私が接した天才達 | 朝日町shellのブログ

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こんにちは。


世の中には頭の良い人が沢山います。


ただ私が言う意味での「頭が良い人」というのは、単に勉強が出来るとか機転がきくとかいう人達ではなく、もっとこうなんというか、人間業を超えたような人達の事を指します。


例えば、昔の映画で「レインマン」や「グッド・ウィル・ハンティング」に登場する主人公のような人です。


「レインマン」の主人公、レイモンドはサバン症候群なのですが、床に落ちた楊枝の本数を瞬時に正確無比に数えたり、ラスベガスでカードを数えてブラックジャック勝負に連戦連勝したりします。

一度見たものは絶対に忘れずに正確に覚えていたりします。

(逆に忘れる事ができない。これはこれで、違う意味で苦痛ですけどね。)


「グッド・ウィル・ハンティング」の主人公は、生徒達がまず解けないはずの、MITの教授陣が数ヶ月考えて出した数学の問題を、ただの一清掃員であるのに、簡単に解いてしまいます。


上記は実際にあるケースをモデルにしているので、そういう人間が世の中には存在するという事です。


これ程までに極端ではありませんが、私が直接知っているケースでも天才っぽい人間はいました。


例えば、imidasを全部暗記しているとか、十数カ国語を短期間で覚えてしまう(お前は南方熊楠かよ?)、将棋で数百手先まで読んでいるとか、常人からすると凄い奴なんでしょうけど、じゃあ今何してるの?(答えは最後の方で)


天才達にそのような事を可能にさせているのは、一体どのようなメカニズムなのでしょうか?


私は昔、その件について考えた事があります。


そして一つの答え、それは天才はそれを学んだのではなく、創発させているということです。


要するに答えを自分の中から引き出しているということです。


アインシュタインが相対性理論を創造したというのは表現としては間違っていて、正しくは相対性理論のイメージは元々アインシュタインの中に在ったのです。

ただ、イメージだけでは誰にも説明できないので、イメージを数学で表現したのです。

その落とし込みの作業があったため、発表するまで十数年かかっただけで、アインシュタインが子供の頃に結論はあった訳です。


これはアインシュタインが弟子に語ったことです。


モーツアルトの音楽は神憑っていて、人間に創造できるものではありません。


モーツアルトの中に元々存在していた神様のリズムを楽譜に落とし込んでいたのが人間モーツアルトというだけの事です。


ここから締めに入りますが、天才に共通する性質が一つありますね。


それは何かが欠落している、例えば社会性に乏しいとか自閉症であるとか。


これは重要なヒントです。


社会性とは鎧の一種であり、フィルターです。


上記を犠牲にすることが、人間の潜在能力を引き出す近道なのだという事でしょう。


俗に言う、「馬鹿と天才は紙一重」というのはそういうことなのです。


だけど、それでは困りますよね。


だから私が出会った天才肌の人達は、社会性を身に付けるに従い「昔神童、今はただの人」におさまっていきました。


私が触れ合った神童(天才肌)みたいな人達は今、精神を病んでしまった一人を除けば、学校の先生さんやお医者さん、普通の会社員や官僚さんになっていたりして、全然目立たない存在になっていたりします。

(それはそれで、社会にとって重要なポジションではあるのは勿論ですが。)


最後に一言だけ言いたいことがあります。


それは、かつて彼らが放っていた凄まじいまでの才気溢れる輝きは、今の彼らには感じなくなったという事です。


ただし、「人間は最も深い部分で神である」という過去の偉人の教えは多分本当なのでしょう。


長いの嫌いなので、この辺で。