第3章 ③ ~過失~ | ヒツジとサボテン

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第3章 ③ ~過失~
                                       written by 未


 

  第3幕 ③ ~過失~
 
 
 
  -1日目- 七番街スラム シエラ号





 リーブがシエラ号のブリッジに入ると、数名の隊員たちが慌ただしく作業を行っていた。作戦開始時にシエラ号に搭乗していた者たちだ。

「進捗はどうだ」

 リーブの声に振り向いた隊員は傍らにいるシェルクを見て目を丸くした。

「局長。シャルアさんは第一陣の飛空艇で搬送中です。陸路で追うにも空き車両はここには」
「彼女には引き続き救助活動のサポートをしてもらう」
「え、でも。そんな」
「気遣いは無用です。私が申し出たことです」

 シェルクが言葉を挟み隊員はなおさら戸惑った顔でリーブを窺う。

「報告を」

 リーブは目で頷き話を切り上げる。
 隊員は短く息を吐くと姿勢を正し敬礼をすることで強引に思考を切り替えた。

「通信テストは完了しました」
「調子は」
「実用に堪える水準です。現在はノイズ低減のための調整を継続しています」
「出力は維持できそうか。この艇の動力は失われていたはずだが」
「予備燃料を非常用発電機に回しました。ブリッジの機器の使用には支障ありません。ただし飛ぶのは無理ですね。メインリアクターはどうしようもなく、整備クルーもお手上げ状態です」
「通信が可能なら良い。各部隊からの報告はどれくらい集まっている」
「受信が六割、うち八割は入力済みです」
「まだ半分か」
「侵攻作戦終盤の情報も併せて入力し人員分布の全体像の構築を進めています」
「アップデートを急げ。戦闘が継続している地域は」
「中規模のものが二カ所。こちらは手を焼いているようです。他にも小競り合い程度のものが各地で発生しています」
「撤退戦は深追い不要だ。中規模戦闘地域に付近の部隊を集結させ速やかに掃討。周囲の安全を確保し負傷者の搬送と行方不明者の捜索に注力する」
「了解」

 隊員は再度敬礼すると、踵を返して他の者たちへの指示を始めた。
 リーブはシェルクに向き直る。

「彼女達が部隊から集めた情報をインプットします。あなたはそのデータを統合し分析してください。目的は三つ。捜索部隊の再配置、輸送部隊のルート策定、搬送先の割振り。人命最優先で最適化してください。レポートラインは作戦開始時と同様とします」
「わかりました」

 シェルクは頷いて席に座った。インカムを装着し横並びのモニターを確認する。左にはミッドガルの地図の上に大小様々な円グラフが点在し、右側には部隊別の隊員リストが表示されている。シェルクがキーボードに指を走らせると、地図は広域化され、近隣都市の医療機関の病床数、輸送班の現在地、移動先と所要時間といった情報が呼び出された。一頻り目で追うと指が踊り、今度はミッドガルの東側がクローズアップされ道路情報が更新されて車両の通行できないルートが潰されていく。次に南、西、北と時計回りに一巡し、縮尺が戻されると地図上に表示された車や飛空艇を模したアイコンが三百六十倍速でカウントアップするタイマーと連動して目まぐるしく動き出した。
 その作業の驚異的な速度に目を奪われている隊員たちにシェルクが声をかける。

「緊急度の高い確認事項の一覧を送りました。優先的に入手してください」

 隊員たちは自身のモニターに目を戻して表示されている一覧に目を丸くすると、すぐに上から順に潰し始めた。
 そんな管制室の様子をリーブは俯瞰する。シェルクの情報処理能力は救助活動の効率を引き上げるだろう。残るからには最大限役立ってもらわねばならない。
 さて、ひとまずは問題ないが、まずは――。
 その時、リーブのポケットで携帯電話が震えた。取り出して発信者の名前を確認すると、リーブは隊員に声を掛けた。

「少し外す。引き続き頼む」

 隊員からの返答を背で受け、リーブは管制室を出て応答ボタンを押した。

「もしもし」
『リーブか』
「はい。何かありましたか、クラウドさん」
『レリーフが見つかった』

 叫びそうになる喉を手で無理やり押さえつけて息ごと止める。
 手の力をゆっくり緩めてひとつ呼吸をする。

「少々お待ちを」

 リーブは通話口を押さえ、通路を歩き階段を下りそのまま飛空艇からも降りた。さらに数十メートル離れて近くに人がいないことを確認し、念のために搭乗口を視界に収めながら携帯電話を耳に当てた。

「お待たせしました、クラウドさん」
『何かあったのか』
「リスクヘッジですよ。あなたの口から飛び出す爆弾が怖かったので」

 もしも最悪のケースの報告であった場合、平静を保てる自信はリーブには無かった。そんなものを決してシェルクの前で聞くわけにはいかない。

「それで、ヴィンセントは」
『生憎、見つかったのはレリーフだけだ。』
「何処で」
『六番街スラム』

 リーブは振り返って廃墟の奥を見た。六番街はシエラ号の不時着した七番街から見て南にあたる。

『外縁部の瓦礫に引っかかっていたらしい』
「よく見つけましたね」
『全くだ。変なところだけ目が利く。……分かったから、少し黙っていてくれ』
「誰か近くに?」
『発見者だ』
「あたなではないのですか」
『俺より探し物が得意な連中だ。報酬をよこせと喚いている』
「……ポケットマネーで工面します。彼らに協力を仰いでください」
『――――。お前の指示を聞く気は無いそうだ』
「では一つだけ。ヴィンセントの所在について彼らの見立てを聞いてください」
『――――。ミッドガルの外だろう、と言っている』
「根拠は?」
『こいつらのリーダーが外に向かったそうだ』
「そうですか。クラウドさんは今どこに?」
『一番街だ』
「では、引き続きミッドガル内の救助活動をお願いします」
『了解した』
「それからもう一つ」
『何だ』
「配達を一件お願いします」
『……聞こう』

 用件を伝えリーブは携帯電話を閉じた。南西の山の稜線を睨みながらリーブは頭の中で情報をまとめる。

 ヴィンセントが銃につけていたレリーフが六番街の外れで発見された。
 発見者はタークスだろう。無人のはずのミッドガルにいて、レリーフが何であるかを知っていて、尚且つクラウドに報酬を要求するような人間など他にいない。ルーファウスの命令で動いていたのだろう。目的は危機の後を見越した情報収集、だけではないな。戦争経験の無いWROのお守りが本命か。
 六番街は地上部隊の突入地点だ。敵も分厚い防衛線を敷いた激戦地だが、突破してしまえば攻略に最も時間を割けるのが六番魔晄炉だった。だから六番魔晄炉はWROだけで担当し、クラウドたちは少数の部隊を連れてより遠くのエリアを目指した。それに気付いたタークスは六番街に残り、影からWROをフォローしていたのだろう。
 彼らの見立てではヴィンセントはミッドガルの外に飛ばされたという。確証が無いにも関わらず自信は有りそうだ。見えたのか。いや、シドが視認できなかったものが彼らに見えたとは考え難い。飛ばされる姿が見えていないのなら、見えたのは落ちてくるレリーフだけ。つまり、彼らはあの瞬間も六番街にいた。
 レリーフの発見は全くの偶然か、降り注ぐ魔晄を見上げた時に落下する異物が反射した光に気付いたのか。いずれにせよ、レリーフは見つけたが本人の姿は無かった。ヴィンセント自身が消滅するほどの熱ならレリーフだけが形が分かる状態で残るはずがない。視認できない速度で街の内側へ弾き跳ばされたのなら、その衝撃と破壊に間違いなく気付く。ならば落下音に気付かないほど遠く、つまり街の外へと飛ばされた。そう判断するのが妥当だ。
 それをクラウドを通してリーブに伝えた。これはルーファウスの判断だろう。彼らが既に外に向かったという情報で、間違ってもWROの人手を割くなとリーブに釘を刺したのだ。
 限られたリソースで捜索範囲を広げれば効率は落ちる。効率が落ちて人が死ねば、残された者は感情の行き場を求める。最大の功労者といえどもたった一人のためにその他の大勢が命を落としたとなれば組織の長の判断としては誤っており、運営や指揮系統に異論が湧く。それがまだルーファウスにとって望ましくないのだろう。
 南西には山がある。さらには、山を越えれば海がある。さすがに海まで飛ばされたとは想像し難いが、あの衝撃だ。円状に払われた雲から推測される初速。発生したであろう気流。最後に見た姿が飛行を可能としていたことも踏まえれば有り得ないとは言い切れない。いくらタークスといえども山中の捜索は困難、海に落ちれば不可能に近い。
 それでも、元々は何の手立ても無かったことを思えば、微かでも希望が湧く。

「どうかご無事で」

 白々しい言葉を吐いて未練と決別する。
 これでもう自分の意思の及ぶ範囲でヴィンセントを捜索することは無い。
 ヴィンセントだけではないのだ。自分が死地へと送り出したのは。
 最善の采配と信じる。結果は出てから受け止める。
 だから、やることは変わらない。
 リーブは両頬をはたいて気持ちを切り替えると、シエラ号へと戻るため踵を返した。

 乗組員に通話の内容を気取られないために念を入れて下船しただけだったが、戻ろうとすると思いのほか距離が空いていた。通話を始めてから知らず知らず歩を進めてしまっていたようだ。逸る気持ちのまま駆け足で戻るその視線の先に、シエラ号から出て来る男性隊員の姿が映った。彼は手に持っていたものを地面に叩きつけ何事かを叫ぶと、旧市街地の方へと走り去って行った。
 途端にリーブの額から汗が流れた。
 足を速めて搭乗口へと戻り、投げ捨てられたものを見つけて拾い上げる。
 拳銃だった。
 リーブはシエラ号へと飛び込み、階段を駆け上がり、通路を進み、管制室の扉の前に立った。
 汗を拭い、息を素早く整えて、扉を開けた。
 キーボードをたたく音が一つだけ響いていた。音の出所でシェルクが黙々と作業を続けていた。それを取り囲むように隊員が数名、残りの者たちが自らの席の近くで、皆困惑したように立ち尽くしていた。

「あ、局長!」

 リーブに気付いた隊員が駆け寄って来る。
 そこに別な声が割って入った。

「リーブ・トゥエスティ」

 リーブはシェルクを見た。
 シェルクはモニターを見たままだった。

「皆に作業に戻るように指示を。あなた方には時間がないはずです」

 シェルクの見つめるモニターがエリア別の負傷者情報を更新し続けている。
 それを打ち込むシェルクの左肩が線上に赤く汚れていた。

 リーブは目を閉じた。

 

 

 
                                         to be continued
 
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