第3章 ⑤ ~治療装置~ |
-5日目- シャルアの病室
「トリガーは分かった。話を続けてくれ」
「では、私が艇内に戻ったところから」
シャルアの言葉を受けてリーブは時間を巻き戻した。
「シェルクさんにはそのままシエラ号の中から救助活動に従事して頂き、日付が変わった辺りに第一フェイズを終了としました。私も現場指揮を後詰の者に引き継いで、ユフィさんと合流し、シェルクさんを連れてここにやって来ました」
「まだ動けていたのか」
「ギリギリでしたよ。結局、この病室で気を失いました」
「あのヤブ医者は何と言っていた。診たんだろう」
「医者には何もできない、と」
「相変わらず嫌な男だ」
「旧知でしたね」
「腐れ縁だよ。その話はいい」
シャルアは少し眉を顰めて話を戻す。
「その後でシェルクを本部へ運んで治療装置を使ったのか。効果が有ったということは、マテリアは調達できたんだな」
「はい」
* *
WRO本部に着いてシェルクの搬送をユフィひとりに押し付けると、リーブは地下二階の第三研究室へ先行した。そこはシャルアが使用していた部屋の一つだった。壁際に備え付けられた人が入れる程の大きさのカプセルは、数日前までシャルア自身が入っていたものに似ていたが、機能はまったく異なる。
リーブはクラウドから受け取った木箱を開けて中身を取り出した。それはかつての旅の中で彼らが使用していたスピードマテリアだった。シャルアが作成したマニュアルを確認しながら、リーブはそれをカプセルの投入口へ入れた。
「リーブ!」
「おや、さすがユフィさん。早かったですね」
リーブは部屋に入ってきたユフィを振り向きもせず作業を継続する。
「こっち見ろ!どれだけ大変だったと思ってるんだ」
「半壊した建物の中、患者を一人で搬送するなどユフィさんにしかできません」
「一人でさせないでアンタが手伝えば良かっただけだろ!」
「私も心苦しかったのですが、御覧の通り多忙な身でして。ですが、おかげで準備が整いました」
「何の準備だよ」
「これです」
そう言ってリーブはユフィを隣へ促した。
「これ、WROの治療カプセル? こんなのでシェルクが治るの?」
「通常のものではシェルクさんに効果は無いでしょうが、これはシャルアさんが開発していたものですので」
「シャルアが?」
「シェルクさんが魔晄中毒になっている可能性を見越して研究を進めていたのです」
「さすがシャルア!」
ユフィが手を叩いてはしゃぐ。それを横目に見ながらリーブは思う。称賛すべきことに違いはないが、シャルアの凄まじさはそこではなかった。この治療装置がここまで形になっているのは、ソルジャーの適性有りとして拉致されたシェルクが今も生きていた場合に最も陥っている可能性が高い状況と想定され、且つこの程度で済んでいてほしいという現実的に最大限の希望を詰め込んだケースでもあったからだ。当然もっと悲惨な事態も想定された。そして、シャルアはそのあらゆるケースに対して並行して準備と研究を進めていた。生きてさえいれば絶対に自分が何とかしてやるのだという執念は、時に自らの身体の欠損でさえ研究サンプルとして扱わせ、リーブをして空恐ろしさすら感じさせるほどであった。
「ユフィさん、シェルクさんをこの中に寝かせてください」
リーブの指示に従ってユフィがシェルクを治療装置の中へ横たえた。リーブが装置を操作すると中のシェルクが青白く照らされ始めた。
「え、これって魔晄?」
ユフィが困惑する。リーブは首を振って答える。
「いいえ、似て非なるものです。魔晄を照射すればシェルクさんは一時的に再び動けるようになるでしょうが、浴び続けなければまた動けなくなってしまいます」
「じゃあコレは何?」
「さて、なんでしょうね」
「ナニ無責任なこと言ってるんだよ。何かも分からないものをシェルクに浴びせてるわけ?」
「そうなりますね」
「ふざけるな。今すぐ止めろ」
「これはシャルアさんが作ったものですよ。これが最善で唯一の手段なのです」
「そうかもしれないけど、仕組みくらい聞いてないの?」
「聞きましたよ」
「聞いてるのかよ!じゃあコレはナニ?」
「さて、なんでしょうね」
「リ~~~ブ~~~~!」
「分からないんですよ。私のような凡人には、聞いたところで理解できませんでした」
「だから分からないまま使ってるってこと?」
「人間の常ですね」
ユフィは黙った。分からないから分からない、そう言われてしまえば追及のしようもない。
リーブの言葉は半分嘘だ。今シェルクに何を浴びせているかは知っている。先ほど投入したマテリアから発せられる光だ。
「魔晄を浴びなければ身体を保てなくなる」とは、逆説的に「魔晄を浴びれば身体を保てる」ということであり、すなわち本来は活動不能であるはずの身体を魔晄の力で動かしているということである。
魔晄の力とは星の記憶する膨大な情報のことであり、シェルクは普段から星の記憶を借りて活動しているということになる。ただし膨大な情報を脳が処理しているわけではなく、あくまでも無意識的に身体に働きかけているものであるため、精神崩壊を引き起こすには至らない。これが慢性的な魔晄中毒患者が陥っている状態と考えられる。
その治療法としてシャルアが考えたのは、魔晄エネルギーが凝縮された物質であるマテリアを用い、マテリアを使用した状態で身体を保ちながら長期間に渡って徐々にその効果を薄めて、星の記憶を必要としなくなるようリハビリを行うと同時に体質改善を行うことだった。
シャルアが独自に開発した治療装置は、マテリアを外部から活性化させて発生させた光を照射することによって患者の一定時間の活動を可能にするものだ。魔晄との違いは、マテリアが星の特定の知識の凝縮体であることを利用し、情報量を制限している点であり、これによって身体にかける負担を軽減できると共に使用するマテリアを交換することで情報量を段階的に引き下げていくことが可能になる。
というのが、シャルアの学術的で難解な理論をリーブなりに解釈した理屈だった。そして、この治療方法を実践する時の最大の課題が、最初に使用するマテリアの質だった。純粋なライフストリームに近似するほどの情報量を引き出せる精錬されたマテリアなど存在するかどうかすら怪しい。星を救った英雄たちが愛用した一品でもない限り。それこそがシャルアがWROに所属する際にリーブに提示した交換条件の一つであった。
* *
「約束を守ってくれたわけだ」
「ええ。長らくお待たせしました」
「必要な時に用立ててくれたんだから十分だよ。ありがとう」
「くれぐれもこの話はユフィさんには内密に」
「バレていないわけないだろう」
「純粋さはユフィさんの美徳ですよ」
くだらない冗談を挟むリーブの顔を見てシャルアは嘆息した。