漫画家・棚園正一|学校に行かなくなってからの僕の話

漫画家・棚園正一|学校に行かなくなってからの僕の話

漫画家。小1〜中3まで学校に行けなかった経験をもとに、言葉にならなかった時間や感情を作品にしています。不登校だけでなく、喪失や家族をテーマにした漫画も描いています。
最新作『ひみつ―佐世保事件で妹を喪ったぼくの話―』。講演活動も行っています。

漫画家・棚園正一のブログです。

連載作品のこと、
不登校を経験した当事者として考えていること、
行政や教育の場でお話ししている内容などを綴っています。

作品と講演、どちらも同じ地続きのテーマです。

声高に主張する場所ではなく、
少し立ち止まれる場所でありたいと思っています。

▶ 講演については「講演について」の記事をご覧ください。

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漫画家 棚園 正一



不登校・ひきこもり育児ランキング
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「見守ることが大事ですね」


不登校のことを話すとき、本当によく聞く言葉です。

たしかに、それはそうなのだと思います。

 

でも、
その言葉がやさしいぶん、
少し苦しくなる親御さんもいるのではないか

と感じることもあります。

 

最近、行政や地域の中でも、
不登校の子どもやその家族のことに
目を向ける動きが少しずつ増えてきたように感じます。

 

そういうテーマでお話しする機会も増えてきました。

 

 

その中で、
あらためて感じることがあります。

 

「見守る」という言葉の難しさです。

 

無理に学校へ引っぱっていかないこと。
もっともらしい正論で追い立てないこと。
本人のペースを大事にすること。

 

そういうことは、
不登校の時間の中では
とても大切なのだと思います。

 

でも、
「見守る」という言葉は、
やさしいぶん、
少し曖昧でもある気がしています。

 

親の立場からすると、
「見守るって、どこまで何もしないことなんだろう」
と苦しくなることもあると思うのです。

 

声をかけた方がいいのか。
そっとしておいた方がいいのか。
学校にはどこまで伝えたらいいのか。
相談先は探しておいた方がいいのか。

 

たぶん、
親御さんたちはもう十分すぎるくらい考えています。

 

何をしても、
これでよかったのかな、が残る。

 

その中で
「見守りましょう」と言われると、
言葉はやさしいけれど、
どうすればいいのかわからなくなることもあるんじゃないかなと思います。

 

不登校だった側の感覚でいうと、
「見守られている」と感じることと、
「放っておかれている」と感じることは、
少し違ったように思います。

 

ずっと踏み込まれるのは苦しい。
でも、何も届いてこないのも不安です。

 

だから、
「見守る」は
何もしないこととは少し違う

のだと思います。

 

今すぐ役に立たなくても情報を持っておくこと。
無理に答えを出させなくても、関係を切らさないこと。
必要以上に踏み込まなくても、
気にかけていることが伝わること。

 

そういうことも、
見守ることの中に入っているのかもしれません。

 

もうひとつ大事なのは、
お母さん、お父さんの方が
先に苦しくなりすぎないこと

だと思います。

 

不登校の時間は、
子どもだけではなく、
親の心も少しずつ削っていくところがあるように思います。

 

だから、
親が少し休めること。
責められないこと。
相談してもいいと思えること。

そういうことも、
子どもを支えることにつながっていくのだと思います。

 

「見守る」という言葉が、
ただ何もしないことの言い換えではなく、
気にかけることをやめない、静かな関わり方として
もう少し伝わっていったらいいなと思います。