先日の常滑市での講演会で、質疑応答の時間に、こんな趣旨の質問をいただきました。
「棚園さんには、漫画や絵の才能があったから今につながった。でも、ほかの多くの子どもたちには、そんな才能があるわけではありません」
とても大切な質問だと思いました。
質問してくださった方は、講演後にInstagramでも講演会のことを紹介してくださり、その後少しやり取りもさせていただきました。
本当にありがたかったです。
この記事は、その質問に反論するために書くものではありません。
むしろ、あの質問をいただいたことで、
「なぜ自分は、この言葉を聞くと少しムキになってしまうんだろう」
と、自分自身の気持ちを考えるきっかけをいただきました。
「いや、そうじゃないんだけどな」
「棚園さんには絵があったから」
「好きなことがあったから、今につながったんですよね」
という言葉は、これまでにも何度かいただきました。
そのたびに、なぜか少しだけムキになってしまう自分がどこかにいます。
そう言ってもらえることを、嬉しく感じる部分もある。
でも、そのあとに、悔しさや、少し寂しいような気持ちも混ざってきます。
なぜだろう……。
そのことを考え始めたきっかけには、少し前の阿久比町での講演会で、
「不登校は贅沢病だ」
と言われた出来事もありました。
もちろん、この二つの言葉を同じものとして考えているわけではありません。
常滑で質問してくださった方は、不登校の子どもたちの将来を心配して、率直な疑問を投げかけてくださいました。
ただ、自分の中で動いた感情には、どこか似たものがありました。
たぶん、
「そう言われても、あのとき学校が苦しかったことは変わらない」
という感覚なのだと思います。
漫画は「未来への切符」ではなかった
確かに、自分は今、漫画家をしています。
学校へ行けなかった小・中学生の頃も、家でたくさん漫画や絵を描いていました。
今から振り返れば、
「学校には行けなかったけれど、絵という才能があって、それが漫画家につながった」
と見えるのかもしれません。
でも、当時の自分には、そんな未来はまったく見えていませんでした。
むしろ、
漫画や絵を頑張らなければ、自分には価値がない
くらいに思っていました。
学校へ行けない。
周りのみんなができていることが、自分にはできない。
その心の穴を、漫画や絵を描くことで必死に埋めていたように思います。
もちろん、描くことは好きでした。
楽しい時間でもありました。
でも、決してポジティブな気持ちだけで描いていたわけではありません。
20代になって、漫画の仕事がなかなかうまくいかなかったときは、本当に苦しくなりました。
漫画で結果が出ないなら、自分には何もない。
そう思い詰めて、「生きていても仕方がない」と本気で考えた時期もありました。
だから、
「絵の才能があったからよかった」
と言われると、
「そんな簡単な話ではなかったんです」
と、反射的に言いたくなるのだと思います。
好きなことを「人生のスーパーツール」にしなくていい
不登校についてお話ししていると、
「子どもの好きなことを見つけてあげた方がいいですか?」
「何か得意なものがあれば、将来につながりますか?」
と聞かれることがあります。
もちろん、好きなものがあるなら大切にしてほしいと思います。
でも僕は、好きなことや得意なことを、
人生を逆転させるための「スーパーツール」のように考えすぎなくてもいい
と思っています。
好きなことは、将来のためにあるとは限りません。
今日を少し楽しく過ごすためにあっていい。
苦しい時間を少し忘れるためにあっていい。
絵が好きだからといって、漫画家になる必要はありません。
ゲームが好きだからといって、将来の仕事につなげる必要もありません。
そして、好きなことが見つからなくてもいい。
何もする気になれず、ただ一日を過ごしている時期があってもいい。
その時間が、その子にとって少しでも安心できる時間なら、まずはそれでいいのだと思います。
特に、
「不登校なんだから、せめて何か好きなものや得意なものを見つけなければ」
とは思わないでほしいです。
不登校と才能は、別の話です。
未来を知らない時間を生きている
今の自分は、過去の続きを知っています。
学校へ行けなかった。
家で漫画を描いていた。
いろいろな人と出会った。
そして今、漫画家をしている。
だから、
「あの時間が今につながった」
と言うこともできます。
でも、当時の自分は、その未来を知りませんでした。
今まさに学校へ行けずにいる子どもたちも、そばにいる保護者の方も同じだと思います。
この先に何があるのか分からないまま、今日を過ごしています。
だから、
「この子には何があるんだろう」
「何か才能を見つけなければ」
と急がなくてもいいのではないでしょうか。
今回、質問してくださった方のおかげで、自分でもうまく言葉にできていなかったことを考えることができました。
漫画家になった今を見て、
学校へ行けなかったあの頃まで「大丈夫だった時間」に変えなくていい。
あの頃は、あの頃で苦しかった。
先なんて見えなかった。
それでも、その日その日を生きていました。
将来につながる何かが、今は見つからなくてもいい。
好きなことがなくてもいい。
まずは、
今日を少しでも安心して過ごせること。
そこからでいいのだと思います。
あわせて、今月は京都と茨城でも講演があります。
●8月21日(金)京都橘大学
「『好き』『夢中』が人生を支える理由
〜作業療法の視点から〜」
●8月30日(日)茨城県那珂市
「不登校の経験から伝えたいこと」
お近くの方、ご興味のある方がいらっしゃいましたら、ぜひお越しいただけたら嬉しいです。
それぞれの講演について、詳しくブログに書いています👇
(※すでに終了済みの講演もあります)
不登校の経験や感じ方は、一人ひとり違います。
僕がお話しできるのは、あくまでも、学校へ行けなかった一人の子どもが何を感じ、どのような人たちと出会いながら大人になったのか、という経験です。
それでも、その経験が、今、学校へ行けずにいる子どもの気持ちを想像するための、小さな手がかりになればと思っています。
ご本人、ご家族、先生、支援者の方はもちろん、不登校について少し知ってみたいという方も、どうぞお気軽にご参加ください。
今回書いたことと同じように、僕は漫画でも、気づかれにくい誰かの気持ちをテーマに描いていければと思っています。
家族を事件で失った方のその後を描く漫画『ひみつ』を、コミックバンチKaiで連載しています。
よろしければ、こちらからお読みください。
▼『ひみつ ―佐世保事件で妹を喪ったぼくの話―』








