ちょっと前から溶連菌性咽頭炎が増えています。最近、発熱やのどの痛みで外来に来られた方は「のどが赤いので溶連菌を見ておきましょう」と言われて検査された方も多いでしょう。結構陽性率も高く3~5割は陽性になる印象です。普通の溶連菌感染ならそれほど怖くはないですが(と言ってもリウマチ熱や急性糸球体腎炎などの原因になるため、しっかり抗菌薬を服用することが必要です)、劇症型ではショックと多臓器不全を伴い、致死率が25%にも達するというとんでもない病気です。最近、それを理由に北朝鮮がサッカーのW杯予選をキャンセルしましたね。北朝鮮には他に優先すべき医療、保健の問題が多々あると思うのですが。

今日ご紹介する記事は、その劇症型溶連菌感染症(STSS)が最近になって激増している理由を考察したものです。長文なので所々とばして引用します。

 

『2023年末から2024年にかけて、劇症型溶血性レンサ球菌感染症STSS)の報告数が急増している。一体、その背景には何があるのか。これまでの統計データや研究結果を基に、「現時点で考えられること」を専門家に聞いた。

 

~中略~

 

2006年以降、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行前の2019年まで、報告数は増加傾向を続けた。ただし、この期間の増加について、富山県衛生研究所所長の大石和徳氏は「STSSに対する医師の認知度の上昇に伴う、報告数の増加が影響していたかもしれない」と推測する。

 COVID-19流行後の2020〜2021年には報告数が減少したが、2023年には、941例まで再び増加した。注目すべきは、2024年の第9週(2月26日~3月3日)までの報告数が422例だったことだ。STSSの報告数の変化に季節性は認められないため、今後も2024年第1週から第9週と同様のペースで報告があると仮定すると、2024年の年間報告数は約2500例と推算される(図1右)。この数は、届出が始まって以来、過去最高を大きく更新するだけでなく、2019年、2023年の2倍以上となる。

 2019年から2024年第9週までの、週ごとの報告数の推移を見ても、2023年末から2024年初の増加は顕著だ。各週の報告数には報告遅れ分が含まれるため、実際に診断された週よりも後の週に計上されている症例があるものの、図2からは、2023年の第4四半期頃から報告数と報告時死亡数が増加していることが見て取れる。なお、報告数に占める報告時死亡数の割合は、2022年以前で最も報告数が多かった2019年と2024年でともに約25%であり、現状では発症者の死亡率には大きな差はないと考えられる。

 

~中略~

 

感染症の流行が経年的に大きく変化する主たる要因は、(1)社会環境の変化、(2)宿主側の変化、(3)病原体の変化──に大別できる。2023年末から2024年初にかけて注目された、いくつかの市中型感染症の流行は、(1)社会の変化として、コロナ禍で激減していた人々の移動や対面でのコミュニケーションが再び活発化したことの影響を受けたと言えるだろう。東京医科大学微生物学分野客員研究員(元北里大学大学院感染制御科学府教授)の生方公子氏は、「2009年に国内で初めて確認された新型インフルエンザ(H1N1)例は、カナダからの帰国者であった。呼吸器系感染症の病原体はヒトの移動ともに拡散する」と、社会の変化による影響を指摘する。

 加えて生方氏は、(2)宿主側の変化として、「2020年初から始まったコロナ禍によって、人々がマスク着用や手洗いなどの感染対策を励行した結果、他の細菌やウイルスへの曝露機会が減り、それらに対する免疫能が低下している可能性」を指摘する。「ヒトは本来、様々な病原体に曝露され、免疫を獲得し維持していくものだが、コロナ禍でその機会が大幅に減った結果、GAS感染症の中でも短時間で急速に重篤化するSTSSが増加しているのではないか」と生方氏は懸念を示す。

 

~中略~

 

このSTSSの急激な感染者数の増加には(3)病原体の変化が関わっているのだろうか。複数のメディアが「海外で流行している株が国内でも確認されている」と報じているが、2023年末から現在のSTSS報告数の増加にどれほど影響しているかは、現時点でははっきりしない。

 近年国内でも確認されている「海外で流行している株」とは、GASのうち、M1UKと呼ばれる株だ。これは、以前から国内で認められているM1株に遺伝子変異が入ったもの。

 生方氏によると、そもそもGASはヒトの上皮細胞に付着し組織へ侵入するための繊維状のM蛋白質を菌体表面に保持し、抗オプソニン活性を示すことが特徴だ。現在、M蛋白質は遺伝子解析(emm型という)で261種類に区別されるが、「M1株はemm1型で特に病原性が高いことで知られる」(生方氏)。その理由として、M1株は他のGASが保持しない補体性溶菌阻害物質(Sic)を産生することが挙げられる。Sicの産生は、酸素の少ない嫌気的環境条件下、すなわち末梢の組織内でその産生が急速に高まり劇症化することに関わる。これがM1株で他のタイプよりも劇症型が有意に多い理由と推定される。M1UKは従来のM1株の亜系であるが、病原性が変化したのか、それとも宿主側の免疫能の低下などに起因して報告数が増加しているのか、どちらのウエートが高いのかはさらなる解析が必要と言えそうだ。

 

M1UK系統株は、遺伝子変異によって従来のM1株が持つスーパー抗原(T細胞を強力に活性化させる抗原)の発現量が増加すると報告されていることから、「従来のM1株より炎症を強く惹起する可能性がある」と語るのは、大阪大学大学院歯学研究科微生物学講座講師の広瀬雄二郎氏。さらに、海外においてマクロライド系抗生物質やテトラサイクリン系抗生物質に対する薬剤耐性遺伝子の検出率の上昇がM1UK系統株で確認されている。ただし、「国内でのM1UK系統株の出現がSTSSの増加に影響を与えるかは、交絡因子を調整して検討する必要があり、現時点では推測の域を出ない」と広瀬氏は指摘する。』

 

以上です。理由の一つとして「2020年初から始まったコロナ禍によって、人々がマスク着用や手洗いなどの感染対策を励行した結果、他の細菌やウイルスへの曝露機会が減り、それらに対する免疫能が低下している可能性」を挙げていますが、個人的にはこれだけではSTSSが激増した理由と判断するのは弱いと思いました。ただ、引用文の後半にあるような、劇症化しやすい株が増えているかどうかは今後の研究課題のようです。

最近の麻疹の騒ぎでも思いましたが、人間も動物なのですから、ウイルスや細菌などと戦いながら生きていくのが普通で、徹底的に隔離することで感染を防ぐよりも、ワクチンなどでしっかり免疫をつける方がベターなんだろうなと思いました。もちろん、コロナ禍の初期のような致死率がとんでもない感染症に対しては徹底した隔離が必要ですが。

なぜ劇症型溶血性レンサ球菌感染症が増えているのか:日経メディカル (nikkeibp.co.jp)