第3章 ④ ~因果~ | ヒツジとサボテン

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第3章 ④ ~因果~
                                       written by 未


 

  第3幕 ④ ~因果~
 
 
 
  -1日目- シエラ号




 リーブは隊員の一人を部屋の外へ呼び、他の者へは作業に戻るように告げた。誰もが戸惑いを残していたがリーブにはそれを収める術が無かった。リーブは隊員を連れて部屋を出ると、扉から十分に離れて立ち止まった。

「報告を。簡潔に」
「……局長が外に出られた後で、一人の隊員が管制室に入ってきました。無線が通じないので直接報告に来たと。所属と名前を名乗って状況報告を始めたところで言葉が止まって、どうしたのかと声を掛けようとした時、彼がおもむろに銃を抜いて」

 隊員はそこで言い淀むと、少しの間をおいて観念したように告げた。

「シェルクさんに向けて発砲しました」

 リーブは目頭を押さえた。隊員の報告は続く。銃弾はシェルクの肩を掠めただけだったが、反射的にシェルクが臨戦態勢に入って対峙した。発砲した隊員が続けて撃とうとしたのを別の隊員が飛び掛かって止めた。シェルクが敵ではないことを説明したが隊員は錯乱したように叫び続け、三人がかりで管制室の外に引き摺り出した。シェルクの前には別の隊員が立ちはだかり反撃しないよう懇願した。シェルクは一歩も動かず自分へ発砲した隊員が部屋から引き摺り出される様をじっと見ていた。発砲した隊員はしばらく叫び暴れ続けたがやがて力無く項垂れて艇を降りて行った。自分がそれを見届けて管制室に戻ると、シェルクは既に作業を再開していた。何と言葉をかけて良いかわからずいたところにリーブが戻ってきた。
 リーブは報告を聞き終えると指示を出した。シエラ号に乗っていた隊員をもう一人呼び、管制室の前に立たせること。直接報告にやってきた隊員の話はその者を通して聞くこと。そして管制室への不要な出入りは禁止する、と。
 なぜ、初めにその措置をとらなかったのか。叫びたい衝動を飲み込み、後悔の念を押し殺し、起こってしまった問題を棚上げにして、リーブはその後も救助作戦を継続した。

     *     *

「本当に、申し訳ない」

 リーブはシャルアに向けて深々と頭を下げた。

「予見できていたことでした」
「そうだな。だから局長もシェルクを早く戦場から遠ざけたようとしたんだろう。残ったのはあの子の我儘だ」
「利用したのは私の判断です」
「局長として正しい判断さ。その隊員はその後どうしている」
「翌日、直接話をしました」
「何と言っていたか、教えてくれ」

     *     *

 翌日、リーブは発砲した隊員を呼び出した。半壊した局長室に入った隊員の目は憎悪に燃えていた。処罰するなら好きにすればいいと吐き捨てる隊員に罰する気は無いと告げた。時間をかけてなだめ、落ち着いたところで話を聞かせてほしいと頼んだ。頑なだった態度が和らいだというよりは、単に意地を張る力すら失ったように、隊員はぽつりぽつりと話しだした。

     *     *

 恐かったんです。本物の戦場なんて初めてで。足がガクガク震えてました。
 でも、皆と一緒ならなんとか大丈夫でした。
 俺の隊は、なんか、距離感近くて。一番下っ端の俺が馴れ馴れしかったからかもしれないんですけど。
 馴れ馴れしくって、生意気で、偉そうで、口だけで。
 本当に、口だけで。
 俺、大丈夫って言ったんですよ。戦えますって。あんな奴ら、俺が全員ぶっ殺してやりますよって。隊長に怒られました。遊びじゃないんだぞって。生き残ることを第一に考えろって。シド艇長も言ってただろって。それから副長が、守ってあげるから安心しなさいって。俺は、子供扱いしないでくださいよって言いました。大活躍して俺がみんなを守ってみせますよって。
 結局、俺は守られて、みんな、死にました。
 俺、恐くて、動けなくなって。そしたら隊長が俺を物陰に押し込んで、ここで待ってろって。片づけて迎えに来るから、ここから動くなって。俺、声も出なくて、首だけブンブン振って、ずっとそこで蹲って待ってました。
 いつの間にか静かになってて、俺は外に出ました。
 夢だと思いました。
 俺は立ち上がって外に出たつもりだったけど。本当はまだ膝抱えてベソかいて、ブルブル震えてるんだ。だからこんなあり得ない夢を見てるんだって。
 こんな、みんな死んでるなんて。
 そんな、あり得ない夢を。
 蹲って、吐いて、涎と胃液と涙と鼻水を垂れ流して、這いつくばってみんなのところに行って、声かけて、肩叩いて、手を引っ張っても、誰も動かないんですよ。誰も何も言わないんですよ。目、開いてんのに。誰も、俺を見てないんですよ。
 最後の一人だけ、息がありました。副長でした。
 俺、ほっとして、嬉しくて、パニくって。大丈夫ですよ、すぐ助けが来ますよ、こんなのかすり傷ですよ、って喚きたててたら、副長が何か言ったのを聞き逃して。
 何ですかって。聞いたんですよ。
 いつもみたいに、呆れながら怒ってくれると思ったんですよ。
 でも、違って。
 よかった、無事だったのね。
 いい、よく聞いて。
 無線があった。
 戦闘終了。
 本部は状況把握後に救助活動に入る。
 あなたが報告しなさい。
 生存者1名。
 私は駄目よ。
 もうあなたの顔も見えない。
 報告しないと捜索対象になる。
 ここに時間を割いたら、他の仲間が助からない。
 あなたが無事でよかった。
 手が動かないの。
 報告を。
 お願い、ね。
 それっきりでした。命令出して、それっきり。動かないし、しゃべらないし。手も握り返してこないし。俺、思いっきり握ったんですよ。痛い、って。やめろ、って。怒ってくれるはずだって。でも寝てるから。抱きついて、俺、ほんとは副長のこと好きだったんですよ、やだな、恋愛感情じゃないですよ、なんつーか、家族愛みたいな、姉ちゃんみたいな、俺、兄弟とかいないんですけどね、本当はいたかもしれないけど、覚えてないし、父さんも母さんも五歳より前のことは知らないらしくって、でも俺のことはすげー可愛がってくれて、息子っていうよりは孫を可愛がってるみたいだったけど、それはそれで嬉しかったけど、友達が兄弟ゲンカとかしてんの見ると、なんか羨ましくって、俺も兄ちゃんか姉ちゃんほしいなって言っちゃって、父さんと母さんが困った顔してたからそれからは一度も言わなかったけど、でももしも姉ちゃんがいたら副長みたいな人だったのかなって、兄ちゃんがいたら隊長みたいな人だったのかなって、だから、俺、ごめんなさい、ひとりだけ隠れててごめんなさい、戦わなくてごめんなさい、見殺しにしてごめんなさい、口だけで役立たずの駄目な弟だから、お願いだから、怒ってくれよ。
 でも、何も言ってくれませんでした。
 俺、思い出したんです。俺は弟じゃなかった。この人は姉ちゃんじゃないし、あの人は兄ちゃんじゃない。あの人は隊長で、この人は副長で、俺は部下だ。副長は最後に俺に命令したんだから、俺はその命令に従わないといけない。
 俺は副長の装備から無線機を取り出しました。無線機からは聞いたことのない、子供みたいな女の声がしてました。俺は状況報告をしました。でも女には無視されました。何回言っても無視されて。頭にきて、無線機を投げつけました。無線機は瓦礫に当たって壊れました。
 それから歩き出しました。みんなを置いて歩き出しました。
 もうみんな死んでるから助けてはもらえないけど、みんな死んでるから家に帰すのを手伝ってもらわないと。
 途中、何人もすれ違いました。でもみんな負傷者の救助中か捜索中で。それを邪魔したら命令違反だから。俺は歩きました。
 歩いて、あの飛空艇に入って、そしたら。
 敵がいた。
 敵がいたから、ほら、殺さなくちゃいけないじゃないですか。
 だから引き金を引いたら、なぜか俺が取り押さえられました。
 みんなおかしいんですよ。敵を生かしておいたらみんな死んじゃうのに。隊長や副長やみんなみたいに。
 妹? 被害者?
 何を言ってるのか理解できませんでした。
 敵なんだから。殺さなきゃ。
 殺さなきゃ。みんな死ぬ。
 俺が殺さなかったら、みんな死んだ。
 俺が逃げたから。
 俺が戦わなかったから。
 俺は今度こそ殺さないと。
 だって。
 あの人たちが死ななきゃいけない理由なんて一つも無かったんだから。
 俺が逃げ出したこと以外には。

     *     *

「その時に何を口走ったかは覚えていないが一つ謝罪する気はない、処分なら甘んじて受ける、と」

 そこまで伝えてリーブは話を締めた。
 シャルアは一言だけ、そうか、と応じた。 

 

 

 
                                         to be continued
 
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