最近、「研修医がSMA症候群を見落として16歳男児が死亡した事例」がニュースになりました。SMA症候群とは上腸間膜動脈(SMA)と大動脈の間に十二指腸が挟まって消化管の通過障害をきたす病気です。救急をやってきた医者なら、このニュースを見てたいがい「なんじゃこりゃ」と思ったことでしょう。確かにSMA症候群は消化管の通過障害の原因になるため、適切に対処しないと病態が悪化しますが、誤解を恐れずに言えば、簡単に死ぬような病気ではありません。なぜなら食べれなくても飲めなくても点滴すれば脱水や低血糖を改善させられますし、通常はそうして状態を安定させたうえで胃管を挿入したり必要ならば手術を行うという流れになるでしょう。「初診でSMA症候群が診断されなかったから死亡した」というのは、救急医の常識からしたら有り得ないんですね。救急医は原因に関わらずまず状態を安定させ、その場で診断がつかなくてもその後の検査や治療的介入を考えるのが仕事です。

そんなことを考えていた時に、まさに「我が意を得たり」と思える記事がありましたので紹介します。

 

『6月18日の朝刊を読んで目を疑い、渦中の日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院(以下「名古屋第二日赤病院」)のウェブサイトに掲載されている報告書を読んでその「疑い」は「怒り」へと変わった。

 「上腸間膜動脈(SMA)症候群を救急外来で研修医が誤診して、それが理由で患者が死亡した? 病院は研修医の責任を認めた??」

 こんなことあっていいわけがない。これは完全な誤解・誤報である。もちろん、報道や病院報告書から得られる情報には限りがあり、僕が知らない「現場の空気感」や「記録に残らないやり取り」があるのは承知している。

 ただ、今得られる情報を検証する限り、研修医に(ほぼ)罪はなく、病院の対応の方にいろいろと疑義があり、報道している多くのメディアはまるで分かっていない。そのことを僕の情報発信力の全てを使って伝えなければ……。そう考えて本稿を書くことにした。

 まずは報道から事件を振り返る。

2023年5月28日(日)早朝
 当時16歳の男子が腹痛、嘔吐、下痢などで名古屋第二日赤病院の救急外来を受診。診察した2年目の研修医はCTで胃の拡張を認めたが、採血結果などからは脱水の進行を示す異常値を認識せず、急性胃腸炎と“誤診”し帰宅させた。
 
同日昼
 男子は症状が改善しないため再来院したが、別の2年目の研修医が「新たな症状はない」と判断し、翌日に近くの医療機関を受診するよう指示した上で帰宅させた。

5月29日(月)
 (研修医の指示通り)男子は近くの医療機関を受診し、緊急処置が必要と判断され、名古屋第二日赤病院の消化器外科に紹介され受診した。消化器外科の担当医はSMA症候群を疑い、腸閉塞の治療が必要と考え(緊急手術は不要であると判断し)、同院の消化器内科に紹介して入院することになった。

 もしも研修医の誤診で死亡したというのなら、「消化器外科を紹介受診した時点で既に手遅れで、前日に入院させなかったことに重大な過失がある」と考えられることになる。しかし、最終診断がSMA症候群であったかどうかに関係なく、この事例で研修医が患者を帰宅させたことに過失があったとは思えない。なぜなら、(1人目の)研修医は「緊急入院や緊急手術の適応はない」と判断し、(2人目の)研修医は翌日の近医受診を促しているのだ。もしも、翌朝までに急変して重症化したというのなら、研修医の対応に問題があったことは否めない。だが、翌日の入院時に対応した外科医は、緊急手術の適応はないと判断し、消化器内科に紹介しているのだ。

 そもそもSMA症候群は救急外来で診断をつけなければならない疾患ではない。この疾患は総合診療科のカンファレンスでしばしば取り上げられる、いわば「ピットフォール」のような存在だ。たいていは若いやせた女性で、嘔吐を繰り返すことから摂食障害と誤診されていることもある。日経メディカル Onlineの読者は医療者であることから病態の詳しい説明は省略するが、SMA症候群とは2つの動脈(腹部大動脈と上腸間膜動脈)の間に十二指腸の一部(水平脚)が押しつぶされるようにはさまれて通過障害をきたす状態を指す(図1)。極度のるいそうにより、本来なら十二指腸をクッションのように取り囲む脂肪が少なくなりすぎることで生じるのだ。
 

 では不幸にも男子が死亡した真の原因はどこにあるのか。名古屋第二日赤病院の報告書を見てみよう。2日目に同院の消化器外科から紹介され、消化器内科に入院してからの経緯について、以下のように記されている。

 「大きな電解質異常がないことから、胃管挿入はなされず絶食と補液を治療方針とし、改善がなければ後日追加検査を行う方針としました」

 そして、その次の文章は下記の通りだ。

「入院から3時間後、患者さんに冷汗と脈拍触知微弱、大量嘔吐がありました。その時点で点滴と胃管挿入を準備しましたが、患者さんに過活動性せん妄(末梢静脈ルート自己抜去、医療者への危険行為、病棟内徘徊などの異常行動)が出現したため治療継続が困難と判断し、ご家族に来院を依頼しました」

 通常「補液」とは点滴で水分を補うことを指す。最初の文書では「補液を治療方針とし」と書かれ、次には「その時点で点滴(と胃管挿入)を準備しました」とされている。ということは「その時点」までは点滴をしていない、つまり静脈路を確保していなかったことを意味する。

 ということは、最初の文章は何を意味するのか。この日本語を広義に解釈すれば「補液を(いずれ行うという意味での)治療方針とし(現時点では補液せずに)……」と読めなくもない。だが、「補液を治療方針とし」を素直に読めば、入院と同時に静脈路が確保され、補液が開始されたと解釈されるだろう。「この報告書には何かごまかしがあるのではないか」というのは言い過ぎか……。

 しかし、補液開始が多少遅れたとしても、また胃管の挿入が遅れたとしても、それが死因につながるとは考えにくい。実際、家族が来院した後、点滴ルートは再確保され、脱水の補正が図られている。報告書の続きを見てみよう。

「(前略)(患者には)易怒性が残っていたため、当番医は患者さんの年齢を考慮し鎮静剤を通常の半量投与しました。なおせん妄が助長される恐れから、胃管挿入は行いませんでした。その後、患者さんが発熱し解熱剤を投与しましたが、投与後も眠れていないのを確認したため、看護師が残りの鎮静剤を投与しました。また、心電図モニターについても体動制限がせん妄の助長となると考え、装着せずに退室しました」

 ここまで正直に報告してもらえるとかえって好感が持てる……、というのはもちろん皮肉だが、はっきりしたことは次の3つだ。

#1 胃管は挿入されなかった
#2 せん妄を抑えるための鎮静剤(内容は不詳)が使われた
#3 心電図モニターが装着されていなかった


 ここから先は推測になるので本来なら現場を見ていない僕が発言すべき内容ではない。だが、この事実を白日の下にさらし、真実をはっきりさせないことには、くだんの研修医の威厳が取り戻せないと僕は考えている。だからここにあえて私見を述べることにする。もちろん文章の責任はすべて僕が負うし、反論は随時受け付ける。

 まず、胃管を挿入しないということは胃内の減圧ができず、嘔吐、誤嚥、さらには窒息のリスクがあることを意味する。意識がしっかりしていれば、嚥下反射、嘔吐反射共に正常に機能すると考えられるが、鎮静剤が使われるとこれらの反応が鈍くなる恐れがでてくる。しかし、誤嚥や窒息が起こったとしても、クリティカルな状態になれば、心拍数の変動、呼吸数の低下、血圧低下といったバイタルサインの異常が検出されるため、モニターを装着していればそういった情報は速やかにナースステーションに届けられる。

 その日の深夜に心停止となり、16日後に死亡が確認されたという。この16日間にも胸部X線やCTなどが撮影されているはずだ。名古屋第二日赤病院にはそれらの画像データや、使用された薬剤(特に入院当日の鎮静剤は何がどれだけ使用されたのか)を明らかにする義務があると思う。

 メディアの報道では研修医の誤診で16歳男子が死亡したことになっている。例えば朝日新聞の記事のタイトルは「研修医が急性胃腸炎と誤診、16歳の高校生死亡 名古屋の第二日赤」だ。同院の報告書のタイトルは「SMA症候群を適切に治療できなかったことにより死亡に至らせた事例について」とされ、このタイトルからは「補液が遅れたこと」「胃管を挿入しなかったこと」「モニターなしで鎮静剤が投与されたこと」が伏せられ、あたかもSMA症候群の見逃しが死因だと主張したいように受け取れる。記者会見では遺族のコメントも読み上げられたが、そこには「研修医の勝手な判断・誤診がなければこのような結果になっていなかった」とあった。遺族の気持ちもよく分かるが、病院側は遺族に一体、どのように説明をしたのだろうか。

 研修医を守らねばならない。』

 

以上です。これは谷口恭先生の寄稿ですが、私もこれに完全に賛成です。救急で対応した研修医は、その時点ですべきことはしたと考えます。だって入院となっていた時点で「大きな電解質異常がないことから、胃管挿入はなされず絶食と補液を治療方針とし、改善がなければ後日追加検査を行う方針としました」ということですから、この時点でも緊急で対応する必要はないと判断されたことになります。それより1日前に診た研修医たちの責任にするとか滅茶苦茶ですよね。この件がきっちり精査され、ちゃんと救急としての仕事を果たした研修医たちの名誉が回復されることを願ってやみません。

名古屋第二日赤の“誤診報道”、SMA症候群を救急外来で診断する必要はない:日経メディカル (nikkeibp.co.jp)