中森明菜『FIXER』(album) | 半狂人の晩年

半狂人の晩年

石井恒の「生きていてわるいですか」


私はこのアルバムを、どこか宗教的な心持ちで聴き続けているの。
明菜教ということではなく、fixer260
悟りや誓いが込められた固い思いが貫き放たれ
それに導かれるようだから。
“生きる”------日本語曲9曲中7曲の詞に繰り込まれ
燠火のように発熱するこの言葉。
曲どうしそっと手を取り合い、
火を移すように、息づく命を手渡してゆくように。
バトンをつなぐように。
ロザリオの祈り、珠を手繰るように。
満ちゆく命が道を引かれゆくように、ラスト3曲では
“生きて行く/生きていく”…運命と思い定めるみたいに
未来へと唱えてゆくの。
そういう歌い手ではなかった!
もうあまりこの世の人ではなくなったような、あでやかで美しい亡国の王女のような伝説の明菜が
“生きる/生きていく”と歌い継いでゆく、思いがけぬうれしい不思議。
“鼓動” もそう。胸が高鳴る4曲。“鼓動”が続くと、高鳴りは増してゆく。
言葉だけではないの。
音像や意念、イメージも曲から曲へ手渡され、聴き手も手を取られて曲たちを巡りゆく。
曲調が地球を方々飛び回り世界旅行気分の前半、既発シングル内含曲が続けども
連なる熱い鎖は振り切れずに、巡り繰る。
歌詞カードに献花のようにめぐらされ咲きほこる花にも眩惑されて、
今の日本の世俗の感覚などすっかり別の世の瑣事のよう。

デビュー33年の燦爛も波瀾も、御歳もぶっとばす、ハイパー興奮剤的電子音の激湍!
大地の母の胎動、その果ての極みの痛みのように髄まで脈打つ、hushigi110
世界レベルの堂々赫々たるElectronic Hot Music!
しだいに照度や色彩を高めてゆく音像は、まるで復活劇のスペクタクル!
なのに、ファンへの感謝を謳ったとも取れる英語詞を
サビ風の“♫In The Shade Of L~ight”以外、
何語だかほぼ聴き取り不能の明菜語発音で歌いぬく非王道DIVA!
------1曲目「FIXER -WHILE THE WOMEN ARE SLEEPING-」の衝撃刺激のデカさは、crimson110
この1曲だけで『不思議』『クリムゾン』(1986)、
『resonancia』(2002)、『DIVA』(2009)など
歴代の一意専心入魂異世界コンセプトアルバムたちとおあいこなほど。
1994年、初代『歌姫』を聴いた時の感銘が記憶の地底湖からわき上がり、
中盤の掻き立てるようなギターソロでは、
雲の割れ間から微笑む太陽光に天上の高みへと招き上げられる幻覚。stock110
2015年、さらなるもう一つの明菜史が動き出したよう。
先行シングルが「unfixable」で、本アルバムが『FIXER』…
…こんなクールなアイデアをかましてくれる明菜だもの、
メディア露出がないのもいいかげんな噂どおりでなく、
単にカッコつけならうれしい血気方剛な霊魂の躍動!
“♫In The Shade Of L~ight”×3------------LIGHT AND SHADEでなく。utahime1-110
ステージ上の明菜……強いライト…
神秘の顔立ちの細い稜線は幻灯のように影を落とすのね。年を重ねるごと。
ライブ感の強さのせい?……“Shade”の中に自分がいるような気にもなるわ。
日本への出稼ぎ半島組のremixなんぞも手がける
LA在住Korean-AmericanのBrian Lee参与のこの1曲目から
浅倉大介的つまりT.M.Revolution的デジタル音メガ盛りで轟き荒ぶる2曲目resonancia110
「Rojo -Tierra-」へ、
世界水準、日本水準と趣致は違えど共にトランスをベースにした電子音猛撃追撃は、
絶倫爆唱歌曲集『Stock』(1988)さえ適わぬ
長い長い明菜オリジナルアルバム史上最上にハイな曲展開!
妥協など決して許さず極限までやり尽くさねば気が済まぬ情熱狂熱の歌姫、
極端で過激で凄烈な徹底主義はなおも不滅!diva110
やりきったわね。
聴けば、判る。私たちの大好きな明菜が、ここにいるわ。
これらの時流超越名盤『不思議』『クリムゾン』『Stock』
『歌姫』『resonancia』『DIVA』たちと同じく、
熱い片想いのようにひたすら聴き愛し炙られ続けているから、私は満たされて幸せ。

冒頭2曲の驚倒的熱波から3曲目「Endless Life」へ、炎のバトンが渡され、
明菜は“羽ばたく火の鳥”=不死鳥を歌う。
ひばりや百恵はキャリア終盤で記憶の不死鳥になったけど、
思いがけず明菜が有言実行?してくれそうなのも不思議……ええ、”喜びに満ち“ているわ。slowmotion80
デビューシングルB面「条件反射」から、ほんの前曲「Rojo -Tierra-」まで33年の人生一路、
明菜はひたすら歌に身を投じ浸して、主人公の女や楽曲の全景をありありと息づかせ、
灼熱から極北まで、
歌を演劇的/ドラマティックに聴かせ魅了し幻惑し耽溺させてきた表演芸術家。rojo80
明菜にはMusic Videoなんて要らない。
歌だけで聴き手の脳内スクリーンはたちまち迫真の明菜劇場名画座になるから……
……希代の歌唱冒険家は、6年半ぶりのオリジナルアルバムでも期待を超越し、
「Endless Life」で、もうこの世のアイデアではないような驚きの歌でおののかせてくれる。
曲スタート直後からラスト寸前まで4回どよめくサビは
一面の焦土と煤色の空に絶望するような重苦しい電子音がなだれひしめき、
火勢をやや収めたとはいえ依然ボウボウと燃え焼き尽くす炎の芯の焦げ色のような音色の中、
明菜は焦熱から身をずらし、
“♫La(さあ) Lai La La Lai La La Lai La Lai 心を踊らせて”ーーララ楽しげなこのフレーズを、
世俗の感情などとうに見限り、煩悩残夢すべて無く、
現世のエトランゼのように歌い鎮める非ドラマティック無我唱法!
五十路を迎え、なおもNEW AKINA!
サビ後の小康サウンドに守られ“悲しみ”“傷”を吐露しても、
続くサビ前フレーズで光線がしだいに増してゆくような音像を浴びつつ
“♫もう二度と………………しな~い”と生き方を決意しても、
悟道の高みに達したような無我唱法で歌い唱え貫き、
従来のように多情多感多恨なドラマにはしな~い。
5年前「特別な恋人」「涙のしずく」で年相応路線に傾きかけたものの
以降断ち人生など歌わぬ聖子は蚊帳の外に置き、生き方をテーマにしようもんなら
まりや「人生の扉」もユーミン「シャンソン」もみゆき「倒木の敗者復活戦」も、
熟女の実力をお聴き!とばかりにみんな感動の力作バラードを力んで歌い上げあそばす。
そんな熟女の類型からも身をずらし、想定外の曲想------暗灰色の電子音と無我唱法、
ドラマティックな半生に人知れず口づけするようにクール過ぎる人生讃歌を仕上げた明菜は…
やっぱり独創力の怪物。
これが、明菜道。導かれ続けてゆく。
後半、またもや雲間から注ぎ浄めるように投射されるインド音楽風フレーズと共に
“♫Believe in yourself~そう~情熱が沸きおこるの~”------あの頃ならきっと炎を歌ったでしょう。
NEW AKINAは情熱を、いま目覚めんばかりの原始の発熱のように。
そしてまた、それは旧市街の名画座でなく、辺境の地の実験劇場のように------------

------------サウンドは鎮火しすっかり冷えても
暗灰色の音像や実験性は続いたままの謎多き「unfixable」で北欧へ飛び、
続く明菜史上最高水準楽曲之一のフラメンコ「La Vida」では、北海から地中海まで
不思議な力のミステリーのように欧州を縦断し、特別な場所スペインへ。
ここまでの5曲が世界旅行気分なのは、時差ボケしそうなほど各々曲調が異なるゆえのみならず……
フェイントスパニッシュの浅倉大ちゃん作編曲「Rojo -Tierra-」以外の4曲に
程度に差はあれど、どれも外国人が濃密に関わってるからでもあるでしょ。
「Endless Life」「La Vida」の作曲/編曲者のkoshin(胡臻)は、上海出身の中国人でしかもまだ若いのに、
80年代半ば、数年後に沸いたブームに先駆けいち早くworld musicを織り込んだ明菜音楽に、
大海を越え遡り、正しい歴史認識を持っているよう。
インド~フラメンコという流れは、「ジプシー・クイーン」を意識してるかしら……
日本も世界も危なげに内向きになってる時下、
前半だけでも音楽性も作家たちも国際色とりどりのアルバムは------
“とにかくみんなを喜ばせたい、びっくりさせたい、飽きさせない” ------ええ、そのとおり。うれしい。

6曲目「雨月」以降は
日本の若い作家たちの曲を丁寧に、新しい歴史を織るように、祈るように歌い進んでゆくの。
恩を返すように聴こえる時があるのはなぜかしら?gypsyqueen90
「ジプシー・クイーン」(1986)以降、断続的に続けるこの新進作家登用慣習、
30年経っても揺るがぬこれも明菜道。
竹内まりや、(chara)、ユーミン&松本隆、中田ヤスタカなど
生き残りに焦るがごとく有名人と組みまくる近年の聖子とは
相も変わらずどこまでも相反した生き方のまま、死後もきっと永遠の妖女と永遠の少女のまま。
前作『DIVA』の日本制作曲群は同一人物作だったから、destination90
その前の『DESTINATION』(2006)に近い、ちょっと懐かしい聴き応え。
曲毎に作家は違えど、明菜世界の風格に鑑みて編まれた詞やメロディやアレンジ------
咲きほこる花を手渡してゆくような曲構成にそっと導かれてゆくわ。
「雨月」から「とどけたい ~voice~」へは“一輪”という詞、続く「欲動」へは“道”、
これら3曲の歌唱は、陽の光が朝もやに滲んでるみたいな響き。
少しかすんでいても、しだいに熱を帯びて射し迫り、涸れかけた王国の花を咲かせるように届くの。
その次の「kodou」へは曲調も含めた“動”、さらに“生きる”“導かれて”------と手渡されるものも息づいてゆき、
何より誰より得意なラテンロック調に血が騒いだのでしょう、
「kodou」では「ミ・アモーレ」起源の魅惑的緩急唱法------
------メロディや詞のアルマージに乗り、吐息まじりに声を虚空へ解き放ったり、
声を張って聴き手の領域にグッと踏み込んだり、めくるめくその連続技で眩惑させて虜にしてしまう------
まさに明菜らしいノリノリの歌唱が復活して、その嬉しいことといったら!
冒険歌曲もいいけれど、十八番曲を聴くのもいいものだわ。
気持ち良く歌えたから気に入られたのかどうか、「kodou」の作曲/編曲の宗本康平はfixer-s100
後にシングルカップリングなのに変則的1曲目「ひらり -SAKURA-」にも抜擢され…
…ハウス仕立てにしちゃったのは、“可能な限り自分を変えて、歌い方も変えて、
みんなに新しい中森明菜を見てもらおうって気持ちが一番”
と力説した
明菜のアイデアかもしれないけど。
次のシングルは…koshin(胡臻)くんの作曲/編曲で驚きたいわね…。

『DIVA』で熱い気持ち溢れやまぬ後衛曲を5曲も作った新屋豊、お久しぶりねだから?「雨月」は
ヘヴィすぎる内容&『I hope so』に入ってた?って空耳で飛ばし気味になっちゃうんだけど、
“生きていく”と繰り返す「Lotus」は、永遠の妖女をなおなまめかせ秘密めくメロディ&アレンジのせいか
明菜の歌声もつややかに濡れ、電子音胡弓と共に夢幻の仙境を舞い踊っているよう。
最後は、歌い慣れたはずの…川江美奈子作詞「Re-birth」で、ホッとしたように。帰り着いたように。
単に心温まるバラードで終わらないのは……spoon100
“♫友達が大きな夢を叶えた 自分のことのようにとても嬉しかった”と
これもシブい時代の佳作『SPOON』(1998)の「祝福」以来?
他者の幸せを祝うお題が含まれてるから。
私も嬉しくて。
“♫嬉しかった”のところで、やわらかにほころぶ笑顔がほのぼのと見える…見えるわ!
…川江氏のHP、明菜の名前があって然るべき処にないのね…それも明菜?…
オリジナルアルバムは最後暖色バラードでも、「Going Home」…どこかnervous?
「APRIL STARS」…ちょっとstylish?
こういう心ほころぶやさしい曲、はじめましてみたいに。
カバー曲では聴かせてくれていたやさしさを、オリジナル曲でもやっと聴けたみたいに。
敢えて分け続けてきたようなオリジナル曲とカバー曲の唱法が、ようやくふんわりとけ合って。
そんなドラマを見ることができて……私もまだ生きていくわ。
明菜に生きる力をもらう日が来るなんてね 嬉しい。幾重にも、嬉しい。