不登校は、絶望の入り口ではない
78件の感想を読んで、あらためて思ったこと
自分にとっては、いつの間にか「当たり前」になっていた9年間の話が、誰かの力になっている。
届いた感想を一つひとつ読みながら、どこか不思議で、そして、とてもうれしい気持ちになりました。
『学校へ行けなかった僕と9人の友だち』より
6月28日、不登校の道案内サイト「未来地図」さんの6周年記念オンライン講演会で、お話をさせていただきました。
講演前には70件もの質問が寄せられ、講演後には78件の感想が届きました。
アンケートでは、「大変満足」と「満足」を合わせて96.1%だったそうです。
小学校1年生から中学校3年生まで、ほとんど学校へ行かなかった9年間。
僕にとっては、自分の人生の中にずっとある経験です。
これまで何度も振り返り、漫画に描き、講演でも話してきました。
けれど、その頃の気持ちや家族との出来事が、今まさに悩んでいる方の力になることがある。
そのことを、今回の感想からあらためて教えていただきました。
「子どもの心の声として聞こえました」
感想の中に、「不登校経験者の棚園さんのお話は、子ども本人の心の声として聞こえてきました」
という言葉がありました。
ほかにも、
「焦りや不安が薄くなりました」
「本人が動き出すのを待って、応援していけばいいのだと思えました」
「親も自分の生活を過ごしていいと聞いて、『これでいいんだ』とスッとしました」
という感想をいただきました。
僕は講演で、「こうすれば不登校は解決します」という正解を話しているわけではありません。
子どもへの正しい声のかけ方や、学校へ戻るための方法を教えられるわけでもありません。
ただ、学校へ行けなかった一人の子どもが、当時どんなことを考え、何を怖がり、家の中でどんな気持ちで過ごしていたのか。
親や先生の言葉を、どのように受け止めていたのか。
自分の経験を通して、できるだけ正直にお話ししています。
子ども本人も、自分の気持ちをうまく言葉にできないことがあります。
僕の話が、目の前の子どもの気持ちを少し想像するきっかけになったのだとしたら、これほどうれしいことはありません。
伝え方を見直したいと思った感想もありました
もちろん、すべてが肯定的な感想だったわけではありません。
現在の家族についての話が、遠い成功談のように感じられたというご意見もありました。
それを読んで最初に思ったのは、「自分の話し方に問題があったのかもしれない」ということでした。
今、子どもの将来が見えず、苦しい時間の中にいる方には、僕の現在の生活が、まぶしく見えたり、遠く感じられたりすることもあると思います。
そう受け取る方がいることも、十分に理解できます。
次の講演では、伝え方を少し変えようと思いました。
僕が伝えたかったのは、結婚や仕事が人生の正解だということではありません。
当時の僕には想像することさえできなかった時間が、その先にも続いていた、ということでした。
僕は、大人になることはないと思っていました
中学校に入学して、すぐに学校へ行けなくなった頃。
僕は、自分が大人になることはないと思っていました。
20歳になる前に、この世から消えるしかない。
当時は、本当にそう考えていました。
漫画家になることも、結婚して家族と暮らすことも、人前に立って自分の経験を話すことも、まったく想像できませんでした。
だから今の生活について話すのは、それを自慢したいからではありません。
結婚することや夢をかなえることが、人生のゴールだとも思っていません。
そして、今の僕が何の悩みもなく、自信を持って生きているわけでもありません。
今も周りの目は気になりますし、人と比べて落ち込むこともあります。
仕事や将来についても悩みますし、悩み事は尽きません。
根本的には、学校へ行けなかったあの頃から、あまり変わっていない部分もたくさんあります。
大人になったから不安がなくなったわけでも、漫画家になったことで人生の問題がすべて解決したわけでもありません。
それでも、あの頃の僕には想像できなかった毎日が、その後に続いていました。
漫画を描いている時間。
家族と食卓を囲む時間。
誰かと出会い、笑ったり、悩んだりしながら暮らしている時間。
未来とは、悩まない人間になったり、今とは違う立派な自分になったりすることではないのかもしれません。
変わらない部分や不安を抱えたままでも、その先に思いがけない出会いや時間が続いていく。
今、先が見えない人にも、本人にも周囲にも、まだ見えていない時間が続いているかもしれません。
それは、結婚や仕事といった分かりやすい形ではないかもしれません。
その人にしか見つけられない暮らし方や、人とのつながり、安心して過ごせる毎日かもしれません。
今見えている景色だけが、その人の人生のすべてではない。
僕が現在の話をするのは、そんなことを少しでも伝えられたらと思っているからです。
不登校になっても、その子はその子のままです
不登校になったからといって、子ども自身が別の人間に変わってしまったわけではありません。
学校へ行かなくなった日も、その子はその子のままです。
学校は、子どもの生活にとって大切な場所の一つです。
けれど、学校へ行くことだけが、その子の毎日の価値や、これからの人生を決めるわけではありません。
親御さんが不安になるのは、当然のことだと思います。
勉強はどうなるのか。
進学や就職はできるのか。
このまま家から出られなくなるのではないか。
自分の育て方が悪かったのか。
自分が何かをしなければいけないのではないか。
そう考えてしまう自分を、責める必要はありません。
僕の両親も、何が正しいのか分からないまま、僕とぶつかり、悩み、七転八倒していました。
きれいに見守り続けられたわけではありません。
僕も、いつも穏やかに過ごしていたわけではありません。
そこには、たくさんの失敗や衝突がありました。
でも今は、その時間も含めて、家族が歩いてきた道だったのだと思っています。
子育てや不登校への関わりに、すべての家庭に当てはまる正解はありません。
うまくいったり、いかなかったり。
期待したり、諦めそうになったり。
近づいたり、少し離れたり。
そうやって七転八倒しながら進んでいく先に、その本人と、その家族にしかない、かけがえのない物語が続いていくのだと思います。
だから、今の毎日を、少しでも楽しく、大切に過ごしてもらいたいと願っています。
不登校は、絶望の入り口ではありません。
必要としていただける間は、話し続けたい
僕は、漫画家として作品を描くことを活動の軸にしています。
その一方で、小学校・中学校の9年間、ほとんど学校へ行かなかった経験を、今必要としている方にお話しすることにも、僕なりの役割があるのかもしれないと思っています。
その後も、一直線に進んだわけではありません。
迷ったり、立ち止まったりしながら、紆余曲折を経て今の自分があります。
だからこそ、今の僕に話せることや、信用してもらえる言葉もあるのかもしれません。
今回いただいた感想を読みながら、あらためてそう思いました。
本業の漫画を描くことを大切にしながら、これからもマイペースに。
必要としていただける間は、自分の経験を、できるだけ正直に話していきたいと思っています。
今、参加を迷っている方へ
不登校の当事者の方。
子どもとの接し方に迷っている保護者の方。
何もできていない自分を責めている方。
子どもの将来が見えず、不安を抱えている方。
学校の先生や、支援に関わっている方。
講演では、正解や解決方法をお渡しすることはできません。
ただ、学校へ行けなかった一人の子どもの内側を、一緒に見つめる時間にはできると思っています。
学校へ行けなかった頃、どのような毎日を過ごしていたのか。
親や先生の言葉を、どのような気持ちで聞いていたのか。
将来をどのように考え、その後どのように人や社会とつながっていったのか。
その時間を通して、今抱えている不安がほんの少し小さくなったり、目の前の子どもを見る角度が少し変わったりすることがあれば、うれしいです。
現在ご参加いただけるのは、阿久比町、常滑市、京都、茨城県で開催される講演会です。
会場だからこそ伝わる空気や、その場にいる皆さんと一緒に考えられる時間もあると思っています。
お近くで開催される機会がありましたら、ぜひ気負わずに足を運んでいただけたらうれしいです。
今後の講演会の予定や、お申し込み方法はこちらにまとめています。
●棚園の著作
●現在連載中の漫画
『ひみつ―佐世保事件で妹を喪ったぼくの話―』
大きな事件の陰で語られることの少なかった、残された兄と家族の「その後の時間」を描いています。
▶︎作品はこちら







