今日はかなりマニアックな話ですから、ご興味のある方のみ読んでいただくと良いと思います。

肺炎などの細菌感染症の治療は抗菌薬が中心になります。ぶっちゃけ適切な抗菌薬を適切な量とタイミングで投与していれば、小児に関しては殆ど勝手に治ります。ただ誤解していただきたくないのは、抗菌薬は文字通り細菌感染治療を根本的に変えた素晴らしい治療法なんですが、細菌感染に対してしか効かないことです。最近はだいぶ減りましたが、以前はただの風邪に対しても抗菌薬を希望する患者さんが多くいました。風邪は殆どウイルスで起こりますから、抗菌薬は無意味だし、下痢や肝障害や薬疹などの副作用は比較的多いし、乱用されれば当然耐性菌が問題になるし・・・ということで、無駄な抗菌薬投与を減らしことが臨床医の大事な仕事だったりするわけです。私に言わせれば「風邪に抗生剤を処方する医者はヤブ」です。これはもう間違いない。

話を戻します。今回ご紹介する論文は神戸大学の岩田教授が紹介しているものですが、呼吸器関連肺炎(VAP)に対して抗菌薬の中止基準を設けることで治療期間が短縮でき、かつ大幅に副作用を減らすことが出来たというものです。ちょっと長いですがまずは引用を(簡単に要旨だけ読みたい人は最後に私がまとめますのでそちらを読んでいただくと良いでしょう)。

 

『VAPの論文を紹介する。人工呼吸器関連肺炎(ventilator-associated pneumonia)である。

「どの」抗菌薬を使えばいいのか、という研究は多いが、「何日使えばいいのか」の問いに答える研究は数少ない。が、近年はそのような研究が増えている。これまで専門家のさじ加減で決めていた「治療期間問題」にエビデンスのメスが入るようになったのは素晴らしいことだ。

研究の背景:VAPの抗菌薬治療期間は減らせるか?

 集中治療室(ICU)の重症患者に多いVAPだが、死亡率は30%以上と大きな問題である。診断も治療も難しい。広域抗菌薬が長期に使われることも多く、これがICUでの薬剤耐性菌問題を深刻にしている。プロカルシトニンを経時的に測定することで抗菌薬の治療期間が減らせるのでは、という研究もあったが、その後のメタアナリシスでプロカルシトニンによる治療期間決定戦法は治療期間を13日から11日に減らす程度の効果しかないことが分かった。期待外れだったのだ。

Schuetz P, Wirz Y, Sager R, et al. Effect of procalcitonin-guided antibiotic treatment on mortality in acute respiratory infections: a patient level meta-analysis. Lancet Infect Dis 2018; 18: 95-107.

 そもそも、VAPといってもすごい重症VAPもあれば、軽めのVAPもある。原因菌もまちまちだ。これまでの臨床試験はVAPを一様に扱い、固定された治療期間を吟味していたが、それがそもそも間違いなんじゃね、という現場感覚はよく分かる。

 そこで、今回紹介する研究だ。これは第Ⅳ相Reducing Antibiotics Treatment Duration for Ventilator-Associated Pneumonia(REGARD-VAP)試験という勇ましいタイトルだ。

Mo Y, Booraphun S, Li AY, et al. Individualised, short-course antibiotic treatment versus usual long-course treatment for ventilator-associated pneumonia (REGARD-VAP): a multicentre, individually randomised, open-label, non-inferiority trial. Lancet Respir Med 2024; S2213-2600(23)00418-6.

研究の概要:抗菌薬治療期間、個別短期治療群の標準治療群に対する非劣性を検討

 一重盲検化された階層のある非劣性―優越性試験である。臨床的反応に基づき抗菌薬の投与期間を個別に短縮する短期間抗菌薬療法と通常の治療を比較した。ネパール、シンガポール、そしてタイの6つの病院で行われた研究である。オックスフォード大学が研究費を出している。ブラジルの1つの病院も参加していたが、1例しか参加しなかったのとデータの質確保のためのモニタリングがなかったため最終解析から除外された。

 対象は6つの病院の39のICUでの18歳以上の成人患者である。VAPのスクリーニングは米国CDCの国立医療安全ネットワーク(NHSN)のVAP診断基準を用いて行われた。登録条件は、肺炎に合致する呼吸器症状や所見、48時間以上の人工呼吸器使用、新規の画像所見だ。SOFAスコアが11点以上で回復の見込みが乏しい患者、HIV感染があり、CD4値が200/mm3未満、30日以上のステロイド使用者、過去3カ月間の化学療法あり、固形臓器移植および造血幹細胞移植、抗菌薬治療を7日以上必要とする他の感染症の存在などが除外された。患者は1回しか本研究には参加できないルールとなっていた(入院中に何度もVAPになる患者はいるので)。

 ランダム化は1:1の比率で行われた。医師の観察バイアスを排除するため、ランダム化は被験者が抗菌薬中止の適正基準を満たした後に行った(賢い)。ランダム化の後で主治医が抗菌薬を中止するか、しないかを研究者に告げた。主治医は盲検化されなかったのである。データの解析は盲検化されている独立した研究者が行った。患者は盲検化されており、多くはVAPの治療中ずっと鎮静状態にあった(そうだよね)。

 下気道の培養は、欧州の感受性試験基準(EUCAST)で感受性試験がなされた。米国などのCLSIと微妙に異なる基準である。培養陰性の場合はそれぞれの病院のアンチバイオグラムを活用しエンピリックな抗菌薬が使われた。培養陽性の場合は、最初に分離された病原体の感受性に合わせた抗菌薬が用いられた。ここは大事な点だが、本研究の抗菌薬使用期間はこのdefinitive therapyの治療期間のことで、エンピリックな治療は勘定に入れていない。

 個別の治療短縮群とは、患者が48時間解熱しており(中核体温で38.3℃、あるいは腋窩で38.0℃未満)、昇圧薬なしで血圧が安定(収縮期血圧90mmHg以上を維持)、そして7日以内に抗菌薬を中止するものをいう。培養陰性の場合の抗菌薬最短使用期間は3日、陽性であれば5日であった。抗菌薬はどちらの群も培養結果に応じて決定された。

 定期的な会合により、主治医は研究プロトコルの遵守を重ねて求められた。

 主要評価項目は60日以内の死亡または肺炎の再発である。再発の定義は、盲検化されている2人の独立した医師(集中治療、感染症、呼吸器内科の専門家)の診断である。通常の30日ではなく、長めの60日の観察期間を置き、長期投与群のバイアス(immortal biasの亜型)が起きないようにした。

 副次評価項目は呼吸器関連の有害事象、人工呼吸器使用期間、入院期間、ICU入室期間、抗菌薬曝露日数、急性期病院への再入院、ランダム化以降の血流感染、薬剤耐性菌の定着、そして「もしかして肺炎」(2人のうち1人の診断)である。

 事後的に多剤耐性菌による再発性肺炎の死亡が施設間で比較された。G-computationを用いて患者の属性を調整し、平均治療効果の推計が行われた。プロトコルの非遵守を調整するためのIPW法による重み付け後の解析も行われた。本研究は非劣性試験で非劣性を確認した後、優越性の吟味が行われた。グラム陰性非発酵菌やカルバペネム耐性菌についてのサブグループ解析も行われた。

研究の結果:60日死亡率および肺炎再発率は非劣性、副作用が大幅に減少

 結果である。2018年5月25日〜22年12月16日の間、短期治療群に232例、通常治療群に229例がランダム化された(Figure 1)。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のために試験の中断期間があった。研究参加者はCOVID-19患者を被験者に参加させなかった。それぞれ231例と229例がITT解析に、211例と224例がper protocol解析に回された。per protocolで被験者が減っているのは、医師のプロトコル遵守違反が18例、組み入れ基準を満たさないケースが7例あったためだ。

 Table 1に患者の特徴がある。患者の年齢中央値はそれぞれ63歳と64歳。女性がそれぞれ42%と37%、タイからの参加が80%以上だった。VAP発症時の平均動脈圧はそれぞれ72mmHgと73mmHg、昇圧薬を必要としたのはそれぞれ17%と21%、動脈血酸素分圧/吸入酸素濃度比(P/F比)はそれぞれ225と235だった。

 VAPのうち培養陰性は140例(30%)で、培養陽性の320例から491株の病原体が分離された。94%(460株)がグラム陰性菌で、53%(258株)が非発酵菌、34%(165株)がAcinetobacter、緑膿菌などのカルバペネム耐性菌だった。18%(87株)が第三世代セファロスポリン耐性腸内細菌科だった。

 治療期間の中央値は短期治療群で6日、対照群では14日だった。Figure 2では、x軸に時間、y軸に抗菌薬を継続している患者の割合が示されており、短期治療群はおおむね6日までに抗菌薬を終了しているのが分かる。

 カルバペネム耐性菌に用いられたのはおおむねコリスチンなどポリミキシン・ベースの抗菌薬だった。

 主要評価項目を満たしたITT群は短期治療群で41%、対照群で44%だった。絶対リスク差は−3%、片側95%CIは−∞〜5%で、非劣性マージンの12%より小さかった。per protocol解析でも結果は同様だった。非劣性基準を満たしたので優劣性試験が行われたが、いずれの解析でも優越性は満たされなかった。国ごとのそれぞれのアウトカムも類似していた(Table 2、Figure 3)。サブグループ解析でも大きな違いは見られなかった。さらに、培養陽性群と陰性群での比較も探索的に行われたが、こちらも両群に違いは認められなかった。60日での死亡はそれぞれ37%と35%だった。肺炎に起因する死亡はそれぞれ12%と12%と判断された。肺炎再発時の原因菌の半数程度が多剤耐性菌だった。最初のVAPと再発のVAPの原因菌が同じだったのは24%だった。

 平均抗菌薬短縮期間は5.2日(95%CI −7.5〜−2.8日、P=0.0003)だった。抗菌薬副作用の発生は8% vs. 38%だった(P<0.0001)。特に急性腎障害が頻度の高い副作用だった。入院期間、ICU入室期間は両群似通っていた。副次評価項目その他で両群に違いはなかった(Table 3)。新たなカルバペネム耐性菌定着も18% vs. 18%で違いはなかった。

考え方:十分に改善しているなら抗菌薬治療期間は短縮できそう

 まず、スタディデザインが練りに練られているのに感心した。さまざまなバイアスを排除し、かつプラクティカルなデザインだ。特に抗菌薬中止基準を満たした後にランダム化するというアイデアは秀逸だった。ランダム化している前向き試験なのに、プロトコル遵守を調整するためにG-computation(今回初めて聞いた名前なので勉強した)やIPWが使われているのも面白かった。非劣性試験で確認してから優越性試験に移行するのも面白かった。

 本研究は主にオックスフォード大学の研究者がデザインし、資金もオックスフォード大学が出しているが、研究のセッティングはアジアの国々だったことも興味深かった。タイはもはや「途上国」とは呼び難いし、もちろんシンガポールはバリバリの先進国だが、ネパールが入っているのも興味深かった。なぜこの3カ国(プラス、ブラジル)なのか。日本もこのような多国籍多施設研究に参加するチャンスはあるだろうか。おそらく、本研究の結果は日本のICUでもアプライできそうに思う。十分に改善しているVAPならば治療期間を短くできそうだ(ただし、エンピリック治療の期間を足すと結局は7日程度の治療になるように思うけど)。

 主要評価項目で両群に差は出なかったが、抗菌薬の副作用はかなり減らせた。短期治療群のアドバンテージだと思う。薬剤耐性菌の発生には差が出なかったが、これは長期的なフォローアップをしないと分からないだろう。

 僕らもICUでのVAPはおおむね7日程度で治療しているが、この治療法でよかろう(臨床的に改善していれば)ことを再確認した研究だった。

追記 もう一点、本研究でめっちゃオモシロイと思ったこと。それは最後のSupplementary Materialsでアブストラクトのタイ語バージョン(PDF)とネパール語バージョン(PDF)が添付されていたこと。なかなか渋いことをやるなあ、とあらためて英国流の論文の出し方に感心したのでした。』

 

以上です。長いですね。ここまで読んでくださった皆さん、お疲れさまでした。で、簡単に要旨をまとめますと、

 

・対象はタイ、シンガポール、ネパールの成人VAP患者229名。

・治療短縮群とは、患者が48時間解熱しており、昇圧薬なしで血圧が安定(収縮期血圧90mmHg以上を維持)、そして7日以内に抗菌薬を中止するもの。培養陰性の場合の抗菌薬最短使用期間は3日、陽性であれば5日。

・治療期間の中央値は短期治療群で6日、対照群では14日だった。

・60日での死亡率はは治療群37%と対照群35%で非劣勢。

・治療短縮プロトコールによる平均抗菌薬短縮期間は5.2日(95%CI −7.5〜−2.8日、P=0.0003)。

・抗菌薬副作用の発生は短期治療群8% vs. 対照群38%だった(P<0.0001)。

 

と言ったところです。凄いですね。短期治療プロトコールを用いるだけで、治療効果は変わらず、大幅に治療期間を短縮し、かつ副作用も減らせたのですから、これを採用しない手はないと言っても過言ではないかもしれません。

ただ最後に岩田教授も書いていますが、神戸大学でもここでの短期治療群と同程度の治療期間ということですし、そのプロトコールも「解熱後48時間以上経過しており、血圧が安定していること」ということですから、臨床医が実質的に採用している方針とそれほど変わりがないように思いました(むしろ対照群の治療期間が長すぎるというのが私の印象です)。

ちなみに当科では、細菌性肺炎の治療期間は5日間を目安にしています。そもそも呼吸管理を要するような重症例は当院には入院しませんので。で、4日目ぐらいに採血して炎症反応(CRP、PCT)が下がっているのを一つの目安としていますが、実は炎症反応低下に関しては、あまり良いエヴィデンスはありません。実質的には「最低解熱後2日間」としてもほとんど変わりはないように思います。じっさい私が以前、高槻病院にいた際は「最低解熱後2日、できれば3日。炎症反応低下の確認は不要」としていましたが、それで治療失敗はありませんでした。当科でもその方針でもいいかもしれませんが、まあちょっと考えてみます。

抗菌薬の治療期間短縮を吟味した秀逸な研究|ドクターズアイ 岩田健太郎(感染症)|連載・特集|Medical Tribune (medical-tribune.co.jp)