「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)の概要
www.kantei.go.jp/jp/singi/jouhouhozen/dai3/siryou3.pdf‎


これは本当にヒドい法案だと思います。
マスコミが騒ぐ「知る権利」問題も大事ですが、何が秘密になったかが分からないのが最大の問題。

誰がチェックするのか、いつ開示するのか、誰がそれが「重大な秘密である」と評価するのか、それぞれに問題が山積み。


西山太吉さんという、元毎日新聞の記者で、沖縄の密約問題を暴いた人がおっしゃっていたように、マスコミは、これまでに「知る権利」を行使したことがあるのか。いや、ほとんどない、と。
ほとんどが国家からの垂れ流しで、情報開示を強く求め、そこから権利を行使出来た人が何人いるのかと。
西山さんが氷山の一角を暴いただけで(それも最高裁と行政の癒着のせいで争点をズラされた)、全く誰も追従出来なかった。
なので、マスコミがこの法案で「知る権利」がどうの、と騒ぐ前に、マスコミは国家権力をチェックするという本来の役割において機能してないし、これまでも国家は秘密を持っていた。
良い例が、情報開示によって出てくる、黒塗りの資料。

$kaikeiのブログ-黒塗りの資料

これこそ秘密そのものではないかと。

なので、マスコミがよく騒ぐ「知る権利」自体は、マスコミの機能不全問題とも表裏一体のため、あまりポイントを突いていない気がする。

同じく西山氏がおっしゃったように、「完璧な秘密国家になる」という方が本質を突いていると思える。


つまり、誰にも「何が秘密なのか」が見えなくなるのが最大の問題。

行政の長が秘密だと決めるのであれば、司法も何が秘密なのかは秘密なので分からない。

例えば、友達に勇気ある新聞記者がいるとして(ほとんどいないのかもしれないが)、その人が偶然ある大物政治家のスキャンダルを掴んだとする。

でも、その政治家は元外務大臣などを歴任していた。

とすれば、そのスキャンダルを引き金に、外務大臣時代の情報やその信頼性に関することや根も葉もないことも含めて情報がばらまかれると予測出来、行政の考える「国益」に反することだとすれば、このスキャンダル自体が秘密に指定される。
なぜなら、現在この法案はテロや安全保障に「限らない」としているからだ。

もし、この勇気ある新聞記者がこれを記事にしたとする。

でも、これが秘密であることは行政の長だけが知っているので、これが秘密であることは分からない。
しかし、この記事は新聞になり、世の中に知れ渡ることになる。
この時点で、秘密漏洩になる。

となれば、この記者は、「何が秘密だったのか」がわからないまま、逮捕されることになる。

そして、裁判では、行政が全て「特定秘密」にしているため、検察も弁護側も、何が秘密かわからないまま、裁判が進み、何を判断材料にすれば良いかわからないまま、その記者はわからない秘密を漏洩した罪になる。


果たして、こんなことがあって良いのでしょうか。
数人のジャーナリストは立ち上がって反対運動を展開しているようですが、どうして一部のジャーナリストだけなのか。
これは「知る権利」を騒ぐマスコミで働く(特に政治)ジャーナリスト全員に関わるはずなのに。。



沖縄の密約問題にしても、全て情報はアメリカ側から出て来ている。
裁判が始まった後でさえ、他の証言があるにも関わらず、現在の副総理(当時麻生首相)は密約は無かったと言い切っていた。(実は現在の首相も)
アメリカは秘密の定義もされていて、チェックもされていて、開示の期限まで決められている。
そこまでしても。秘密は隠され、スノーデン氏のような人も出て来ることになった。

さて、振り返って日本を見た場合、その全てが無い。
日本版NSCを作るのは賛成できるかもしれない。 秘密保護法案も作ればいいと思います。
しかし、現在の法案は、法案として価値が全くなく、民主主義を根幹から否定するものでしかない。


明治・大正期・戦前に、宮武外骨というジャーナリストがいました。


『滑稽新聞』などで不敬罪として捕まったり、幾度となく国家の検閲によって立ち上げた新聞等が廃止になったり、結構すごい人生を歩んだ方なのですが、戦前の日本政府とGHQの言論統制は大差ないということを批判したこの人が、今、生きてたら、どんな記事を書くのかな、とたまに思ったりします。

「またか、この国の政治家と国民はいつまでたっても子供」やと思うのでしょうか。
それとも、逆にヒドくなってると感じるのでしょうか。

後者だと言われても、反論の余地もありません。


戦争終結時にダグラス・マッカーサーが昭和天皇を「日本における唯一の紳士」で、それ以外は12歳の少年しかいなかったと評したように、こんな情けない法案を作り出してしまう辺りが、未だに自分を含めて12歳の少年のままだと感じざるを得ません。


でも、そう考えると、原発問題の後処理がきちんと出来ない問題も、山本太郎が天皇陛下に渡された手紙のマナー違反問題を「天皇の政治利用問題」とすり替えようとする(そうやって政治家が喚き立てることがそもそも「天皇の政治利用」)ことも、今回の特定秘密保護法案のこのお粗末さも、全てが繋がる気がします。


ただでさえ、成長の無いところに無理矢理カンフル剤を打って無理しているのに、それ以上に見えない安全保障や秘密をもっと見えなくして、国民に見られて都合の悪いものを全て秘密に出来るような法案が審議に入っていること自体が非常に悲しい、そんな今日この頃です。

もし、この法案が通れば、もしかしたらブログにこんな情報を書いているだけでもどこかで秘密のコードに引っかかって、しょっぴかれてもおかしくないのかもしれませんね。
ちょっとSF的かもしれませんが。笑


とにかく、最近、この法案が非常に目障りでした。

はい、今回はその目障り感をつらつら書いてみた回でした。

ちゃんちゃん
大学生の頃、夏が終わると、あのカンカン照りの太陽じゃなくなって動きやすくなるし、塾のバイトも夏期講習が終わって一段落し、夏休みもあと1ヶ月ある!!ということ、読書に旅行にスポーツに、闇ですごく充実してた一時だったアップ


で、それから5年以上経って、秋、まだ暑い気がする。
ちょっと夏バテが今になって来た感じがする。
仕事終わりに家に帰って本を読もうにも、眠くて読めない。
一回少し寝て体力回復しようと思って寝ると目が覚めるのが真夜中ダウン


体力が落ちたのか、ルーティンな毎日のリズムが面白くないのか、疲れ過ぎてるのか、単に眠たいのか、どれもが当たってるようだがどれもがハズレているようで。


9月2日にiTunes Liveでレディ・ガガを見れるってことやったんで、見ようと思ったら、朝の5時から。
そら、ロンドンでやるから生放送ならそんなもんかと。

頑張って朝5時に起きたら予定時刻よりスタート遅れて、5時半から。

途中で意識無くて、起きたら7時過ぎ。

うわ~、せっかく見ようと思ってたのに、残念。。
と思ったのに、出勤前にネットで探したらYouTubeでシェアされてて普通に見れたむかっ

それもフルで。





早起きせんで良かったやん!
体力削って早起きしたのに!


もうその日は昼ご飯食べて食堂で爆睡したのは言うまでもありません。



眠れども、眠れども、なんぼでも寝れるこの季節。

気を抜いてたらどんどん寝てしまうので、9月後半はどうにか家に帰ってからいろんなことする時間を寝ずに確保するためにどうしたら良いか、作戦を考え中な、9月中盤でした。





サザンの曲でこの9月だけに聴こうと思う曲が2曲。
「やけに9月の風が身体を湿らす」の『Never fall in love again』

「夢見る間もなく大人になるのさ  夏の運命に 月が泣いている」の『湘南September』音譜

というか、やっぱり夏の終わりとかのその切なさを歌わせたら右に出る者はおりません。


9月22日の宮城ライブ、楽しみ~



8月7日発売、サザンオールスターズ「ピースとハイライト』、ちゃんと買って来た。


1.ピースとハイライト
2.蛍
3.栄光の男
4,人生の散歩道

感想を聞かれたら、どれもイイ!!って答えてしまう。笑



5年ぶりのサザン復活。
個人的な歴史と被せると、ちょうど大学4年の夏、日産スタジアムに8月24日の「真夏の大感謝祭」の活動休止前のライブ会場にいてました。

雨の中、「サザンの屋号をみなさんにお預けします」と桑田さんが言ったあのライブです。

あの時はホントにショックで、自分の中でも大学生から会社員になるってこともあって、ちょうど心をちょうど切り替えた時期でもあったから、それに重なってなお印象に残ってる。

あれから5年。
もう桑田さんは御歳58歳。
、、ちなみにうちの父親と同い年。

ホントにアクティブな58歳、という内容。

ソロとはまた違う、完成されすぎない、でも緻密に作られている「サザンサウンド」。

でも、号外で騒がれるぐらいの復活にも関わらず、エロさや個人の恋愛にこだわるんじゃなくて、もっと大きな、時代に向き合ったラブソングになってる「ちょっと王道じゃないところ」も◎。


サザンの歌は現在ミスチルについてる小林武史が昔桜井さんに対して言ったように、
「歩く電通」。

物語性もあるが、全てがキャッチコピーになり得る。

つまり、主語は聞く側に任され、聴く位置によって意味合いも変わり、、。


とにかく今回もすごい。


今週末、日産スタジアムから全国ツアーもスタートする。
サザンの屋号をお返しする時がきた。

楽しめる時に、楽しめるだけ楽しませてもらいましょう。

自分の中でも何かが変わるきっかけな気がする。


今年の夏は本当に楽しみな夏になる。


「愛」を語れなくなった人々(ネトウヨとか)の一部でごちゃごちゃ言う人もいるらしいが、この歌をその人たちがどう聴いてるかがわかってそれもそれで面白い。

サザンの深みはそんな浅はかさで到底語り得ない。


「愛することを躊躇わないで」。

「喜びを分かち合うのが人生さ」。

とにかく、聴いてみるべし!!
8月になったから、というわけではないが、もうクーラーが手放せない。

朝起きて、仕事場で、寝る時に、どこでも暑さに負けてしまう。

夏になると、「あっつ~、やっぱり寒い方がいい」

とか、

冬になると、「さっぶ~、やっぱり暑い方がいい」

とかミーハーなことでもなく、暑さが嫌いなわけでもないけど、

やっぱり、人間、快適な温度があって、実現可能であればそうしたい、、
という欲望はあるもので。


今日ももうすでにその便利さにお世話になってます。

たまにテレビとかで出て来るような、節約家には当分なれそうにありません。



8月7日発売、サザンオールスターズの『ピースとハイライト』はもちろん、めちゃくちゃ楽しみで、5年ぶりのサザンのライブも楽しみで楽しみで仕方が無い。

でも、そのサザンも昔からよく歌にしてるように、どことなく、この夏の8月には、憂いとか侘しさとか切なさとかも付きまとう。


5年前の日産スタジアムに行ったのは大学生最後の夏。
その時に思ってたこと、感じてたこと、そしてそれからどうして行こうかと自分なりに思ってたこととかを思い出すだけでもノスタルジーとともにそういう思いに浸れる。

5年経ってみて、自分の思い描いてた未来があるのか?
と言われれば、あるところも無いところも。
そろそろ軌道修正していかんと、、という心の声と、このままでいいんちゃうかな~という声と。

どっちにしても、やっと「ちょこっとだけわかったこと」が多くなってきた年頃でもあるので、cその感覚を盛り込んで、もう一度、いろんなことに挑戦してみようと思う。
やれる時にやっとかないとね。

新生サザンのように。



ちょうど宮崎駿監督作品の映画も5年ぶりらしい。

偶然なのやろうけど、どこかに必然を感じてしまう。
庵野秀明が「宮さん、オトナになったなぁ~」って発言した意味がちょっとわかった気がした。



その必然やと感じてしまうところに何か感じ取らないといけないメッセージ的なものがあるのかもしない。
自意識といってしまえばそれまでやろうけど、「感じずにはいられない」という意識を排除しないで持ち続けることにも面白みがあるのかもね。





明日からは会社の決算に向けた仕事が山積み。
その他トラブル解決の道筋やらモロモロ。
「暑い夏」「胸熱」、いろんな8月にしたいもの。
今年は久しぶりに特別な8月になりそう。


でも、仕事は火種をくすぶって燃え上がらんことを祈りながら。
タイトルは、今日、久しぶりに休日出勤するハメに。
サラリーマンである限り、安月給である限り、休日出勤は避けたいもの。
まぁ1事業主ともなればまず「休日出勤」なんていう言葉自体が意味を持たないかもしれないが。



アメブロの「お知らせ」に、公職選挙法違反しないようにとの注意書きが。

と同時に、著作権違反にならないようにとも。

どちらにも違反しないようにしないと、、、と自戒しながら、でもちょっとこれおかしな話やとも思ったり。


バナーで「選挙について楽しくお勉強しよう♪」ってされると、余計に、大丈夫?って思ったり。


著作権も変えていかないと全く時代に付いていってないし、一部の権利を守るために創作の自由を潰して、、、という話にも賛成。


選挙を通して民意を示して、それが政治に反映され、僕らの社会福祉等等に返って来る、、というのが本来の流れやろうけど、どうもその「民意」が非常に怪しい今回の選挙。


僕たちのレベルに合わせて政治も変わる。
アベノミクスがぁ~
とか、

何となく憲法は変えた方がぁ~

とか暢気に言うてると、それ相応のレベルの政治家が世の中をそのレベルかそれ以下で動かす。


アベノミクスがどういうもので、何故今回株価が上がったのか。
アメリカの昨年からの土地の値の動きとかはどう関係しているのか。
それによって、日本の現在の状況はどうなのか。


憲法とは何なのか。
立憲主義とは。
何故96条では憲法改正の足かせをあんなに重くしているのか。
そもそも安倍総理が「憲法改正」って訴えることがどんな意味を持っているのか。


そしてそもそも選挙とは何なのか。
街宣車で名前を連呼しながら叫ぶのが本来の選挙のあり方なのか。


それぞれの公約を見ながら、もうちょっと深く熟考して投票出来る仕組みを作らないことには民主主義なんていつまで経っても出来ないわいなぁ~。



おそらく、戦後で最も大事な選挙のうちの1つ。


若者が1%投票に行かないといくら損するだの、若者の民意を反映出来ないだの。
ここまで若者に向かって「死ね」と言うてるような政策しかしない政治に興味を持てというのがまずおかしくて。
いつでもそうやって若者バッシングするのであれば、そのイジメを止めることからスタートせなね。


高齢化社会で、自分たちの利権だけを守りたい人がどれだけ多いか。
次の世代に譲らない人がどれだけ多いか。
政治家や経済のおじいさん方を見ていれば、どれだけ高齢化が進んでいるか一目瞭然。
まず、適正な年齢の人たちに政治と経済の舵を任せる。


その(若返った)上で、若者に投票に行けというならわかる。

終わりなき日常が続き、お金も無く、将来も絶望しか見えないから、小さなコミュニティでわいわいして幸せをかろうじて見つけている人らが多くなってるのであれば、それをどう変えてこの国を存続させていくかが政治なんやけど。
そんなことを考えてもいない、どうにかこうにか「自分の理想」がイコールで「美しい」(幻想の)国にしたい一心で、道路をまたバカバカ作って建設だけを儲けさせる今までの政治を今後も続けるんであれば、もう選挙なんて必要ないし、誰が行きたいと思うんやろうか。


つまり、若者が選挙に行こうという時には、既にこの国は民主主義の国になってるということ。

現在はそうではない。

今回もおじいさん/おばあさんを始め、いわゆる保守層と組織票で繰り返しの結果が出る予想。

果たして、いつになればこの国はきちんとした立憲国家として、民主主義国家として、独り立ち出来るのか。

考えれば考えるほど、果てしなく続く道のようで。



とにかく、選挙には行こうと思うが、現在の状況(自民党が圧勝の予想)には絶望感しか感じない。

また繰り返しか。

こういうのを、元の木阿弥っていうのかもね。


しかし、それでも、世界は動いている。



明日は仕事。
会議→仕込み→資料作成で終わりそう。