こんばんは。
前回の続きです。
職員室に入って、一礼後に英語の先生に事情を話したところ、協力いただけるとの事。
これで一歩前進かと思いきや、問題が生じました。
それは何かというと、先生がマトモに翻訳出来ないのです。
無理もありません、英語の先生は英語が出来るだけで、この様な分野の教育は受けていません。
企業家(起業家と訳されていますが企業家の方がしっくりくるので、こっち使ってます)などどいう言葉も知らないでしょうし、経済の仕組みなども疎いのでしょう。
日本語でさえ専門分野以外の事は普通分かりませんよね。
まあ、当時は子供ですし、そこまで考えが及びませんからガックリはしましたけど。
でも、私が衝撃を受けたのはその事ではなく、先生の次の言葉でした。
「こんな本は受験英語のテキストには向いてないから、役には立たないよ。」
それはあんまりでしょう、先生さん。
受験とこれは別問題。教条主義とはこのことか。
本来学習とは楽しいものであり、そして得られたものを通じて人に、社会に貢献する事以上の喜びは無いはずです。
それが自身の成長に繋がるという事を意識してた私は、何か得体のしれない恐ろしさを現在の教条的な教育システムに感じたのです。
しかも持ってきたのは、教条的なものを叩き破る側面を持つ企業家(アントルプルヌール)を扱う本。
企業家を定義したフランスの思想家、J.B.セイ、創造的破壊を提唱したJ.シュンペーターを度々引き合いに出す、ドラッカーの真意をこの様な形で体験した訳です。
その経験が一気に私の企業家に対する理解を加速させました。
ドラッカーの真意が体に伝わった訳ですから、その後急速に本の内容が見えるようになりました。
結果的に職員室での出来事が、私の人生を方向付けする事になったのです。
ドラッカー本の中で私が屈指の名著と思う本です。
左側が「新しい現実」、右側が「ポスト資本主義社会」です。
続く(長いの嫌なので、あと上限二回以内で)
