグチさんの年末チラシです。
おせちの材料、何を買おうかな。
こんにちは。
今年の五月下旬に川崎から朝日町に移住してきてから早くも年末を迎えました。
つきましては、現在の心境について書かせていただきます。
かなり前から私は、人工光に照らされ真夜中でさえ明るく、車の往来が絶えない生活にちょっと嫌気がさしていた事から、田舎暮らしに非常に憧れていました。
なので、こんなことするのが凄く楽しみでした。
それはズバリ!「田舎での密着コミュニティライフ」。
囲炉裏を囲んでの団欒。
夜の静寂と、美しい星空、そしてご近所さんとの交流。
上記の写真は年に一、二回程度利用していた伊豆の古民家のものです。
ここで田舎ライフを満喫したつもりになっていました。
ちなみに朝日町に越してくる直前はこういう場所に住んでました。
そして2011/3/11のその日。
震災を経験します。
その時は東京都議会で当時の石原都知事が4選目出馬表明するのをTOKYO-MXで観てました。
「ピロリロリ~ン!」
緊急地震速報の音が鳴ります。
「ど~せ大したことないでしょう」と思いトイレに行きかけました。
そしたらすんごい揺れ。テレビがひっくり返るくらいに。しかも長い。
でも内心は早く揺れが止まれ!俺はトイレ行きたいんだ!などと考えている程度でした。
揺れがおさまって玄関を出てみました。
マンション廊下の内壁には無数の小さなヒビが入り、外壁の表面が剥がれ落ちてます。
複数あるエレベーターは全て停止。
外出時、往復で1800段を昇り降りするの結構面倒でした。
近所にあるコンビニの弁当はあっという間に無くなりました。
マンションのベランダから外を見ると電車は完全に麻痺。
第一京浜方面を見ると東京と神奈川の間に架かる六郷橋の上では交通麻痺が起こっています。
首都圏のインフラの脆さを垣間見た気がしました。
(後に、東北太平洋側で発生した津波の映像を見ることになります。これには言葉を失いました。人生最大のショックでしょう、多分。)
深夜になっても街は帰宅難民で溢れてます。
その他、いろんな事がありましたが、一番の問題は首都圏での孤立化問題でした。
その時の気持ちを表現するならば、「他の人はどうか分からぬが、自分にとって此処に住み続けるのは何かが違う・・・。」でした。
多分、この時自分の中で何かが変わったのでしょう。
時は流れ現在、朝日町ライフでかつて望んでいた希望は満たされつつあります。
美しい星空、綺麗な空気と水。そして町民の方々の暖かい気持ちと相互扶助のネットワーク。
今まで自分が歩んで来たのは、全てはこの時の為にあったのかとも思います。
朝日町に越してきて感じる正直な気持ちです。
本当にありがたいことです。
こんにちは。
今回は給食について書かせていただきます。
私が小学生の頃、学校に通う目的は勉強ではなく給食を食べる為でした。
生まれ育った所は、中学校に上がってからは給食でなく弁当持参なので、本当にガッカリしたものです。
学校行く気がなくなりましたが、しょうがなく勉強に集中することにしましたけど。(それが当たり前か。)
給食のメリットとして、それは各家庭の経済状態に関係無く、人格形成期の子供皆が同じものを食べることは良いことなのではないでしょうか?という思いがあります。
当時、仲が良かった友達が持参した弁当を隠すように食べている光景を思い出すと、今でも心が痛みます。
別に私は努力の有無に関わらずフラットであることが良いことだとは思っていません。
ただ、「大人になったら否応無く競争するんだから、小さい時くらいはそういうのやめようぜ。本人の責任じゃないんだから。」なんて思うだけです。
それをバネにして頑張るとかなんとか、まあ言うのは簡単ですけど。
あと多くの人が異論を唱えますが、給食ってムチャクチャ美味しいと思ってます。
なのでよく、隣の席の子のカレーを丸ごと盗み食いして先生に怒られたりしてました。
誰もお代わりしなかった時などの余りは勿論ビニール袋詰めでお持ち帰りです。
給食当番が階段でコケて一クラス分の料理をブチまけた時などは、ダッシュして汚れていないオカズを拾って家に持って帰りました。
だから自分が当番の時は意図的にコケました。(本当にやりました。2回ほど)
おかげでクラス全員の前に立たされながら学級会議にかけられ、給食当番から永久追放されましたけど。代わりに罰として教室の掃除当番。しかも一人で一ヶ月。酷いですよね?自業自得という説もありますが。
まあこのような利己的な振る舞いも、子供の頃の事なのでお許しください。(汗)
今は当然反省しておりますので。
でも、それくらい給食が好きだったのです。
当時私が食べていた給食はこんな感じです。
アルマイトの食器にスポーク(先割れスプーン)、懐かしいですね。
・ソフト麺
・トマト風味カレー
・脱脂粉乳
・ミカン
いずれ昭和の朝日町給食も再現してみたいと思います。
それから、妻が食べていた博多の給食も再現してみました。
・食パン
・鶏のから揚げ
・もやしと菜っ葉の炒め物
・牛乳(みどり牛乳の200mlパックが無かったので、奥羽そだち1ℓで代用)
<著名人からのコメント>
久々登場の武田金八氏:「博多の食べ物はなんでも旨いですけん!ふるさとを愛してますけん」
(内心の私:給食がマズくなるので、お願いだから黙ってててくださいね。)
お読みいただきありがとうございました。